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第21話 秘密の訓練

「みんな、カイルよりも覚えが早くて助かるわ」


 ミゲットがケラケラ笑う。

 カイルはというと、バツの悪さを覚えながら大きくため息で応えた。


「魔法の威力では負けてないと思うんだけどなぁ」


 言いながら、カイルは宿舎の大部屋で魔法の練習に当たる人たちに目をやった。

 男女の別なく、全員が瘴気ミアズマを高め、集中し、小さな魔法を紡いでいる。

 小さく、というのがカイルに複雑な思いを感じさせていた。


「天界でも言ったけど、最大出力の魔法なんて何度も使えないんだってば」

「だから、適切な威力にコントロールする技術が求められる、だろ。分かってはいるんだけどな」

「あまりいじめてやるな」


 指導に奔走していたシャマリが戻ってきた。

 額に大粒の汗を光らせ、血色の良い笑顔だった。


「ここにいる人々は、魔石を生成するために長年、瘴気ミアズマをコントロールしてきているのだ。光気エーテルに目覚めて一年のカイルに、同じことを求めるのは酷というものだろう」


 それに、とシャマリが言葉を次ぐ。


「どうやら人間は、天使と違って加齢とともに内なる力が高まる傾向にあるらしい。年長者の方が多くの光気エーテル瘴気ミアズマを有しているのだとすれば、若いカイルが多少劣っていたとしても仕方あるまい」

「あぁ」


 ミゲットがわざとらしく息をついた。


「残念ながら、最後のはフォローにならないのよね」


 言いながら、小柄な天使が一人を指さす。

 その先にいたのは、レクアだった。

 朱色の髪を弾ませて、仲間と談笑している。


「彼女――レクアが有している瘴気ミアズマは、明らかに他の人よりも頭一つ上だもの。人間の魔法の能力は、必ずしも年齢に比例しているわけじゃないっていうことね。もっとも、光気エーテルの内包量で言えば、カイルの方が上ではあるんだけど」


 なんにせよ、とシャマリは咳払いをしてから言葉を紡ぐ。


「当初の目論見通り、人間は魔法を使える。しかも、高度に。悪魔に対抗できるのは間違いない」

「だけど、急がなくちゃ」


 ミゲットがシャマリを、そして人々を見て言った。


「この三日間、寝る間も惜しんでよく練習してるわ。意識が高くて素晴らしいとは思う。でも、虐げられている顔ではなくなってきてる。これってきっと、悪魔から見たらおかしいことでしょ」


 それを聞いて、カイルはそこここにいる顔を見た。

 打ちひしがれたり、絶望したりしている顔つきの者は一人としていない。


「たしかに奴隷の顔じゃないな。経験上、奴隷がこういう雰囲気になると、悪魔の機嫌が悪くなる」

「身につけるべき魔法を絞って、他の宿舎の人々とも接触して、数日後には仕掛けた方がいいかも」


 シャマリ、ミゲット、そしてカイルは意見を出し合い、習得すべき魔法を『火球』『鎧袖』『法衣』『防壁』の四つに絞ることにした。

 より実戦的で、比較的習得が容易いというのが理由だった。


「他の宿舎にもそれぞれ、取り仕切っている者がいる。彼らには、俺から話をしよう」


 ヌカタが言った。


「俺達は、もう自分達で練習できる。カイル達はそれぞれ、手分けして魔法を教えてやってくれないか」


 この提案に、シャマリとミゲットは快く応じたが、カイルがまごついた。


「俺一人で大丈夫だろうか。原理が同じとはいえ、俺が使っているのは光気エーテルだし、それほどうまくない」

「私が教えたようにやれば、カイルにも出来ると思うが……」

「心配なようなら、助手をつければいいんじゃない?」


 表情を明るくしたミゲットが呼んだのは、レクアだった。

 かくかくしかじかと説明を聞き、彼女はこくこくと頷いた。


「もちろん協力させて。他の宿舎にも出前で治療に行ったことはあるし、きっと話は聞いてもらえると思う。よろしくね、カイル」


 春の日差しのような笑顔で、レクアは言った。


「ああ、よろしく」


 こうして、四つある宿舎で、三百人近くの人間が悪魔を打ち倒すための魔法を習得するための秘密の訓練が開始された。

 これまでのことから察して、遠くない内に悪魔に感づかれ、宿舎の点検が入るだろうとヌカタが言った。

 魔石奴隷の人々は夕方から魔石の生成工場に向かい、瘴気ミアズマを抽出し、明け方に帰ってきてから特訓に励んだ。

 また、そうでない者も、日中に睡眠をとって早めに起き出し、訓練をしてから魔石生成に向かうという形をとった。


「我々がこの街に来て、明日で一週間になる。それぞれ、どんな具合だ?」


 レクア達が生成に向かっている時間帯、三人は集まって状況報告をしあった。


「私が担当している宿舎は、半数は及第点かな。咄嗟に瘴気ミアズマを高められるようにはなってるし、防御系の魔法は全員が扱えるようになったしね」

「俺とレクアが担当している宿舎も、同じような感じだと思う。どっちからというと、攻撃系の魔法の覚えの方が早いような気がするけど」


 シャマリが満足そうに頷く。


「では、全体として半分以上が戦力として動けるということだな」

「それだけいれば、悪魔達に勝つことも出来るんじゃないか」

「それはちょっと短絡的かもしれないわね」


 ミゲットが小さく息をついた。


「私達が食料を提供し、希望を見出させたことで、確かに士気は高まってる。でも、彼らは毎日体を酷使し、瘴気ミアズマも体力も消耗した状態で一日を終える。慣れもない。戦いになって、まともにやれるのは短時間よ」


 シャマリがこくりと頷く。


「もとより、短期決戦を狙うつもりだ。街中を偵察してまわってみて分かったが、守備隊の人数は相当なものだ。向こうの練度も低かろうが、消耗戦になれば負けるだろう」

「それじゃあ、どうするんだ?」


 カイルが首を傾げると、シャマリは指を二本立てて見せた。


「得意な魔法を活かせるように、二手に分かれる。人間達の集団居住地を確保する解放隊と、敵の守備隊を壊滅させる攻撃隊とに」

「担当は?」

「集団居住地は開けた場所にある。となれば、『終末の雨』が効果を発揮できる。私が救出部隊を率いよう。ミゲットには、守備隊の本拠地をはじめとした敵主力を打ち倒してもらいたい」


 ミゲットが自信ありげに頷いてから、カイルを見る。


「カイルは、どっちに入る?」

「俺は――」

「カイルは攻撃隊だ」


 カイルが答えるよりも早く、シャマリが言った。


「戦況がこちらに傾くと、どんな形であれ、フーシュラが姿を現すだろう。どんな固有魔法を使うかは不明だが、ミゲットとカイルがいれば対抗できる」

「――分かった」


 カイルは静かに、しかし深く頷いた。

 そして、シャマリの金色の目を見つめる。


「俺が、フーシュラを」

「ああ。君の怨敵を、その手で」


 もちろん、とシャマリが言葉を次ぐ。


「これは、カイルがすべきことだろうからな」


 カイルはそれを聞きながら、ミゲットに視線を移した。

 ミゲットは片目をつぶって笑った。


「カイルは力を温存しなくちゃいけないから、前半戦は私に任せていいわよ。派手に花火を上げるのは、この中じゃ私が一番うまいでしょうし」


 言いながら、ミゲットは手のひらの上に美しい火球を浮かび上がらせた。

 今はミゲットのコントロール下にあるから熱を感じずに済むが、ひとたび放たれれば凶悪な破壊をもたらすだろう。

 それを引っ込めて、ミゲットはシャマリ、そしてカイルを見る。


「でも、戦いに絶対はない。現代の悪魔の魔法なんてたいしたことはないんだろうけど、二人とも、心してね」

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