第1話 前・前・前… ①
雑面で顔を隠した男が、水晶玉に靭やかな指先を添えて、芝居がかった語勢で語る。
『貴女は、ある千年では時の権力者に仕え、ある千年では巫として都に仕え……この千年で、貴女となりました』
水晶玉の上部をゆらゆらと波打つ、男の手のひら。私の前世とやらを述べて程なくして、機械のようにぴたりと静止する。
雑面の奥で、男が瞠目した、気がした。
『色難の相が出ております! 貴女はその前世の伴侶たちの手によって、身を滅ぼすことになりましょう』
「は…はぁ……?」
『ですがご心配なく。今から表示されるフォームに電話番号と住所を入力すれば―――』
怪しげな誘導が始まったので、即座にアプリを閉じる。
友達に無理矢理やらされた占いアプリ……まさか、こんな古典的な占いだったとは。もっと星座占いやタロットのような、オシャレでスピリチュアルなものを想像していたんだけど。どちらかというと占い師より予言者といった風体だった。
「ユイ? どうだった? 迫力満点でしょ?」
「うーん…確かにクオリティは凄かったけども……」
隣で見ていたその友達の一人が、興奮気味に鼻を鳴らした。
確かに、そういう類の映像作品として観る分には楽しかった。出演している占い師の気迫が尋常ではなく、悪く言えばわざとらしくて。それにしても、リアルタイムでこのクオリティとは中々気合が入っている。
「…てか二人とも、ほんと占い好きだよね〜」
「だって面白いでしょ?」
「面白いって言っても……前世が三つも四つもあるとか、流石に盛り過ぎだって」
肝心の診断結果に対しても、申し訳ないが苦笑してしまった。
二人に向かって診断結果の画面を表示したスマートフォンをかざす。
私の名前は神野結掛。あだ名はユイ。西暦2000年生まれの満18歳―――
それだけの簡潔な情報を得たアプリの診断結果によると、私にはいくつもの前世があるらしい。
古代の王に仕えていたシャーマン、平安時代の呪術師などなど……。それもすべて偶然ではなく、故意に転生しているのだという。
ここまで信憑性のない占いがあるだろうか。他人の趣味や商売を馬鹿にしたくはないけど、こうも荒唐無稽だと可笑しくなってしまう。
肝心の占いアプリを押し付けてきた二人のほうはというと、私の診断結果にきゃいきゃいと騒いでいた。とはいえ、流石に真に受けているわけではないようで、ネタとして楽しんでいるだけの様子。
「でもこのアプリ、意外と当たるらしいよ」
「そんなわけ……」
「―――あ、伊田くんいるよ!」
突如として片方が声を上げ、二人の意識と視線が窓の外を向く。
故意ではないとはいえ、結果的に話を逸らされてしまったので、少しむっとした。
二人の視線の先を追ってみると、その先には見慣れたクラスメイトの男子がいた。
伊田という男子生徒だ。
美形で身長180cm越えのスポーツマンという、絵に描いたような好青年。青春の権化のような存在だ。
どうやら校庭に出て、他の男子とキャッチボールをしているらしい。昼食時間も兼ねている短い休み時間だというのに、よくもまぁやれるもんだといつも思う。小学生じゃないんだから。
「伊田くーん!」
気付いたら窓が開いていて、そこから二人が手を振っていた。
彼の方もすぐに気付いて、投げられたボールそっちのけで大きく手を振り返してくる。
肘で小突かれ「ほら、ユイも!」と促がされるも、気恥ずかしいので無視。すると伊田くんのほうは、そんな私を煽るように―――
「ユイちゃ―――ん!!」
私の方をまっすぐに見据えながら、名前を大きく呼んできやがった。
それをまた面白がって、二人はここぞとばかりに占いの結果を持ち出して、茶化してくる。
「……とっても色難サイアクには見えないよね~?」
「だから、伊田くんとはそんなんじゃないって……」
「ユイがそうじゃなくても、伊田くんからは絶対矢印向いてると思うけどなぁー」
「ザ・学生って時期ももう最後なんだから、青春しよーぜ!!」
「二人とも頭どピンク過ぎんでしょ! 絶対ないから!」
何度も言っても、二人は一向に聞き入れない。こんな風に抗議を続けるうちに、休み時間が終わるのが恒例だった。
2018年、春。
私にとって、高校生活最後の春。最後の青春ともいえる時を過ごしていた。
二人が言うように、ここに浮いた話の一つでもあれば、それこそ絵に描いたような青春になるのだろう。でも私には色恋沙汰に縁もなければ、受験勉強で暇もない。
それに私には、こうして二人の親友がいればそれで十分だった。
だが当の本人たちはそういうスタンスではないようで、何かとあの伊田くんの名前を出しては、色恋沙汰に持ち込もうとしてくる。
当初、伊田くんは誰に対しても人懐こい人間なのかと思っていた。だが違った。明らかに、私だけが狙い撃ちされている。
彼は私を見かけたら必ず声を掛けてくる。話しかけられない時は、目が合ったらピース。ボディタッチも多い。クラスが違うのに話し掛けてくる。断っても何度も昼ごはんに誘いに来る…エトセトラ。
自意識が低く恋愛脳ではない私も、この二年間でその事実を身をもって思い知らされていたところだった。
(……いや! 今は! 受験勉強!)
邪念を振り払うように勢いよくノートを開き、私はこれから始まる厄介な数学の授業へと意識を向けた。
「嗚呼。ようやく見つけた……」
サイレントモードにしたはずのスマートフォンから、そんな囁き声が聞こえた気がしたが、昨日の復習でいっぱいになった私の頭は、無意識にそれを気の所為だと片付けてしまうのだった。
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