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第1話 前・前・前… ⑤(終)

「……なんだ、伊田くんじゃん…」


 そうこぼして、ほっと胸を撫でおろす。

 玄関先に居たのは、伊田くんだった。


 さっきの不審者が家を突き止めてやってきたのかと思った。住所も位置情報も知らずに私の居場所を特定するような人だし。

 申し訳ないが、伊田くんには帰ってもらおう。つい先ほどの件もあって、顔を合わせづらいし、何より、こんな不審者と接触させるのは危ない……。

 そう思った所で、私はこの状況の不自然さに気付く。


 何故、伊田くんが私の家に?

 住所を教えた記憶は一切ない。…友達がこっそり漏らした可能性もあるけど。


 首を傾げていると、アラトさんが私の肩を強引に引いて、部屋へ押し戻そうとした。私を伊田くんから遠ざけようとしているらしい。

 だが伊田くんはあたしの友人であって不審者ではない。アラトさんを同じように押しのけて、あたしは伊田くんを庇った。


「こ、この子は私のクラスメイトだから! 大丈夫ですよ!」


 だがアラトさんは聞く耳を持たず、まだ伊田くんを睥睨している。

 そしてあろうことか、伊田くんを先程の不審者と同じように扱い始めた。


「まさか、まだ前世の因果に囚われた者が居たとはな……いつの時代の者か知らんが、この場は古株に譲るべきじゃないか?」

「いや、だから………」

「ユイちゃん」


 抗議を続けようとする私を制止したのは、伊田くん本人だった。

 これ以上、伊田くんを巻き込むことは出来ない。私は小声で、彼にこの男の危険を伝えようと小声を張る。


「伊田くん! こ、この人、話通じないからあんまり…」

「大丈夫」

「え?」

「大丈夫だよ、ユイ」


 そう言って伊田くんは私に笑いかけてから、アラトさんに向き直った。

 そうして次の瞬間に放った一言は、私だけでなく、アラトさんをも唖然とさせるものだった。


「おまえが言うような年功序列に従うんなら、おれが一番だな」


「え?」


 そう言って笑うと、伊田くんは軽やかに私を横抱きして、玄関を飛び出して―――あろうことか、階段から飛び降りた。

 声も、息も出なかった。

 ほとんど衝撃なく地面に着地して、伊田くんは駆けていく。まさか、一日の間に二度も男性に抱えられて住宅街を駆けまわる羽目になるとは…。


「い…伊田くん……?!」

「ごめん。実はおれ、伊田じゃなくてイダキソって言うんだ。何か思い出さないか?」


 驚き呆けているあたしを他所に、伊田くんはその上を行く衝撃のカミングアウトをかます。

 イダキソ。不思議な名前だ。一度聞いたら忘れないだろう。だが、あいにく思い当たる節は一切ない。


「い、いや。分かんない……」


 その質問に疑問を呈することもなく、率直な返答をする。

 それを聞くと、イダくんは悲しそうに眉を八の字にした。だが走る速度はそのままだ。今更だけど、人一人を抱えて会話をしながらよく走れるものだ。


「そっか……まぁ、何千年も前のことじゃあ無理ないよな。」


 千年。また千年だ。


「まさかイダくんも………?」

「本当は自然に思い出しすまでは待ってるつもりだったんだけど、先越されちゃったから………つい」


 冗談で言ったつもりが、どうやら図星だったらしい。冗談であってほしかった。いや、こんな状況にまでなっているのに、冗談で済むわけないか。

 昼の占いの結果を思い出す。私は千年単位で何度も転生しているとかいう話。あの不審者自体を信じることはできないが、こうなってしまってはもう信じる他ないだろう。


「てことは私…ほんとに何回も転生してるの……!?」

「そう言うってことは…何か思い出したの!?」

「い、いや……全然」


 やっぱり転生しているらしい。だけど何も覚えていないし、現状思い出せそうにもない。

 イダくんは「無理に思い出さなくても良いよ」と微笑みかけてくれたが、その笑みはどこか寂しげに映った。


「―――待て! 貴様ッ!!」


 程なくして、背後からアラトさんの怒号が飛んでくる。

 イダくんの腕越しに背後を確認すると、やはり彼が迫ってきていた。


「返せ! そいつは俺の女だ!!」

「残念だな! ユイギの最初のカレシはおれだぞ!」

「は!?」


 二人の小っ恥ずかしいセリフの応酬に、困惑よりも羞恥の方が勝ってしまう。

 全身が火照っていくのを感じる。


 大声な上に、移動しながら会話をしているので、恐らく広い範囲の住民に聞かれていることだろう。最悪だ。

 だが二人はお構いなしに、子供のような口喧嘩を続ける。


「それに、重要なのは年月じゃなくて愛の重さだろ!?」

「ちょっ、イダくん…」

「じっ…じゃあそれも俺が上だ!!」

「ちょっと…二人とも……!!」


 おずおずと仲裁に入ろうとするも、二人はまだ口喧嘩を止めない。

 遂に痺れを切らした私は、二人の怒号よりも遥かに凌ぐ大声で叫んだ。



「二人とも……近所迷惑だろーが―――ッ!!!!!!」



 住宅街に響き渡った私の一言で、二人の口喧嘩は終わりを迎えた。



 イダくんの腕の中で、私は昼間の占いの言葉を反芻する。


『色難の相が出ております―――』


 色難、つまり男女間の恋愛の災難。

 …撤回しよう。あの不審者の占いは当たっていた。


 これから私は、前世・前前世・前前前世の彼氏…と思しき、謎の男たちとの災難に巻き込まれることになるのだから。

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