第28話 空の広さ
「それじゃあ、シャマリはしばらくクムに残るのね」
宮殿の一角、会議のための部屋でレクアが言った。
シャマリとミゲットが同時に頷いた。
同席するヌカタが大きくため息をついて言葉を紡ぐ。
「あの戦いから三日経ったのに、まだ不安と混乱が蔓延している。俺達には、誰か、導き手が必要だ」
「それは、私達天使ではなく、人間たち自身でなすべき……とは思うんだけどね」
ミゲットが呟くように言った。
「それには私も同感だが、人々が暴徒化したというのは看過できまい。我々の戦いで人間が自由を勝ち取り、この世界を手中に収めたとしても、第二の地獄となるようであっては意味が無いように思う」
「恥ずかしい話だぜ。聞けば、領主を討ち取ったあとも、女子供に至るまで追いかけまわして殺したそうだ。気持ちは分からんでもないが、なぁ」
ヌカタがそこまで言って、レクアを見る。
「悪魔憎し、は私にも分かるんだ。やられたことをやり返しているだけ、っていう理屈も。でも、私の心の中には引っ掛かるものがある」
俯くレクアに、ミゲットが微笑みかける。
「貴方達人間は、善にも悪にもなれるんだと思うわ。きっと、それを選べるのが人間なんだと思う。悪魔がこの世界から去らなければ、選ぶことも出来ないけれど」
「それで、あんたらは人間解放のために次の戦いに赴くってわけか。しかしまさか、レクアまで行くとはな」
ヌカタが笑うと、レクアは苦笑しながら頷いた。
「この三日で、だいぶ居心地が悪くなっちゃったから。悪魔の母娘をかばって逃がしちゃったのが致命的だったかな。あれですっかり、悪魔の仲間っていう認定をされちゃったし」
「シャマリが一緒に行けない以上、カイルの力に頼る場面は出てきそうだし、そうなるとレクアの治癒の力も欲しいところだったから、私としてはありがたいけどね。同じ女の子だし」
「そういえば、そのカイルはどうした? この場にも顔を出すかと思っていたが……」
ヌカタが首を傾げる。
レクアがハッとして、立ち上がりながら口を開いた。
「私、呼んでくるよ。どこにいるか、心当たりがあるから」
タっと部屋をレクアが出て行くと、シャマリが小さく息を吐いた。
「復讐を果たして、喜ぶものかと思っていたが」
「本人もそう思ってたんじゃない? だから、そうではなかったことに戸惑ってるんでしょ」
レクアが出て行った扉を見ながら、ミゲットが言葉を次ぐ。
「カイルにとってはここが終わりのはずだった。でも、人間と悪魔の戦いという視点で見れば、このヒータヘーヴ地方を解放した今回の戦いは始まりに過ぎない」
「難しいもんだ。あの年で、そんなにでかいことを考えられるもんかね」
ヌカタが腕を組みながら言葉を紡ぐと、ミゲットは笑った。
「きっと出来るわ、カイルなら。ね、シャマリ」
天使のウインクに、シャマリは自信ありげに微笑んで頷いた。
「カイル」
宮殿の上階、バルコニーにカイルは一人でいた。
レクアが声をかけると、カイルは振り返って驚いた顔を見せた。
「レクア。どうしてここに」
「いるとわかったか、と言うと、ここが一番見晴らしがいいから。もっと言うと、カイルがしょっちゅうここに来てるのを見てたから、かな」
カイルの隣に立ち、縁に手をかけてレクアは言葉を次ぐ。
「ここで、いつも何を考えてたの?」
「……日によるかな。最初は、ハンナの――俺の幼馴染のことを考えてた。仇は討ったことが、彼女に伝わっているだろうかと」
「伝わってたらいいね……ううん、きっと、伝わってるよ。ミゲットが言ってたもの、肉体を失えば光気だけが残るって。きっと、カイルの銀の火は、ハンナさんにも見えてたと思う」
レクアが笑うと、カイルも穏やかに笑った。
戦いが終わってから、こういう顔をたまに見せるようになったことを、レクアはなんとなく嬉しく感じていた。
「それで――」
カイルが遠くに視線を送って、言葉を次いだ。
「これから何をしたらいいのか、考えてたんだ。シャマリはしばらくこの街に残ると言っていたけど、俺は、ミゲットと一緒に行こうと思う」
レクアは何も言わずに頷き、次の言葉を待った。
「フーシュラの首を斬っても、俺は何も感じなかった。だから、俺の復讐は終わってないんだと思う」
「終わりは、どこにあると思う?」
レクアがぽつりと尋ねると、カイルは遠くを見たまま言葉を紡ぐ。
「分からない。ただ、戦いの後で、空が広くなったような気がするんだ」
「空が広く?」
「労働奴隷として同じ毎日を繰り返していた頃、空はもっと狭く見えてたと思う。いや、そもそも空を見上げることもなかったかもしれない」
「――ちょっと、分かるよ。四方を壁に囲まれて、息苦しくて。カイルの方が、大変な日々だっただろうけど」
カイルが苦笑して続ける。
「この空の広さは、どこまで続くんだろう、と思うんだ。魔九公を全員討ち取れば、もっと広く感じられるのかもしれない」
「それが、カイルの旅の終わりなのかもしれないね」
「そう思うことにしたんだ。そのための、俺の力なんだって」
「そっか……じゃあ、しばらくは、一緒にいられそうだね」
視線を移してきょとんとするカイルに、レクアはハッとして言葉を急いだ。
「っていうのは、ほら、私もミゲットと行くっていう話をさっきしてたから」
「そうか。レクアがいてくれると、ある程度無理が出来てありがたいな」
ハハ、と声をあげて笑うカイルに、レクアもえへへと頭を掻く。
遠く太陽は山の稜線を超えて高く上って世界を照らし、突き抜けるような青空は果てしなく続いていた。
あとがき
満を持して、という心持ちでスタートさせた本作でしたが、打ち切る決断をしました。
詳細に設定し、練り上げた物語だったのですが、PVも評価も伸びず、これは読んでもらえる作品ではないのだということを受け入れざるを得ませんでした。
自分の作品として最長になるぞ、と息巻いていたのが恥ずかしい。
読まれなくても書き続けられる、は錯覚でした。
引き込まれる導入、魅力的なキャラクター、息を呑む展開――難しいなァ。
これまでに読んでもらえた作品を鑑みてから、また挑戦していこうと思います。
拙作に付き合っていただいた方、本当にありがとうございました。




