第1話 前・前・前… ③
ショッピングモールから通学路に戻り、住宅街へと入っていく。
私はその道中でも、二人から大いにからかわれた。
「伊田くんと初めて会ったのっていつ頃? いつからあんな感じだっけ?」
「私だって知らないよ……」
「実は高校前からの知り合いだったりしてね! 子供の頃の幼馴染とか!」
「そんな、恋愛モノじゃないんだから…」
適当にあしらいつつ、帰路を進む。
私の家は住宅街のはずれにあり、二人はその手前にある。そのため、私は途中から一人になってしまうのだ。
うざったいこのからかいも、無くなると無くなるできっと寂しく感じるんだろうな。…まぁ、うざいことに変わりは無いんだけど…。
「でもあれってやっぱ告白だよね!? マジでおめでと~ユイ!!」
「いや、あんなのお母さん許しませんよ! 面と向かってちゃんとスキって言わなきゃ!! 伊田くんその他はカンペキなのにここだけダメ過ぎ!!」
「…二人ともうっさいって! だからね―――」
「失礼します、お嬢様方」
突如として、私の言葉を低い声が遮った。
声がした方を振り向くと、立っていたのは、黒尽くめの男だった。
切れ長の細い目。微笑みを湛えた艶やかな口元。後頭部で一つに結われ、肩に流された長い髪。そして、長身に纏った陰陽師のような時代錯誤した黒い和服。…どこからどう見ても、不審者だ。
不審者は私たちを品定めするように、端から順に眺め入った。その視線は、右端にいた私を捉えた瞬間に、ぴたりと止まる。
「貴女が、昼方に占いをされたカンノユイギ様で宜しいでしょうか?」
驚きと気味の悪さで、ぞわりと背筋が凍った。
神野結掛。私の名前だ。
何故見ず知らずの人物が、私のフルネームを? そこまで思い至ったところで、不審者の言葉を反芻する。
「昼の占い……って、まさかあの占いアプリに出てた占い師…!?」
「いや、そんなわけ…」
私の考えを、横に居た友人が言葉にして発してくれた。
いや、そんなわけあるか。だけど、それ以外ありえない。
…そう思えば、声色も似ているような気がしてきた。服装もあの占い師と全く同じだ。顔は、あの映像では隠れていて見えなかったけど。
すると不審者は、更なる衝撃の事実を告げる。
「えぇ。アプリの作者です」
「作者!? 映像の人ってアプリ制作者本人だったんだ!?」
本人がアプリ制作から占い師本人まで熟していたとは……なんて思わず感心してしまったが、そんな場合ではない。
最後に誘導された住所入力も拒否したし、スマートフォンの位置情報は普段からオフにしている。何故、私がこの街だと分かったんだろう。それも、ピンポイントでこの帰り道に。
そもそも、一体私の元までやってきた何がしたいんだ? まさか、直接アプリのレビューでも聞きに来たわけじゃないだろう。
両隣で困惑する二人に目配せをする。すると私の気持ちを汲み取ってくれたのか、背中を向け、スマートフォンをいじり始めた。警察を呼んでくれているのだろう。
その間に、私は不審者と会話を続ける。無視を決め込んだり、逃げたりするよりはマシだろう。多分。
「それで……わ、私に何の用ですか…?」
「何の用…用ですか……フフフ」
不気味に笑い出す不審者。そして笑ったまま、次は筋張った首を右に、左に、奇妙に揺らしながら、うんうんと唸り始める。
しばらく考え込んでから彼が放った言葉は、何よりも想定外のものだった。
「そうですねぇ……強いて言うなら、〝あなたと夫婦になるため〟でしょうか?」
「は…!?」
思わず声を上げてしまう。
めおと。私の知識が間違っていなければ、夫婦のことだ。
初対面…ではないけど、知りもしない相手に、しかも女子高校生に、そんなことを言い出すなんて。不審、どころじゃない、完全に可笑しい人だ。
「ちょ、ちょっと、二人とも……」
そう言って振り返ると、そこには信じられない光景があった。
二人が、静止していた。
怯えて立ち竦んでいるのではない。呼吸もせず、目を見開いて、時が止まったように、完全に静止しているのだ。
…嫌な予感がする。
弾かれたように視線を前に向けると、もうすぐそこまで不審者が迫ってきていた。
先程は持っていなかった、いかにもな御札を人差し指と中指で抓み、ひらひらと風にはためかせている。
まさか、あれを使って二人を止めたのだろうか? いや、そんなわけない。非現実的な出来事の連続で、突拍子もない思考になってしまう。でも、そうでないなら二人は何故…?
私は私で、足が竦んで逃げられなくなってしまっていた。我ながら情けない。
今は考えなくてもいいことばかりが、脳内をぐるぐると廻っている。
その間にも、不審者はこちらに距離を詰めてきた。
気付けば彼は文字通り、目と鼻の先にいた。わざわざ腰を折ってまで、自らの顔を極限まで私の顔に近付けている。
逃げたい。だけど、背には固まったままの二人がいる。それを突き飛ばして逃げることなんてできない。
深い闇を湛えた瞳が、今にも泣き出しそうな私の顔を捉えている。
対して、不審者はこの上なく嬉しそうに、満面の笑みを浮かべていた。
「千年前より、この時を待ちわびておりました…」
不審者に腕を掴まれる。細い手だったが、やはり男性ということもあって力強い。手をほどこうとするが、それは叶わなかった。
「いやっ……!!」
恐怖に耐え切れず、目を瞑る。
その直後だった。
不審者の手が弾かれたのは。
「齢千年如きの新来者が。気安く触れるな」
私と不審者の間に割って入って来て、誰かがそう言い放つ。
静寂に包まれる周囲。目を閉じている方が怖くなって、私は恐る恐る瞼を開いた。
私の目の前に立ち塞がっていたのは、不審者と同様、見ず知らずの茶髪の青年だった。
眼鏡をしており、安直に知的なイメージを抱いたが、身長は高く、体格もそれなりに良い。ブレザー制服を着ていたので、私と同じ高校生程度の学生であろうことが伺えた。
「……貴様、まさか…」
問いかける不審者を無視して、青年は私に耳打ちする。
「逃げるぞ」
「え?」
困惑する当の本人をよそに、青年は私を横抱きすると、そのまま常人離れした速さで駆け出す。
「グエッ!!」
腹部に圧が掛かって、思わず潰されたカエルのような声が出る。
だが青年はそんなことなど気にも留めず、そのまま住宅街を駆け抜けていく。
しばらくすると、先程の地点から大きく離れた公園に入った。私はそこのベンチに下ろされる。
青年を見上げる。かすかに肩で息をしているが、とても人一人抱えて走った後には見えない。
「あなた、何者……?」
私の言葉に、青年は何故かムッと眉間にしわを寄せる。
気に障ることを言ってしまったのだろうかと一瞬不安になるが、その後、彼は言いづらそうに答えてくれた。
しかしその返答は、私には到底信じられないものであった。
「転生してきた人間だと言って、信じるか?」
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