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第11話 宿命という言葉で

 カイルも剣を鞘に納めながら、戦いに負けたという事実にショックを受けていた。

 それなりに剣の腕も上達して、魔法も使えるようになったと思っていたのに。


「そんなに落ち込まないで頂戴。こう見えても、あなたとは比べ物にならない時間を生きているし、『いにしえのたたかい』を生き抜いた古い天使なんだから」


 ふふと軽く笑って、ミゲットは後ろで手を組んだ。


「あ、でも、だからって、かしこまったりしなくていいわよ。シャマリと同じように接してちょうだい。これからは共に戦う同志になるわけだから。よろしく、カイル」

「えっと……わかった、よろしく、ミゲット」


 カイルがおずおずと言葉を紡ぐと、小さな天使はにっこり微笑んだ。


「さて、そろそろ先生をお呼びしましょうか。シャマリ!」


 ミゲットが声を張り上げると、遠く離れた場所から翼を広げてシャマリが飛んできた。


「どうだった?」


 シャマリに問われ、カイルは首を横に振った。


「完敗だった。正直、百回やったら百回負ける気がする」

「それは仕方ないさ。ミゲットは、天使の中でも魔法の使い方の柔軟性については飛びぬけていた。人間の限りある命でその境地にたどり着くことはまず難しいだろう」

「じゃあ、実戦で俺の魔法はほとんど通用しないってことか?」


 肩を落とすカイルに、ミゲットがクスッと笑った。


「シャマリが伝えたかったのはね」


 ミゲットが言葉を継いだ。


「実戦においては、自分が予想だにしない戦法がごまんとある、っていうことなのよ」

「……確かに、『防壁』の魔法をあんな風に使うことなんて、考えもしなかった」


 そう言いながら、カイルは訓練の前にシャマリが言ったことを唐突に思い出した。


「シャマリは「魔法を駆使して」って言ってた。魔法で攻撃してくる、とは言わなかった」

「そういうことだ。確かに魔法は便利で強力だが、ただの手段に過ぎない。それをどう扱うかは、使う者次第だ」

「知っていること、使えること、使いこなすことはそれぞれ別の段階よ。あなたはまだ、知っているだけの段階。大切なのは、過信しないこと、慢心しないこと。それらは油断に繋がり、死に直結するから」


 ポンポン、とミゲットがカイルの肩をたたく――とは言っても、カイルの方が身長があるせいで、腕の上の方をたたいた格好だ。


「この堅物天使は、そういう実戦の恐ろしさを、カイルに少しでも感じ取ってほしかった、というわけ。そうよね?」


 シャマリが頷く。


「都合よく、ミゲットが天界の遠方まで捜索に出かけていて、長く留守にしていたからな。戻ってきたらカイルの相手にちょうどいいと思っていたんだ」

「なるほどな」


 頷きながら、カイルはあらためてシャマリを、そしてミゲットを見た。


「あ、随分大きさが違うな~、って思ってるでしょう?」

「え、あ、いや……うん、そう思った」


 睨み顔になりながらも笑みを浮かべるミゲットに、カイルは頬を掻いた。


「天使の姿は、人間と違って時と共に変化しないからね。シャマリは形を成したときからこうだったし、私もずっとこの姿よ」

「悪魔には子どもがいて、成長もしてたはずだけど」

「雌雄の交配によって生まれた、現代の悪魔はな。古い悪魔――つまり、瘴気ミアズマが直接形を成した悪魔は、我々と同じように在るべき姿で生まれ、そのまま変わらない」


 さて、とシャマリは腕を組んだ。


「今日の訓練はここまでにして、あとは親交を深めるとしよう。ようやく全員が揃ったのだから」

「全員……」


 自分と、シャマリ、そしてミゲット。

 この三人で、全員なのか。

 驚くカイルを見て、ミゲットが苦笑した。


「何度も何度も、かなりの広範囲を探してまわってるんだけれどね。他の天使は見つけられてないの。やっぱり、ここは広すぎるから」

「さぁ、そんな話も腰を落ち着けてからしよう。君達が勝負している間に、席は設けておいた。行こう」


 かつては天使達が歌い語り合ったという広場の一角で、三人は腰を落ち着けた。

 最初に、ミゲットの希望に応える形で、カイルが自分のことを話した。


「なるほどね……」


 カイルの十七年を聞き終えると、ミゲットは目を伏せた。

 カイルは、話し続けて枯れた喉を、果実からつくられたという飲料で潤した。


「人間の命の短さを思えば、十七年という時間を共有した相手との別れはあまりにも悲しいわね」


 カイルは、寂寞を感じながら小さく微笑んだ。

 二人に話しながら、自分の人生で色づいたものがハンナしかなかったのだということをあらためて実感した。

 両親の顔は知らない。

 人からは、既に土の下だと聞いていた。

 名前を呼び合い、笑い合った知己もいたが、誰もが何かの理由で命を落とした。

 不意に、ミゲットがカイルの手にそっと触れた。

 カイルより、二回りも小さな手だった。


「それほど過酷な日々を生き抜いてこられたのは、奇跡といってもいいわ。今日まで命を繋いできてくれてありがとう、カイル」


 ミゲットの言葉を受けて、シャマリが首を横に振った。


「奇跡などではない。カイルが過酷な時間を生き抜いたことは、必然だ。自由を奪われていることへの怒り、他者への慈悲、そして愛を失わずにきたからこそ、こうして命を繋ぎ、光に目覚めたのだ。いわば、悪魔と戦うことは、カイルの宿命なのだ」

「それはいかにもシャマリらしい考え方だけど……」


 ミゲットが言葉を次ぐ。

 その金色の視線は、じっとカイルを捉えている。


「私は、宿命という言葉で片づけたくないわ。まるで、誰か一人の都合のために、その人の心の痛みが用意され、他の誰かの命が消費されたように思えてしまうから」


 あどけない顔のつくりなのに、ミゲットは母親のような表情でカイルを見た。

 目の奥が熱くなるのを、カイルはぐっとこらえた。


「ハンナさんには、ハンナさんの命の意味と価値があった。その意義ある命が、カイルの命に繋がった。だから、あなたの命は、絶対に無駄にしては駄目よ」


 カイルは深く頷いて応えた。

 慈愛にあふれた微笑みを浮かべて、ミゲットが言葉を紡ぐ。


「どうか、復讐の先にもあなたの人生が続いていることを願うわ、カイル」

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