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第10話 魔法の戦い

「魔法の訓練の仕上げは、実戦形式で行う。これが終われば、いよいよ光の力、固有魔法のコントロールの修練に入る」


 シャマリの言葉に、カイルは頷いた。


「剣の訓練と同じように、シャマリに一撃当てれば合格か?」

「いや、違う。今日は、私ではない者が相手をする。ついてきてくれ」


 そう言うと、シャマリは修練場の出入り口に向かった。

 カイルは首を傾げて、彼に続いた。

 修練場を出て、果樹林とも違う方角に歩いていく。

 やがて二人は、周囲には建造物も木々もない、ただただ広い原に出た。


「カイル」


 シャマリがカイルに向き直って言った。

 その表情には、いつもの穏やかさがない。


「これから君は襲撃される。相手は魔法を駆使してくるから――」

「魔法で反撃すればいいんだな。でも、まともに魔法を食らったら怪我をするんじゃ……」


 カイルの心配を、シャマリは笑って否定した。


「相手は、こと魔法に関しては私以上の使い手だ。むしろ、怪我の一つでも負わせられたら大したものだぞ」


 それだけ言って、シャマリはそのままその場を離れて行ってしまった。

 相手は誰なのか、どこにいるのかも分からないが、魔法で攻撃されるとは分かっているのだから、最初にすべきことは決まっている。

 カイルはこれまでに教わった方法と知識で、自分の中の光気エーテルを練る。


煩悶はんもんせよ、我があつらえるは空にして実の鎧」


 あらゆる魔法に対する抵抗力を高める、『法衣』の魔法だ。

 これで、魔法の直撃を受けたとしても即死することはない――はずだ。


 どこから、何が来る――?


 魔法の戦いになると分かっているのに、カイルは腰に帯びた剣を抜いていた。

 背中を、冷たい汗が伝う。

 農場にいた頃に感じていた恐れとは質の違う恐怖が、全身を包んでいた。


よどみ、ただれ、わずらえ」


 空から声が聞こえた。

 シャマリの声ではない。

 女の声だ。

 上を見上げると、高い位置で翼をはばたかせている人影が見えた。

 小柄に見える。


「『毒霧』の魔法か」


 周囲に青紫色の煙が充満し始める。

 だが、さっきの『法衣』の魔法の効果で十分に防げるはずだ。

 それに、こんなに開けた場所では、煙などあっという間に消えてしまうだろう。

 カイルはいくつか、追加の防御策を考えたが、特に必要ないとだろうと判断した。


「ふむ。ひとまず、魔法への対抗は及第点ね。それじゃあ、次は――」


 高い位置を旋回しながら、相手が言葉を紡ぐ。


「土よ」


 この言葉で始まるのは『石弾』――魔法で石のつぶてを大量に発生させて相手にぶつける魔法だ。

 『法衣』の魔法の効果で威力は軽減できるはずだが、もうひとつ、直接的な攻撃に対する防御も必要かもしれない。

 カイルはすぐに、別の魔法を紡ぎ始める。


懊悩おうのうせよ、我があつらえるは――」

かまびすしく、うずたかく、敵をそしれ」


 間に合わなかった。

 周囲が一瞬暗くなるほどの大量のつぶてが空にあらわれ、そのすべてが意志を持っているかのようにカイルに飛び掛かってくる。

 軽減して、この威力なのか。

 石のつぶてのひとつひとつは、たいした大きさじゃない。

 それなのに、一発一発が、太い棒切れを近くから投げつけられたように重い。

 反撃しなければ。


「風よ。きしめ、たわめ、切っ先となれ!」


 空気を圧縮して刃と化して、離れた相手にぶつける『風刃』の魔法だ。

 これなら上空にいる相手にも届く。

 不可視の斬撃が飛び放たれ、相手に届いた――はずだったが、相手は動きに何の変化も見せなかった。

 まるで効いていない。


「感心、感心。悪くないわ。シャマリが丁寧に教えただけあるわね。それじゃ、次は――瞠目どうもくすべきもの、それは壁。恐懼きょうくすべきもの、それは壁」


 天使が言葉を紡ぎ終えると、カイルの四方に巨大な石壁がせりあがった。


「これは『防壁』の魔法、投射物を遮る……でも、相手に対して使って、何を――」

「光亡き惑溺わくでき嗚咽おえつせよ」


 途端に、周囲が暗くなった。

 『暗闇』の魔法だ。


宵闇よいやみ篝火かがりびを、暗闇に灯火ともしびを、跳梁ちょうりょう闊達かったつを!」


 カイルはすぐさま「灯火」の魔法を紡ぐ。

 闇は晴れたが、見上げても天使の姿がなくなっていた。

 いったい、どこに――


「こっち、こっち」


 すぐ横から声がして、見ると、自分より、ハンナよりも背の低い影があった。

 その手には短剣が握られ、自分の横腹に突きつけられている。

 負けた。


「――あなたは?」


 カイルが言うと、天使は短剣を下げて一歩引き、手をさっとかざした。

 二人を取り囲んでいた壁が一瞬で消え失せた。


「私はミゲット。シャマリと同じ、生き残ってしまった天使よ」


 小さな天使は、声のとおり、女性だった。

 いや、女性というのは少しためらわれるような、少女と言ったほうがいい容貌をしていた。

 自分やハンナよりも年下に見える。

 シャマリと同じく、髪も瞳も輝くような金色で、その髪は頭の高い位置、二か所で結われていた。


「とりあえず、お互いに武器は収めましょうか」


 ミゲットは短剣を鞘に納め、腰の後ろにしまった。

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