表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/28

第6話 銀の断罪図

「そういうわけで、お前はこれから、せいぜい悲鳴を上げて死んでいってくれよ」


 悪魔がそう言った次の瞬間、カイルの視界が白く弾けた。

 体全体が燃えるように熱くなり、それから経験したことのない熱気に包まれた気がした。

 そうかと思うと、自分の体が急に軽くなった気がした。

 目の前にいたはずの鼠頭が、消えている。

 それだけではない。

 自分の体を押さえつけていた悪魔も、いなくなっている。

 だから、体が軽くなったように感じたのだ。


「な……な……」


 舞台上の、離れた所に悪魔達が、言葉を失っている。

 立ち上がろうと膝を立てたカイルは、自分の足が燃えているのを見た。

 赤ではなく、輝くような銀色の炎。

 さらに、炎は足だけでなく、自分の全身から噴き上がっていた。

 これは自分が出している炎だ、と自覚したとき、カイルの頭の中にはっきりと言葉が浮かび上がった。


「『銀の断罪図』――――?」


 自分の口から紡がれた言葉は、聞き慣れない言葉なのにどこか懐かしく響いた。

 さっきまで全身に去来していた虚ろさが、微塵もない。

 噴き上げる憤怒が銀のほむらに変化し、渦巻く憎悪が火の粉となって宙を舞っている。

 これは悪魔を滅ぼすための力だ、という確信があった。


「……殺す」


 とめどなく流れる涙は、蒸発することなく頬を伝った。


「殺してやるぞ、悪魔ども!!」


 蹴り上げた足から、火柱が上がる。

 巻き込まれた悪魔は、一瞬で灰になった。

 舞台から逃れようとする悪魔も、飛び掛かってくる悪魔も、みな、銀のほむらに触れると灰と化す。

 激情に任せて、カイルは悪魔に襲い掛かった。

 舞台の上で起きている異変に気付いた悪魔達がかけつけ、駆けつけた者から消滅していく。

 その光景に、集められた人間の奴隷達は悲鳴とも歓声ともつかない声を上げ続ける。


「近づくな! 魔法を使え!」


 悪魔の誰かがそう叫んだ。


瘴気ミアズマよ、火球となれ」


 数発の、拳大の火の玉が空を切ってカイルに襲い掛かる。

 その速さは目で見て避けられるほどだったが、数が多すぎた。

 ましてや、カイルの手は後ろ手に固定されていて、思った通りには動けない。

 まともに食らった箇所が衝撃と痛みを走らせる。

 だが、見た目は炎そのものなのに、熱はカイルが覚悟したほどのものではなかった。

 どうやら魔法で作り出された火は、自然のそれとは違うらしい。


「うおぉぉぉ!」


 これまでに出したことのない声が、雄たけびとなる。

 喉の奥で血の味がする。

 体の内側も外側も、ぼろぼろだ。

 それでも構わない。

 ハンナの痛みや苦しみに比べれば。


「囲め、囲め! 一斉に撃て!」


 わらわらと集まってきた様々な頭の悪魔達が、恐々とした表情でぐるりと舞台を取り囲む。

 俺はこのまま死ぬんだな。

 それでもいい。

 一人でも多くの悪魔を殺して死んでやる。

 頭も体も痺れたようになって、痛みは感じなかったが、体は重かった。


「行くぞ、火球を――」


 悪魔達が一斉に魔法を行使しようとし始めた瞬間、閃光が走り、轟音が鳴り響いた。

 カイルは反射的に目を閉じ、身構えた。

 そして一刹那して目を開けると、目に飛び込んできたのは見たこともない存在だった。


「翼……」


 我知らず、見たままの言葉が口から出る。

 突如として自分の目の前に現れたのは、人間のような何かだった。

 輝くような金色の髪が風に靡く。

 身に纏う白銀の甲冑は、見るからに悪魔達が着ているものとは次元が違う。

 背中に翼があって、しかし頭部は鳥のそれではない。


「今日という日を待ちわびたぞ。光を宿した人間よ」


 振り返りながら、彼――声の感じから言って、男性だろうと思われた――は言った。

 その瞳は、髪の色よりもさらに神秘的な金色だった。


「貴様、何者だ! 人間の分際で我ら悪魔に盾つくとは、なんのつもりだ!」


 鼠頭の悪魔が震える声を張り上げた。


「人間――私が?」


 男はふっと笑った。


「そうか……天使の存在は、貴様ら悪魔の内からも忘れ去られたか。それほどまでに、代が進んだか」


 そう言って、彼はまたカイルを――正確には、カイルのぼろぼろの体を見た。

 そして、また小さく笑った。


「火球の魔法がこの程度の威力になっている時点で、推して知るべしといったところだな」


 嘲りと言っていい笑みを見せた男に、悪魔達がいらだちを見せた。

 じりじりと、男の方に大勢が足を寄せていく。


「たかが人間が、我らの魔法をも愚弄するとは。万死に値するぞ」

「万死に値する……時を経ても、語る言葉だけは変わらんのだな。では、私も昔と同じ言葉を贈るとしよう」


 男は腰に帯びた剣を抜いた。

 悪魔以外が剣を持っているのを、カイルは初めて見た。

 男の剣は、甲冑よりもさらに太陽の光を反射させ、それ自体が光を放っているのではないかと見まがうほどだった。


「悪魔どもよ、地獄へ帰れ」


 悪魔達が、一斉に男に襲い掛かる。

 男が口を開いた。


懊悩おうのうせよ、我があつらえるは実にして空の鎧」


 剣、斧、槍、さまざまな刃物が男に振り下ろされる。

 しかし、そのどれもが、見えない壁に跳ね返されて男にまで届かない。


「なっ……?」

鎧袖がいしゅうの魔法は、存在すら知らぬと見える。永きにわたる安寧の日々を経て、戦う術など忘却の彼方といったところか」


 半ば呆れたように呟いて、男は言葉を次ぐ。


「お前たちなど物の数ではないが、今、私がすべきことは彼の身を救うこと。預からせてもらうぞ」

「な、何を言う! そいつの公開処刑は、魔九公フーシュラ様直々のご命令なのだぞ!」

「魔九公……それはまた尊大な呼び名だな。では、その魔九公とやらに伝えておけ。近い内、天使がご挨拶に見参すると」


 悪魔達が武器を構えなおした。

 男――天使はふわりと飛び上がってカイルの横に立った。

 銀のほむらは天使に触れているが、どうやらなんともないらしい。


何人なんぴと睥睨へいげいすることあたわず」


 男が唱え終わると、舞台上にいた二人の姿が忽然と消えた。


「う、上だっ!」


 数人の悪魔が、上空に飛び上がった二人の姿を見つけたが、影はすぐに空を進んで北に消えていった。

 残された悪魔達はあっけにとられ、人間達はそれ以上に驚愕していた。

 悪魔に対抗する力がこの世界に存在するという事実。

 それは、人や悪魔が想像できる範囲を超えていたのである。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ