第1話 前・前・前… ④
「はい。ゆっくりしていってねぇ」
「ありがとうございます、お祖母様」
祖母がお茶請けを持って台所から現れる。
それに頭を下げる眼鏡の青年。
予想だにしていなかった礼儀正しさに、私はかえって警戒心を抱く。
青年のことは無碍にはできない。恐らくは、私をあの不審者から助けてくれたのだろうから。
だが正直、信用のできなさ加減はその不審者と同程度―――いや、〝転生してきた人間〟を自称しているので、正味それ以上だ。まだアプリ制作者のリアル凸の方がよほど現実味がある。まだマシ、程度だが。
あれから私は、青年に住所を尋ねられてうっかり明かしてしまい、そのまま自宅に連れ込まれてしまった。自宅に連れ込まれる、という表現は少しおかしいけど。
私は祖母と二人暮らし。察して祖母が通報でもしてくれるのではないかと期待したが、青年は祖母の前で懇切丁寧な好青年といった立ち振る舞いを徹底していて、あっさりと客人として受け容れられてしまった。
ただ、それから青年は無言を貫いていた。
助けてくれたのはありがたいけど、それで家まで上がられて無言で居座られるのは正直困る。用事があるなら早く話してほしい…。
埒が明かないので、こちらから話題を切り出すことにする。
「えっと……どちらさまでしたっけ…?」
「アラトだ。新しい人と書いてアラト。呼び捨てで良い」
いや、名前じゃなくて何者かを聞きたかったんだけどな。これは私が悪い。あと名前の漢字もどうでもいいんだけど……とは言えないので、「はい…」とだけ返す。
その後、私たちの間には再び沈黙がやってくる。
沈黙を解いたのは、壁掛け時計の可愛らしい鳩だった。典型的な鳴き声で、七時を回ったことを呑気に知らせてくれる。だが、今は余計なお世話だ。
…それにしても、何故さっきからずっと無言なんだ、このアラトさんとかいう人は。何か言ってくれ。頼む。
「じゃあ…あの、さっきの人は…?」
さっきの人。あの和装の不審者のことだ。
恐る恐る尋ねると、アラトさんは「ああ」と思い出したように口を開く。
「あれも……どういう手段でやってきたのかは知らんが、幾年かの時代を跨いだ者だろうな」
「幾年…?」
そういえば、千年前がどうとか、齢千年が何だとかと言っていた気がする。
転生、時代、千年。それなりに年齢が行った二人の男性が、果たしてそんな馬鹿げたことを同時に言い出すだろうか。
…まさか、グルなんじゃあるまいな、この二人!? いや、それ以外思いつかない。
だけど。あの時、時が止まったような謎の現象。あれは現実に起きたことだ。
「あ……そうだ! 二人は…!!」
冷静になって、やっと友人たちのことを思い出した。
混乱していたとはいえ、二人のことを忘れるなんて。自分の薄情さにじわじわと怒りが込み上げてきた。
居ても立っても居られず、私は立ち上がって玄関先へ歩き出す。だが、すぐさまアラトさんに腕を掴まれ、引き留められてしまう。
「大丈夫だ。あいつの目的はお前だ。友人には危害を加えんだろう。今は自分の心配をしておけ」
「でも……!」
「それに、出て行ってお前に何ができる? 今は俺の傍を離れるな」
アラトさんの言うことは的を得ていた。
だけど、そもそもアラトさんそのものが信用ならない。彼は私を助けてくれたけど、それは彼の目的のためかもしれないのだ。
私はアラトさんの腕を振り払って、祖母に聞かれないよう、出来る限り声量を抑えてアラトさんに抗議する。
「……助けていただいて申し訳ありませんけど、正直、あなたの言うことも信用できません…! あなただって、転生者だとかって言ってましたけど……私に何の用なんです? 二人して、何が目的なんですか?」
焦りから、つい語勢を強めてまくし立ててしまう。アラトさんはその間、私の目をじっと見据えて、話を遮らずに聞いてくれていた。
そして、私が最後まで話し終えてから、アラトさんは口を開く。
「俺は―――」
その瞬間、アラトさんの言葉を遮るように、チャイムが鳴った。
つい先程、私もあの不審者から友人との会話を妨げられたことを思い出す。嫌なデジャヴを感じて、私は息を呑む。
「フン、他にも居たか……」
玄関に出ようとする祖母を「俺らの友達なんで出ますよ」とさりげなく制止して、アラトさんは玄関へと向かった。万が一、普通の来客だったことも鑑みて、私もその後をこっそりと追う。
施錠されていない玄関扉を開く。
開かれた扉の先に居たのは―――




