第23話 今日という日が
「準備はいいな」
久しぶりに完全武装したシャマリに、カイルとレクアが緊張した顔で頷いた。
レクアが見慣れない杖を持っているのに気づき、カイルが小さく首を傾げる。
両腕を伸ばしたほどの長さの白銀の杖の先には、細やかな装飾が施され、レクアの髪の色と同じような夕日色の水晶が据え付けられている。
「それは?」
「ミゲットが、私に持ってなさいって。光気を増加させる造りだから、私の癒しの力が強まるらしいんだ。そういう事態にならないのが一番だけど……」
「善処するよ」
カイルが応えると、ミゲットがおっ、と声を上げた。
「ちょっと珍しい顔を見せたわね、カイル。戦う前の笑い方になってるわよ」
「茶化さないでくれ」
言いながら、カイルは剣を抜き、シャマリを見てぐっと頷いた。
「準備完了だ」
「よし。では、手筈を確認するぞ。まずはミゲットが、この宿舎区内で爆発を起こす。入口から守備隊が押し寄せてくるだろうから、それらを打ち破ってこの敷地を抜ける」
期待してて、とミゲットが自信ありげに笑う。
「抜けてからは、二手に分かれる。ミゲット達攻撃部隊は、中央の大通りを進んで守備隊の本部を叩け。そこで装備を奪い、戦線を整え次第、北側の宮殿に攻め入るんだ。私は南側にある奴隷居住地を解放し、人々を救う」
「どっちかというと、シャマリの方がいい役回りなのよねぇ」
ミゲットが片目をつぶると、シャマリが苦笑した。
「お互いの力を存分に活かすためだ。負ける要素はほとんどないだろう。だが――」
そう言って、シャマリはミゲットをそっと抱き寄せた。
ミゲットもそれを自然に受け入れ、お互いの背に腕を回す。
「急くなよ」
「ええ。シャマリも」
二人の天使が抱き合う光景に、カイルとレクアは思わず目を逸らした。
レクアは咄嗟にカイルの方に視線を向け、あっ、と声をあげかけた。
カイルの表情は照れではなく、痛みを浮かべていた。
その胸中に何が去来しているのかを察し、レクアはもう一度目を背けた。
「二人も……みんなも、充分に気を付けるのよ。命を懸けることと捨てることは違うからね」
その場に居た全員が、ミゲットの言葉に大きく頷く。
「よし……一分後だ。ミゲット、狼煙を頼む」
「ええ、分かったわ」
ミゲットが宿舎の上に飛び上がり、カイルはシャマリの横に並んで剣を構えた。
横目に、彼が小さく笑みを浮かべているのが見える。
その視線に気付いたシャマリが、ふるふると首を横に振った。
「決して、戦いを好んでいるわけではないのだ。ただ、かつてのように、信頼できる仲間と並べていることが嬉しくてな」
「信頼……」
思いがけない言葉に、カイルはどう応えていいか迷ってしまった。
「さぁ、構えろ、カイル。そろそろだ。今日という日が、人間にとって新たな歴史の始まりの日となるだろう」
「炎よ。寛恕無き獰悪の抱擁を成せ」
ミゲットが言葉を紡いだ。
巨大な火球が放たれ、けたたましい轟音のあと、宿舎に入る門の先、衛兵たちが詰めている建物の屋根が大きく吹き飛んだ。
「行くぞ!!」
シャマリの号令に呼応して、カイルが、そして全員が怒号を響かせた。
空気が打ち震える。
「うるせえぞ、何事だカスど――」
門を開けた悪魔は一瞬で首を刎ねられた。
「ど、奴隷の反乱だ! 本隊に知らせろ、早く!」
警笛の音が甲高く響き渡る。
夕暮れの大通りは市井の悪魔で賑わっていた。
「炎よ。寛恕無き獰悪の抱擁を成せ!」
「炎よ。寛恕無き獰悪の抱擁を成せ!!」
「炎よ。寛恕無き獰悪の抱擁を成せ!!!」
魔石奴隷と呼ばれ、ひたすら作業に明け暮れた奴隷達が、その鬱憤を晴らすかの如く破壊の力を形にしていく。
火球が飛び交い、石畳の大通りはあっという間に骸を重ねていく。
「連続して使いすぎないで! 一度撃ったら列ごと交代して!」
ミゲットが叫ぶ。
カイルはシャマリに並び、魔法は使わずに剣で悪魔を斬り伏せていった。
銀色の炎を刃に伝わらせ、一振りごとに悪魔を絶命させていく。
羊頭、狐頭、牛頭、鼠頭――
悪魔と見れば、容赦なく斬った。
怒りがほとばしり続けていた。
背を向けて逃げようとした男の悪魔には、銀の炎を投射して消し炭にした。
「カイル! コントロール!」
力をか、感情をか、それとも両方をか。
シャマリが純白の光を放つ剣を振りながら、同じ色の翼を広げ、少し高い位置に飛び上がった。
「――守備隊の第一陣が来たぞ! 防御陣形をとれ!」
指示に素早く反応し、十数人が前に出る。
彼らは素早く『鎧袖』と『法衣』の魔法を唱え、淡く光る壁を発生させた。
そこに、駆け付けた悪魔達の火球、雷矢が飛来する。
だが、そのどれもが掻き消えた。
「白兵戦準備!」
『鎧袖』の魔法をかけた、体格の良い男たちが前に出る。
「先に行く」
カイルはすぐさま『跳躍』の魔法を使って飛び出た。
この中で、まともに武具を纏っているのは自分とシャマリだけ。
そしてシャマリは、南側の奴隷居住地の解放に向かわなければならない。
自分がやるべきだ。
勢いよく前線に出て、即座に悪魔の一隊に躍り出る。
「き、貴様、いった――」
鎧を着こんだ牛頭の悪魔の胴体を両断する。
続けて、カイルは体を大きく翻しながら、次、また次と悪魔達を屠っていく。
体が軽い。
いつまでも剣を振っていられそうだ。
全身から銀の炎が燃え上がり、悪魔の返り血は蒸発している。
「ひ、退け、退け! フーシュラ様をお守りするのだ!」
誰かの声に反応して、悪魔達は我先にと背中を向けて駆けだした。
大通りからは悪魔の影が消え、人間の勝利は誰の目にも明らかだった。




