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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ストレリチアの君とイカリソウの自分

作者: 青木彗

冴姫とこれからもずっと一緒にいれるずっとこんな幸せな毎日を送れると思っていた。そんな夢を見ていた過去の自分へ


私の母は狭い世界でしか生きてこられなかったのか視野が狭い人だった。自分の求める理想が絶対正しいと思い込んでいた。だから、小さい頃から英語教室に通わされて幼稚園受験というものをした。家がお金持ちとかではなくごく普通の家庭だった。母はなにかと気に入らないことがあるとすぐ怒鳴ってきた。そんな母に呆れて父は私が6歳の時に出ていってしまった。そこから母から私たちに対する当たりはより一層酷くなった。父に裏切られたのだ。この時、感じた憎悪は今でも残っている。それよりも悲しかった。だから、我慢の限界が来て中二の時初めて母に反抗した。そのときは…言うまでもない。

「虹華…あなたも私を裏切るのね!!」

ヒステリックになった母は私に容赦なく物を投げつけてきた。今まで暴力だけはされてこなかったのに。だから少なからず愛情は貰えていたと思っていた。…ここで母にも裏切られてしまった。その後母は暴れ隣人が騒ぎを聞きつけ警察に通報してくれたおかげで、この事態は収まった。母は精神科に入れられ、おばあちゃんに私は引き取られた。おばあちゃんは何事も無かったように過ごしている。でも、私はそうはなれなかった。


「高校は桶桜丘にしなさい。あそこはこの辺で一番の進学校よ。あなたに一番似合っているわ。」

「…わかったよ。」

数ヶ月ぶりの面会。やせ細った母を見ても私はなんとも思わなかった。病院に入っても治療しても性格は変わらない。私の事を考えていてくれるように見せかけて本当は世間からの目しか気にしていないのだろう。

「…母さん、父さん再婚したって。昨日連絡来たよ。」

「…そう。」

あの時の母とは違い反応は薄かった。離婚する時、あんなに父にすがりついていたのに。母は可哀想な人だ。強く言える相手がいないとこんなにも小さくなる。情けない人だ。


「進路希望の紙明日までなので出していない人は必ず持ってくるように!!じゃ、今日はここまで、さようなら」

先生が出ていったあと教室が一気に騒がしくなる。お祭り状態だ。

「虹華!!進路希望だした?あたし、まだ出してないからちょーやばい!!」

「私もまだ。でも高校は決まってるよ」

「えぇ!?どこいくのー?」

「桶桜丘」

「げー!!超進学校。あたしもそこにしようかなぁ!!」

このうるさいやつは私の友達の冴姫。ショートカットヘアで顔がすごく整っているべっぴんさん。それに比べ私はスクールカースト最下位に住むガチガチの陰キャ。なぜ冴姫が構ってくれるのか分からないが居心地は悪くはないのでよく一緒にいる。本当に大切な友達だ。

「今から塾行かないとでしょ?早く帰ろ」

「OK〜!!」

人付き合いが苦手な私でもこんな良い友達ができたんだ。

「帰りどっかで食べていかない??」

「それ校則違反ですけども?」

「まあまあいいじゃーん。あそこのラーメン屋にしよっ!!」

「わかったよぉー笑」

今とっても幸せ。このままでいい。このままずっと、このままでいたい。



4月。晴れて高校生になった。母に言われた通り桶桜丘高校、通称桶丘。もちろん

「虹華〜!!これからもよろしくね!!」

冴姫も一緒だ。本当に同じ高校に来ると思っていなかったが結果オーライだ。本当に良かった同じ高校になれて。クラスはどうだろうか。

「わあお!!虹華!同じクラス!!1-Dだよよ!!やったあああ!」

「ちょっと!!冴姫、喜びすぎもうちょっと声抑えてよ!」

「えへへ、ごめんごめん笑」

同じクラス…良かったほんとに

「おー僕ら1ーDじゃん。やったな羽瀬部」

「…」

「え、そんなに僕と同じ嫌だった?」

「ちげぇって。別にどのクラスでもいいし。」

「ひ、ひどいよ羽瀬部クーン。やーん冷酷王子ー。」

「ウザっ。」

「あれ、こういうこと言われたら笑う系じゃない?」

「…」

「っって無視か!!」

んーそれにしても…1-D…古都松虹華。同クラね。


「虹華〜購買行ってパン買いに行こー」

「おけー何のパン買おっかなあ〜」

「期間限定数量限定のサバプリンパンにしようかな!!あたし」

「なにそれどこ情報よ?笑まずそう。」

冴姫と話しているのはとっても楽しい。小学校の頃よりも全然楽しい。中学三年生の時同じクラスになれて良かった。おかげで毎日が充実してるよ。あーこんなこと本人に言ったらどんな反応するかな?笑友達は冴姫だけで十分だわー。そんなことを考えてる。

「古都松虹華。」

「はい?」

誰だこの人。確か、同じクラスの…羽瀬部酔さん。男が話しかけてくるなんてなんの用だろうか。それにしても整ってる顔だな。モテてそう…え、もしかしてナンパ?

「私今日忙しいのでそういうのはちょっと…」

「あ?何言ってんだお前。確か美化委員だよな?さっき同じ美化委員の神語…景?ってやつが探してたけど、大丈夫?」

あ、普通に親切な人か。間際らしい。男って変な奴しかいないからな…判別がつきにくくて困るわ。

「…ていうか、俺が誰だか覚えてない?中学二年の時同じクラスだったけど、」

「あれ!?そうでしたっけ…ごめんなさい。覚えてませんでした。」

あの頃は学校生活どころじゃなくてほとんど学校行けてなかったし。まあ仕方ないか。覚えてなくても。

「じゃあ、早く景のところ行ってやって。」

「あ、はあ。」

何もしてこない…ただ茫然としていたところで冴姫が勢いよく話しかけてきた。

「大丈夫だった?虹華。怖いよね。男なんて。実際男って女のこと体としてしか見ていないんだから関わらない方がいいよ。」

「そ、そうだよね…怖い生き物だほんと。」

「…ねぇ虹華!!屋上で食べよ。今日お弁当持ってきてあったし、やっぱり購買で買うとお金無くなっちゃうからバイトしないといけなくなって虹華と一緒にいる時間が短くなっちゃうもん笑それに屋上だと二人っきりになれるしね!」

ほんとに優しいな。冴姫は。ありがたい。


屋上は立ち入り禁止のようだが冴姫がこっそり鍵を取ってきてくれてあって、入ることができた。誰もいない空間。冴姫と二人っきりだ。屋上からの眺めは綺麗で富士山が見える。風もそよそよと流れている。風に飲み込まれてしまいそう。屋上は心地が良い。

「…冴姫、今日何日だっけ?」

「今日は確か…」

「4月6日。俺の誕生日まであと四日だ。」

「えっ」

目を見開いた。うっわこいつさっきの羽瀬部酔さんじゃん。え、どういうこと??ここまで跡をつけてきたってこと?怖。なんで。やっぱりナンパ?それとも強〇される!?

「…あの古都松さん」

怖い。怖い。何こいつ。なんで?クラスで大人しくしてたのに。なんか目つけられるようなことしたっけ?どっかでやらかしちゃったっけ。どうしよ。なんて言われる?

「さ、さき…ゴホッ...ヴ...ゲホッゴホッゴホッ...ヒュッ.カハッ」

やばいやばいやばい。焦りすぎた。またやっちゃったよ。ほんと自分はダメだ。呼吸が戻らない。


「虹華。欲しいものはあるかい?」

「うーんっとこのお菓子がいい!!」

「おーわかったわかった。いっぱい買ってあげるよ。」

おじいちゃん。ほんとにやさしいなあ。

「ほれ、虹華このかーわいい服着てみんさいな。」

「えーでも…おじいちゃんこれにじかのサイズにあわないよぉー…パンツが見えちゃいそうなんだけど…」

「大丈夫じゃ虹華。かわーいく写真撮ってやるからな。」

おじいちゃん怖いよ。なんでそんなに息苦しそうなの?どうして、どうして、

「っは!!はあ…はあ…ふぅー。」

見たくなかった。こんな夢。全部あの人のせいだ。羽瀬部酔。じいちゃんに似てるんだ、あの整った顔が。てか今日何日だっけ?


「えぇ!?酔、お前が過呼吸にしたの!?可哀想な虹華ちゃん!!僕があの場に駆けつけていなかったらどうなってたことか!!」

「リアクションでっか!!大きい声で騒ぐなよ。ちゃん付けきも。景、古都松と面識ないだろ。そんで俺の名前で呼ぶな。お前と仲良いって思われたくない。」

「なっ!?失礼しちゃう。」

「お前変な奴だよ。俺と仲良くなろうとするとか...。こんな人間と関わらない方がいいって。なにせ俺はクズだからな!!」

「なーに自信満々に言っちゃってんの。女子を過呼吸にさせたんだからそりゃクズだろ。でもよかったな。慰謝料とか請求されなくてさーwうえーい羽瀬部の極悪非道人!!あっはははw」

「…最低だわ。今シンプルに心にダメージ食らってんのにさ。そこから追い打ちかけるようなこと言う?くそやん…」

「まあまあw」

「あっそうだ。これやるよ」

「え、なにこれ?豚のキーホルダー??」

「それ光るんだ。ガチャガチャで引いたんだけどさダブったもんでやるよ。」

「えー!!お前幼稚園児かよwwwていうかお前とオソロになるってことだら?wイヤーだーーwww」

「…飲みもの買ってくるわ。」

ほんとにこいつとは関わりたくないがこんなクズとでも一緒にいてくれるのは景ぐらいしかいない。感謝はしているがもう少しマシな人が良かった…そんなことを考えてると教室の前に着いていた。

「古都松さん大丈夫だった!?」

と,クラスの女子が心配そうに駆け寄ってきた。きっとこれは「私優しい人です」アピールに利用されているだけだ。可愛そうなあたし。

「全然大丈夫〜笑ほーんと誰かさんのせいで酷い目にあったわ〜w」

テンションが高すぎたせいか少々女子にひかれ気味のようだ。これで関わってこなくなるだろ。それよりも…

「羽瀬部ー?ちょっと一緒に来てよ」

「あ、え?おう…わかった。」

こいつを片付けておかないと。

風が吹く屋上。柵を乗り越えれば下に真っ逆さま。

「…あのさ、昨日の跡つけるようなことすんのやめてくんない?」

「ああ…その件については本当にすまなかった。マジで反省してる。でも、ただ古都松さんに用があッ」

「そういうさストーカーまじきもいの。てか、あたし好きな人いるから跡つけたって意味ないよ?そういう無駄な努力まじ迷惑。近づくな。」

なんだこいつ…。この威圧感。負のオーラがぷんぷんする。そりゃそうだよな。命の危機に晒されてた訳だし、どうしたら許されるだろう。…悩む暇があったら今後こういうことが起こらないように絡んでいけばいいか。

「…どうせ、ちゃんと反省してないでしょ?今後から絡んでこないでね!!」

まあ、筒抜けだったことくらいわかってたけども。反省はしっかりしてるわ!!



ミーンミーンミーン…ワシャワシャワシャ

もう夏休みに入った。最近時間が経つのが異様に早く感じる。歳のせいだろうか?それにしてもド田舎だから蝉の鳴き声が嫌というほど耳に入り込んでくる。これじゃあ家にいても休みという休みではない。私と違ってワシャワシャと元気に鳴いている。

「私も蝉みたいに自由になりたいなぁ。」

「えーセミ?あたしはセミになんかなりたくないわ笑」

近くにいた冴姫が微笑する。そんな顔も可愛らしい。

「セミってなんで鳴いてるか知ってる?」

「んーたしかメスを呼ぶため?」

「正解。子孫繁栄のためだよ。そういう汚らしい生き物にはなりたくないわ。」

静かで鋭い目つきで遠いどこかを見ながら冴姫はそう言った。「たしかに」と私は頷いた。冴姫とはほんとに気が合う。恋愛についてもそう。私に好きな人ができないのは、「付き合ってからのそういう行為をしたくない」という考えがあるからだ。これを話した時、否定されることもなく、笑われることもなく、ただ「そうだね。一緒だよ。」と肯定してくれた。いつからか、「男性は汚らしい怖い生き物」という考えが頭にこびりついて取れなくなった。どうしてだろうか。

「それにしても羽瀬部?だっけ。あいつなんなん??まじ跡つけてくるとか。」

「そうだよね、」

あの騒動があった4月。それ以降も何度か急に羽瀬部さんが現れることがあった。その時に聞かれることは「好きな食べ物何?」「誕生日いつ?」などたわいない質問ばかりだった。私は恐怖か緊張なのか何を聞かれたのかなど思い出せないが、冴姫がそのときの状況を丁寧に教えてくれた。

「まあでも良かったよねー夏休みになってさあ。これで跡つけられる心配もないし、夏休み明けには落ち着いてるでしょ!!」

「そうだといいなぁーほんとに」


どのくらい歩いたのだろうか。目がくらくらする。飲み物が欲しい。頬に雫が垂れる。

「はぁ、はぁ…け、景お前用事って何?あと飲み物欲しい。」

クソ暑い夏休み。景に「一緒に来てほしい」と言われ、どこかに行くことに。ていうか目的地をきいていないから早く教えて欲しい。まじあちぃ。さすがド田舎だけある。

「…景、今日はどこに行くんだ?もう2時間くらい歩いてるけど。流石にどこに行くくらいかは教えてくれよ。あと飲み物欲しい…」

「んー目的地、言ったらさ?羽瀬部来てくんないだろうし、言うわけないじゃん。」

「それ今言う?家帰るにバスで30分はかかる所まで歩いて来てさ、そういうこと言っちゃう?普通。ねぇ、飲み物欲しい、」

「まあ、安心してよ笑。変なところではないから。ほら着いた。ここだよ」

「ここ…?普通の古民家じゃないか。おい、飲み物…」

「まあまあいいから、ついてきて。おばちゃーん!!家上がるねー!!」

「飲み物よこせってぇえええええええええええ!!」

奥の方から優しい「はいよぉ〜」という声が聞こえてきた。今の叫び声聞こえてないだろうか...。それにしても一体誰の家なのだろうか。表札には「古日」と表記してある。それにしてもいい古民家だ。昔ながら、を感じられる。木のいい匂いも漂ってくる。蝉の鳴き声とマッチしていて居心地がいい。

「おばちゃん、あいつ二階にいる?」

「ケイくん、おばちゃんなんて歳じゃないよぉあたしゃぁ。おばあちゃんって呼んでくれっていつもいってるだろう?」

そういう割にはなんだが嬉しそうな顔をしている。てか、飲み物欲しい。

「そういう割には嬉しそうな顔してるじゃないかー笑」

景、台詞をパクらないでくれって、同じこと考えてた!?

「あいつどこ?おばちゃん」

「あの子なら二階にいると思うけぇーが、わからんやー。」

「おーけ二階行かせてもらうね!」

そういうと景はミシリミシリと音を立てぬように階段を上がっていった。

「お前さんは…ど、どこの子かね?」

なぜかおどおどした声でおばあちゃんは話しかけてきた。

「こんにちは。一応景の友人の…羽瀬部です。」

「下の名前は?」

「酔です。「酒に酔う」と書いて。泥酔のすいです。」

「あぁ…こりゃまた珍しい名前と漢字だね…スイくんね。」

「まあ、俺の父が酒好きだったものですから…」

こんな名前なのもあって人からあまり名前呼びをしてほしくない。恥ずかしい。

「あの…」

「ん?なんだね?」

「神語景と、あいつと一体どんなかッ…」

「羽瀬部ーーー!!!お前も来いよ!!」

「ほら、いっておいで」

ニコニコな笑顔でそう言われた。なんか圧がすごい。タイミングが悪すぎる景。さっきの以心伝心はどこいった。俺は自暴自棄になりかけながらドカドカと階段を上がる。急傾斜。昔っぽい。落ちたら死にそう。

「こっちこっち」

景は真顔で手招きしてきた。一体あの先の誰かいるのだろうか。ドアノブに手をかける。すると妙な空気に変わった。なんか嫌な予感しかしない。重い木の扉を開けた。


今私は絶体絶命の状態。

「おい、景どういうことだ?なんでここに古都松さんが…」

きっと何も言わされずについてきたのだろう。顔が引きつっている。それは私も同じだ。

「えーだって虹華とはいとこ同士だし、遊びに来るくらい普通でしょ?」

もっと羽瀬部さんの顔が引きつった。多分彼は引いているのだろう。私だって引いている。肩に手回してくんなや。

「…景、急に家来るのいつもやめてって言ってるよね?それになんで羽瀬部さん連れてきたの?」

景とはいとこ同士なので異性として意識してないから、普通に喋れるが、羽瀬部さんのあの威圧感にはまだ慣れていない。ていうか景ってワンチャン女だし。

「…俺帰る。」

「えぇ!?なんでだよ!!こっからだろ!!」

「…古都松さん俺の事怖がってるの知ってるだろ?現に声震えてるし。俺、邪魔だろ?2人でイチャイチャしてろよ。」

「こいつとイチャイチャなんかしたくないわボケ。」

心の声が漏れてしまったようだ。まっ本当のことだしいっか。

「羽瀬部さん、別に景とはそんなに仲良くないよ。最近になって急にいとこ同士って打ち明けられたし。高校に入っておんなじクラスになるまで、一切交流はなかった。」

まるでオタクが推しについて語るかのように早口で答えてしまった。まだ羽瀬部さんには慣れない。

「まあまあ…羽瀬部もうちょっとここにいてよ。今から本番。」

「…」

羽瀬部さんは嫌そーうに座布団に座った。出来ればそのまま帰ってもらいたかった。この空気に息が詰まる。

「最近…と言うよりか高校になってから、羽瀬部さんが虹華のこと追いかけてるの知ってるよね?」

「追いかけてねえよ。古都松さんのこと好きでもなんでもねぇ。」

そういう言われ方をすると傷つく。この人は人のことを考えられないのだろうか。

「でも、なにか理由はあるでしょう?何度も聞いても羽瀬部教えてくれないじゃん。見ての通り?虹華も怖がってるし、僕だって疑問があるわけ。らちあかないじゃん?こういうの僕すっごく嫌なのよ。だから…ね?」

私の事考えてくれてたんだ…キュン、とはならない。相手が景だからだろう。

「…別にそんな深い意味はない。」

「じゃあ追いかけたりするのやめなよって前言ったじゃん。それでもやめなかっただろ。」

「……」

あ、注意してくれてたんだ。それでも改善されなかったってことは…やっぱり狙われてる!?

「…なぁ酔。僕は皆から変な奴扱いされてるの知ってるよね?」

「あ、自覚あるんだ…」

きっと羽瀬部さんも同じことを思ったに違いない。

「でも、僕女子にモテてるよね?まあ、イケメンだし?」

「あー…モテるんだ。」っていう顔、羽瀬部さんは多分そういうのに疎いのか興味がないんだろうな…。ん?興味が無い?

「なんでモテるかって言ったらさ僕の顔とかスタイルとか一理あると思うけど、多分僕がちゃんと女子と交流してッ」

「羽瀬部さんってもしかして本当に私の事好きじゃないの!?」

「は…」

ずっと黙っていた羽瀬部さんから間抜けな声が出た。今私なんて言った?

「あっいや、ごめんなさい。口挟んじゃって…」

「ほんとだよーせっかくの僕の演説がさーぁ…」

「いや、景に言ってないから。」

「もういいって!!」

頭を鈍器で殴られたような大きい音が鳴り響いた。そのせいで湯のみが倒れる。あぁお茶が勿体ないな。空気が張り,景は息を飲み込んだ。

「はぁ…古都松さんのこと好きじゃないし、追いかけてるつもりもない。そういうの面倒くさい…」

唾を吐くように吐き捨てた。物怖じしない景も固まっている。始めの空気よりもっと、息が詰まりそうだ。

「虹華、大丈夫?」

冴姫はじんじんと痛む手をさすりながら優しい声で聞いてくれた。

「うん…まあ大丈夫。でも…」

「でも?」

「羽瀬部に申し訳ないことしちゃったなって。勝手に勘違いしてて、悪者扱いしちゃったし…」

「…虹華がそんな心配する必要ないよ。あいつが悪いんだよ。虹華のことストーカーしてきたきもいやつだよ?あんな犯罪者予備軍に気なんて遣う必要ないよ…」

「そ、そうだけど冴姫言い過ぎだよ。私にも非があったし。」

「虹華。男の言うことなんて信じなくていいの。男なんて女のことを道具としてしか見てない。それが現実なの。だからダメだよ。男に溺れようとしちゃ。絶対だめ。あんな奴に関わっちゃダメ。虹華まであたしを捨てないで…」

冴姫は泣きながらそう言った。こういう時の冴姫は少し怖い。男の話が出ると、こうヒステリック?のようになる。かつての母のようで悪寒がする。でも、今回ばかりは冴姫の意見に肯定できない。私に非があったからだ。

「ごめん。そうかもしれないけど、今回ばかりは私が悪ったから…怒らせちゃったし。だから…謝ろうと思う。」

「…そっか虹華もそうやって、あたしを裏切るんだね。」

軽蔑するような目で私を見てきた。

その騒動があった日から冴姫は話しかけてこなくなった。一気に罪悪感が迫りくる。あぁ、あんな奴に謝ろうとするんじゃなかった。



「えー皆さんは高校生としてえー勉強部活にしっかり打ち込みましょうえーそれでは…」

あの校長「えー」を現時点で36回目。校長の話は長い。長すぎる。校長が話している間に万里の長城歩ききってるよ。退屈だ…

「虹華ー夏休みどうだったァ?」

二学期初日冴姫が何事もなかったかのように話しかけてきた。もうずいぶん長いこと…夏休み中は話かけてこなかったのに。もう赦してくれたのかな?、

「…ど、どこも行ってないよ…家には大体一人でいたし。おばあちゃんいたけどさ。」

「そうなのー!?奇遇だね!!あたしも一緒だよぉ〜。」

元気そう。いつもの冴姫だ。この様子ならきっと赦してくれたみたい。良かった。でも、あの時のことを謝った方がいいのだろうか。それでもなあ、随分前の話を出すのも…なぁ。まあ、いっか。冴姫もわかってくれているだろう。何せ親友なのだから。何でもわかってくれているはずだ。私は何しても赦される。冴姫だけなら、何をしても赦してくれる

「虹華、ちょっとこっち来いよ。話がある。」

長いHRが終わった後、景が珍しく話しかけてきた。昇降口で冴姫が待っているから早く帰らないとなのに。

「何?何の用?友達が待ってるから帰りたい。」

景の後ろを見る。こちらも珍しく羽瀬部さんがくっついていない。いつも某会社のハッピーセットのようについてきていて面白かったのに。

「…なぁ、虹華。ずっと気になってたんだけどその友達って誰?」

「は?冴姫だよ、さき!!おんなじクラスでしょ!!私冴姫ぐらいとしか一緒にいないし。何?これが大事な話なわけ?いつも一緒にいるの見てるでしょ??だから嫌いなんだよ視野が狭い人。…それじゃ冴姫が待ってるから帰る。」

我ながらきつい口調になってしまった。なぜだろうか。自分でもよくわからない。こんな自分嫌になる。そんなことを考えながら景から離れていった。

「おおい、虹華…」

なんで逆切れされたのだろうか。虹華とは長年の付き合い?だが相駆らわず性格がつかめない。ただキレやすい女、ということは承知している。政子さんにそっくりだ。

「?。何やってんだ景。もう下校時刻とっくに過ぎてるぞー。」

前の方から耳慣れしたあの声が聞こえてきた。暖かい空気に変わっている。

「…お前こそ何やってんだよ羽瀬部。何か忘れ物でも取りに来たん?」

「んー?いいや、俺が仕事してるうちに皆帰っちゃってさ。昇降口うろついてたら景っぽい声が聞こえたもんでせっかくだから一緒に帰ってやろうと思って。」

「…君、いいやつだよね。勿体ない。」

「あ?なんか言った?」

「ううん。なんでもない。」

へらっと笑うと羽瀬部は嫌そーな顔でこっちを見てすたこらと昇降口に行ってしまった。羽瀬部が優しいからこそ言えないっていうもんがある。



「虹華~勉強教えて泣このままじゃ赤点組一生ぬけれなぁ~い!!」

冴姫が泣きわめいていう。ほんとこういうところが可愛いんだけどなぁ。とほのぼのしていたいところだが私も冴姫同様マジヤバイ。なにせあと三日後、期末テストがあるからだ。そんなことも忘れてのんきに冴姫とくっちゃべっていた過去の私を恨みたい。そして仲良く冴姫も忘れていたっぽい。景がテスト範囲を聞いてきてくれたおかげで気づけたもんだから景には感謝しておこう。…いやもっとはやくに聞いてきてくれよ景!!

「虹華~この数学の問題一緒に解いてさ、一緒に答え合わせしよ!!」

数学…この教科は互いに一番得意な教科。しかも、私がだーいすきな連立方程式。ふっ、この問題は私に勝負ありだな。

「解けた?」

「解けたさぁー」

「じゃあ答え一緒に言お!」

「「せーの!!ボール250円でバット1009円!!」」

冴姫と見事に答えが被った。もしや冴姫も数学の連立方程式の分野が得意なのか⁉

「えーっと答えは…ボール259円バット1000円。ありゃま一緒にミスしちゃったな(笑)」

「ええー⁉嘘でしょ…自信あったのになぁ…」

まさか同じミスで引き分けとは…やはり冴姫とは気が合う仲だ。いやぁそれにしてもすごいなこの結果。全く一緒だって。ほんと冴姫と一緒にする勉強は楽しい。わははと互いに笑いあう。


「…おばちゃん二階すごい騒がしいけど、虹華大丈夫そう?」

「えぇ、まあ大丈夫だと思うんねぇ。けーが最近もっとひどくなっとるように見えるわい。」

「あっ?やっぱり、そうだよねぇーおばちゃん。そんな気がしてた。あーと…政子さん大丈夫そう?父から少し話は聞くけど。」

「ああ、あの子なら落ち着いてるよ。最近はね。面会の時、よく話すようにはなった。笑いはしないけど。でも…一生あそこから出られないと考えた方がいいとお医者様に言われとるからのぅ…景くん、もうあの子と会えないと思った方がいい。なにせ、家族の人だけ面会が許されているもんだから…ごめんね。あの子のこと気にかけてくれてありがとう。」

「ううん、ただ気になってただけだから、…もうそろそろ時間だから最後に清志さんにお香たかせてよ。」

「いいじゃけぇが…そんな悪党にたかんくていいわい。私も離婚しとけば良かったと後悔しとるんよ。あの正体にもっと早く気づいていれば…虹華を苦しませることもなかった、のに、のう…」

虹華の大きな笑い声とおばちゃんのすすり泣く声が混ざり合う。ここの空気だけ変わった。おばちゃんを泣かせてしまった。余計なことを言ってしまっただろうか。

「おばちゃん…ごめん清志さんの話し出しちゃって。でも、一応お世話になった人だから。」

「ううん、景くんはわるくないさ、」

清志さんは虹華の祖父にあたる人でとても温厚な人だった。初めて会った日、あの温かさは今でも覚えている。しかし、家庭での姿は違ったらしく、とにかく厳しい人だった。…娘さんの政子さんはとにかく厳しく育てられた。一方、孫の虹華には性的なことを求めてしまっていた。虹華がとても幼い頃に起こったことだがこの非道におばちゃんも政子さんも被害に合い始めてから随分あとに気づく。虹華はまだこのトラウマを抱えている。清志さんに一生の傷を負わされたのだ。虹華自身、大好きだった人にそんなことをされたのはかなりのショックだったのだろう。おばちゃんが言うに、時折「おじいちゃんが来た」と虹華から震えた声で言われるという。清志さんが亡くなってから5年は経とうとしているが、虹華の心の穴は空いたままだ。虹華は可哀想な子、だと親戚の人は皆言う。「可哀想」の一言で片付けていいものだろうか。おばちゃん以外誰も虹華の心のケアをしようとしない。大人は、自己中なんだ。誰も気づかないなんて。今日も虹華の健気な大きな笑い声が2階から鳴り響く。羽瀬部はあの二階にいるのだろうか?



「うぅー寒い、おばあちゃーん!!手袋とマフラーどこにある?」

あっという間に冬。気づけば冬。雪が羽の毛のようになってフワリフワリと落ちる。もう12月なのだ。あと少しで学校も冬休みに入ろうとしている。。冬休みは何をしようかな?と考えると気持ちが弾む。もちろん勉強もしないといけないが、やはり何処かに冴姫と一緒に行きたいな。今日冴姫に提案してみよう。

「虹華!!おはよー今日も寒いよね、でもあと三日で冬休みだよね!!がんばろー!!」

今日も冴姫は元気いっぱいだ。この元気に私もつられて元気になってくる。冴姫の元気パワーはすごい。こんなに気持ちが晴れ晴れしてくるなんて!!

「…ねぇ冴姫、冬休みさ、一緒にッツ!!」

「ああー!!虹華じゃんおはーよう。今日も寒いよねぇ〜ってそれにしても短いスカート。あらヤダ変なおじさんに狙われちゃうわよw」

「話しかけてくんな、キモ景。」

(丁度いいタイミングで話しかけてきやがって)

キッと睨めつけてやる。それでも景は何とも思っていないのか意気揚々と話しかけてくる。ああもーうるさい!!

「あっちょっと虹華、置いていかんでよ!!おい、虹華ったらー!!」

無視無視。あんなん無視。冴姫が可哀そう。

「虹華大丈夫?あの男何?まだ付きまとってんの?一回半○しにしてこようか?あー寄生虫きも。虹華に付きまとうなっつうの。うざ」

「冴姫、大丈夫だよ。あんなん無視しとけばいいから。未読スルーが一番効果的っていうでしょ?」

「…ならいいけど」

冴姫はそっぽを向いてしまった。あーあ、せっかく冴姫を誘おうと思ったのに景のせいでこの空気だよ。冴姫がいる前で話しかけてくんなよ。今度景が一人でいるタイミングで釘刺しておかないと。冴姫は…まだイラついてるっぽいな。今日は話しかけない方がいいのかな。


結局あの張り付いた空気のまま学校に着いてしまった。やはり話しかけられそうな空気では無い。今日は諦めなきゃかな。一緒にお話しするの。それに冴姫に謝らないとだよね。景にちゃんと言わなかった私が悪いよね。HRが始まるまであと少し…暇だしやることないしうつ伏せにでもなってるか。そんなタイミングで担任が教室に入ってきてHRが始まった。

「えー皆さん今日も31人、全員出席、そして元気で先生も嬉しいです。今日も楽しく授業を受けましょう。では一時間目は英語です。姿勢正して。これで朝のHRを終わります。」

くそ短いHRを終え、一斉に動き出す。この挨拶もうテンプレート化してきてるよなーていうか毎日同じこと言われても?って感じなんですけども。まぁ、こんなこと先生に言えるわけないけどね。今日は一人でいないとだし、またうつ伏せにでも…ん?、珍しい景が一人でいる。そういえば最近ハッピーセットの羽瀬部さんを見ていないような…まあどうでもいい案件か。いや、でもなんか気になる。冴姫…はうつ伏せで寝てるっぽいし、今のうちに景に聞いてくるか。

「け、景ー、最近羽瀬部さん、み、見てないけどなんかあった?」

自分から話しかけるのに緊張してうまく喋れない。高校に入ってから初めて男子の席に行った。景がボッチで良かった。

「…え?あぁ…羽瀬部?あいつ確か今日風邪で休み。あ、でも一応元気じゃない?ぴんぴんしてると思うよ。」

いや、風邪引いてるのにぴんぴんしてるってなんだよ。矛盾してるじゃん。こいつほんとに頭いいのか?

「あぁ、そういうことね。りょ」

「虹華ー?なになに羽瀬部のことそんなに気になる?あらやだ、恋心抱いてんの?いいわねぇー青春って感じで」

「ちがうよ。バカか、余計なこと言うな景。そういうのが一番めんどくさい。」

「ごめんって笑」

すぐ恋愛に結ぼうとする中学生か。こういう景に呆れる。


「Helloエブリワン!!ではEnglishの授業を始めます。じゃあまずは、この例文を誰かとペアになって読もう!!」

うわ、ペア系でた…冴姫寝てるしどうしよう。このままだと先生とペア組むことになる…それだけは絶対に嫌。

「…虹華一緒にやろ」

聞き慣れた声、弱々しい声。振り向くと元気なさげな冴姫が立っていた。やっぱり、冴姫は優しい。すぐに許してくれる。

「…あら?また古都松さんペアいないの?私とやる?」

「あ、大丈夫です。ペアいるんで。」

「え?ああ、そうね、わかったわ。」

冴姫には私のことはなんでもお見通しなのだろう。きっと今もペアがいない事に気づいてくれたに違いない。きっとイラつきも収まってたんだ。だから、私のことを許してくれて、それで話しかけてきてくれたんだ。私のこと心配してくれてたんだ。うつ伏せだったのも考えこんでいたに違いない。きっとそうだ、うん、そうに違いない。とにかく自分が安心するように自分に語り掛け続ける。冴姫は私を見捨てたりしない。

「ねぇ、虹華。そんなに考え込む必要ないよ。別にイラついてなかったよ。ただ、あの景って人怖いなって考えてただけ。虹華は大切な親友だよ。ほんとに大好きだよ。だから、安心してよね。」

幼稚な英語であふれかえる教室の音が一気に静まり返ったように感じた。こんな弱くて脆い、触ったらすぐに崩れてしまいそうな透き通った声で冴姫は私にそう言った。ヒュッと息が肺に戻る音がする。心臓がとても速く動く。鼓動がもっと、もっと速くなるようにと元気に鼓動を打つ。こんなきれいな言葉誰からも貰ったことがない。授業中というのを忘れて、頬が赤に染まる。なんだか恥ずかしい。素直に嬉しく感じる。冴姫はただの友達なんかじゃない。友達は冴姫しかいない。唯一の大切な友達。私はなんて返すべきだろうか。覚束ない口を動かす。

「…その好きってどのくらいの好き?」

なんだかツンデレの発言みたくなってしまった。我ながら少し恥ずかしい。素直にありがとうと言えばよかったと後悔する。冴姫の表情は変わらない。そして、冴姫は太陽のような笑顔で言った。

「虹華と恋人同士になれるくらいかな。」

凛とした清々しい顔で言った。これは冗談なのだろうか。または夢なのだろうか。大好きな友達から、滅茶苦茶愛されてる自分って、すっごく幸せ者じゃん。私も好きって言いたい。



「あっ、羽瀬部じゃーん。やっほー」

いつものテンションで景が近づいてくる。今日で二学期最終日。時が経つのはあっという間だ。一昨日入学したような気がする。ま、そんなわけないんだが。

「何々?なんか落ち込んでる?あ、恋のお悩み?(笑)虹華ねぇーいい子だよ?」

「だからちがうって。いつまでそのネタ引っ張るつもりだ。」

「えーほんとに好きじゃないの?そんな感じのオーラでてるように見えるんだが。」

「違う違う違う。それだけは絶対にない。俺が虹華のこと好きになったらおかしいじゃん?」

「全否定やん…なんだか虹華が可哀そうになってきたわ。」

「いや、なんでよ(笑)」

すぐに恋愛に結びつけようとする景が中学生のガキにしか見えないが、こういうたわいもない話が楽しかったりする。でも、今日は大事な話を景にしないといけない。

「…景相談したいことがある。」

「あ、相談?羽瀬部にしては珍しいな。ープライベート隠す系男子のくせに~。」

「やっぱ相談するのやめようかな。」

「ッいや、してください是非してください酔くんよぉー。」

…人に相談事をするのは少し恥ずかしい。

「景、虹華のことなんだけど」

重い口を動かす



ブブッ

スマホの着信音が鳴る。こんな真夜中に誰からだろうか。スマホをそっと開く。景からメッセージが来ていた。こんな時間に何の用だろう。

《メリークリスマス☆今日はクリスマスだね!!ということで今日の午後1時に虹華の家行くね☆安心して、おばちゃんに許可はとってあるから!!それじゃ、既読スルーでいいよん。あっでも未読スルーはやめてね?困るのこっちだから!!あとやっぱ返信して!!反応は欲しい。あと虹華に拒否権ないよ♡  00:17》

え、なにこのきもい文章。♡とかキショ。お前は私の彼氏かッ。え?今日の午後1時…。ええ⁉今日?午後一時??!!あと12時間後…。もういいや、とりま寝よ!!

(…?既読ついたのに返信来ないなー…。まあいいやとつるか。)


「やー…羽瀬部?久しぶりだな。なーんて昨日会ったばっかりだけどなw」

「景、そのネタなんも面白くないぞ。ていうか、はよ、案内して。行き方覚えてない。」

「わかったよ羽瀬部。あ、丁度バス来たな。これに乗るか。」

ゆらゆら揺れるバスの中、流石田舎だけあって俺ら以外誰も乗車していなかった。要は貸し切り状態。それにしてもバスは早い。こんな便利な乗り物どうやって発明したのだろう、とどうでもいいことを考える。こういうのに気づいて考えるっていうのは案外楽しいものなんだけどな。窓の外を見れば広大な海が広がっているし。綺麗だなーと思うけど実際プラスチックのごみがゆらゆら浮いているのを考えると可哀そうになる。こうやって余計なことを考えるから人生を楽しめないのだろう。

「なあ!!羽瀬部。」

「うおっ⁉何…」

急に話しかけてくる景。びっくりしすぎたせいか手に持っていたハンカチがひらりと落ちる。それを見た景が申し訳なさそうに拾って言った。

「なあ、羽瀬部。高校入学してから人生を共にしてきたけれど、僕いつになったら羽瀬部の名前呼び解禁される?」

びっくりさせといて、その質問かよ…くだらね。

「別に好きに呼べばいいだろ。苗字でも名前でも。俺いつ名前呼びだめとか言ったっけ?」

「そんな感じのこと言われたような気がする。」

「それ、お前の勘違いだろ多分。」

「じゃあ、酔の雰囲気が名前呼びだめオーラがぷんぷんしてたんだろうなw」

皆から「羽瀬部」と呼ばれすぎて少々「酔」と呼ばれるのが恥ずかしい。あまり好きな名前ではないのだが、変に止めると景に気を遣わせてしまうかもしれないし。そういえば今日他に用事なかったっけ。確か誰かと時間を約束していたような?あれ、誰とだっけ、何時に集合だっけ。

「…い…酔‼おーいぃ自分の世界に入りこむのやめてくれよ(笑)お前いつか自分の世界から帰って来れなくなるぞw」

危ない危ない。ここはバスの中だった。考え込んでしまう自分を直したいと常々思う。帰って来ないと、だよなぁ。

「なあ酔。質問ばっかで悪いとは思うんだけどさー今日、ほんとに今日でいいのかい?僕は少々怖いけども。」

景にしては落ち着いてる口調だった。普段とは違うこの静かさ。

「ああ。今日でいい。丁度クリスマスだし、いいプレゼントにでもなるだろ笑」

「あの子にとっちゃ要らんプレゼントだと思うけどねぇ…。まあ酔が決めたんならそれでいいさ。それに酔最近変わったよね、」

「ん?変わった?どこが。」

「なんか、雰囲気が?変わってきてるよ。なんか丸くなった(笑)」

「丸くなったって…そういう風に感じてるってことはあと少しでっ…って景もわかるだろー」

景は返事することなく俺から顔を背けた。そんな景をみて俺も窓の外を見る。景は何を考えているのだろうか、そっと瞼を閉じた。

「酔、着いたよ。」

景の呼びかけで目を覚ました。いつの間にか俺たちの目的地。ここまで何時間くらいかかったのだろうか。まだ頭は起きていないのでふわふわしていた。ふと景をみると目がギンギンになっている。なぜか俺より景のほうが緊張しているようだ。

「もし、やばいと思ったら俺止め行っていい?酔。口は挟まないようにするつもりだけど。」

一呼吸をついて落ち着いたのか景が話しかけてきた。景の一人称が「俺」になっている。本気モードに入ったってことだ。こういう雰囲気での景の凛々しい顔はとてもかっこいい。背景の海とマッチしている。俺でもそう思う。

「…おばさんによろしく頼む。俺やるだけやってくるからさ景」

「OK。了解」

最後の締めくくりまであと少し。


「おばちゃーんお邪魔すっでぇー」

「はいよー。」

聞き慣れた声が聞こえてきた。会うのは二回目なのにおばちゃんの雰囲気はどこか俺を安心させてくれる。気が付くと隣から景が消えていた。景はなにやらおばちゃんに話をしに行ったようだ。奥からひそひそと声が聞こえてくる。ひそひそと話されるのは少々苦手だ。心がムズムズする。

「酔ーおばちゃんに話しておいたで。大丈夫。ほら二階に行こ。」

「おう。」

ギシギシと音を立てる急斜面の階段。落ちたら死にそうだ。手すりをゆっくり伝っていく。階段を上った先には存在感のある木の扉が立ちはだかる。

「…虹華でてきてくれるかなぁー」

扉の前で景がつぶやいた。虹華の部屋であろう場所からは何も聞こえない。

「…ふぅ」

「そんな緊張しなくて大丈夫。一呼吸ついてみ。楽になるで。経験者は語るってな!ほら、はいろ。虹華ー!入るからな!!」

もちろん返事はない。でも、扉の先には虹華がいる。

「ややあ。虹華。久しぶりーメリークリスマス☆」

「何?真夜中に連絡よこしてさ。こっちも忙しいんだけど。友達との予定もあるし。てか、またなんで羽瀬部さんがいるわけ?」

部屋に入ると虹華がちょこんと座っていた。虹華が指さす方に景がいる。景は表情を変えない。何も答えない。

「は?無視するとか二人とも最低なんだけど。」

虹華のイライラが募っているように見える。無視されたら誰だって嫌なものだろう。

「古都松さん。いいや、虹華。今日は俺から話がある。」

俺はやっとのことで口を開く。ここまで来るのに何年もかかってしまった。もうちょっと短時間で終わらせる方法もあっただろうに。虹華はイライラしながらもしっかり目を見てくる。

「お前、いつも誰と会話してる?景から聞いたけど冴姫って誰だ?」

「は?冴姫は冴姫だよ。同じクラスでしょ?二人そろって視野が狭いのね。」

虹華は怒っている。きっと冴姫をけなされたからだろう。そんなつもりはないのに。

「…その冴姫っていう子の苗字は?誕生日は?お前知ってる?」

「マジ意味わかんないんだけど。知ってるに決まってんじゃん。クラス名簿にだって書いてあるでしょ??冴姫の苗字は、」

同時に虹華の言葉が詰まる。きっと思い出せない…いいや知らないのだろう。

「…お前が言う冴姫っていうやつはこのクラスにはいない。現に景は一度も見たことがないって言ってる。」

呼吸を整える。虹華の鼓動の速さが俺の邪魔をする。この心臓はどうにかならないのだろうか。

「さ、冴姫は…はぁふぅ…っ。」

俺の呼吸が上手くできない。虹華は相当焦っているから。

「酔…?大丈夫か?僕が変わりに言おうか?」

景が確信を持たぬような顔で聞いてくる。

「あぁ…ふぅ、大丈夫だ。まだ俺。」

虹華には言わないといけない。絶対に。

「はぁ…ふっふ……」

落ち着いてきた。今しかない。

「虹華!!冴姫は、この女は存在しない。お前が作った人格の一人だよ!!」

言ってやった。言えた!!よっしゃっと喜んでいる束の間

「あぁあ、あああああああああああぁぁぁっ!!」

金切り声が叫びをあげる。景はとっさに耳をふさいだ。俺はふさげない。声がしっかり耳に入ってくる。

「…違う…違う冴姫は、ちゃんといる。ちゃんと話してる。一緒にいつもいるし、どんな姿なのかどんな雰囲気なのかとか、全部、全部わかるもん!!!ありえない…おかしいこと言わないでよ!!!」

高い声で声を汚く荒らげる。こんな声聞きたくないな。

「虹華、お前は多重人格といって、虹華が勝手に作り出した人格が冴姫なんだ。多重人格、虹華も一度は聞いたことがあるだろ?生まれた時の環境とか、周りの環境が整っていなかったから…冴姫という存在が生まれたんだ。えっと、虹華だけじゃない。他にも多くの事例があるよ。」

なんて言うべきなのだろうか。上手く説明出来ない。違う、違う違う違う違う違う違う違う違う違う…冴姫はずっと一緒にいてくれて、これからもずっと一緒にいてくれる友達のはずだ。冴姫が私を裏切ったりしない。絶対ありえない。視界がぼやける。頭がくらくらする。この勢いに飲み込まれそうだ。虹華、お願いだから落ち着いてくれ

「虹華このままだと、お前の人格が冴姫に乗っ取られる。いや、他人格が主人格乗っ取るとか、そういうのないのかもしれないけど…でも急にこんなこと言われて信じられないのかもしれない!!冴姫は支配力が強い人格だ。だから虹華!!冴姫に依存しちまってるんだよ、別に冴姫だけじゃなくてもお前だって努力すれば友達くらいできたはずだ!!正気になれよ虹華!!」

叫んでも必死になっても虹華には届かないかもしれない。でも…今じゃないと。

「虹華、冴姫は支配力がある。お前のお母さんと同じような感じだ。虹華の隠れた性格のひとつだ。昔はお母さんに抑制されてたし、今はおばあちゃんとしかいなかったから、支配しようとする必要はなかった。だから、心の奥で収まってたけど実際抱えきれてなかった。虹華の周りの環境が…虹華を暴走させただけだ。だから…だから…このままだと本当に冴姫に飲み込まれて」

「あーほんとうざい。急に何?どうしてそういう邪魔をするわけ?」

虹華の声色が変わる。低くて威嚇している声。

「出てきたな。酔」

「おう…」

自分の気を奮い立たせる。自分を見失うことがないように。

「別によくない?虹華が幸せなら。別に誰にも迷惑かけてなでしょ?」

「迷惑は十分かかってるよ。」

景が口を開ける。表情がこわばっている。きっと俺の状況を察してくれたに違いない。

「一人の中に二つの人格があるわけだから、虹華とお前が喋っている様子は、周りから見たら虹華が一人で喋っているようにしか見えないんだ。おかげで今のクラスの人たちからは避けられ気味。一部の人からは嫌われてる。クラスのやつらから聞き出した。授業中に一人で喋って煩いってのも。お前が虹華を従わせているせいで虹華が新しく人間関係を築くタイミングを潰したんだ。どういうわけかわかるよな?」

力強い低い声が部屋中に響き渡る。

「それにお前の目的は虹華と話すことではない。主人格にでもなろうとしてるんだろ?そうなるには虹華を取り込まないといけないからな。世界で初めての事例にでもなろうとしたのか?目立ちたがり。そういうところは政子さんとそっくりだな。」

「はっ。そこまでわかってんのかよ。あたしさー察しのいいやつ嫌い。まじうざ。ていうか、母さんは関係ないだろ。あんな人間になりたくないし。はぁーまじ気分害されたわ。慰謝料はーらえw」

「もういい加減にしろって。虹華を開放してやれよ。なあ!!」

俺は羽瀬部酔。景みたいに博識じゃないから虹華を救える言葉を探し出せない。叫ぶことしかできない俺に反吐が出る。こんなクズ出てきても役に立たなかったのだろうか。

「ああああああもう!!うるさい五月蠅い五月蠅い!!ほっといてよ!!冴姫と一緒にいれればいいんだよ。それだけなんだよ。母さんも父さんも私を裏切った。ばあちゃんも厄介者としか思っていないんだよ。私のこと!!冴姫だけが私を救ってくれた。冴姫だけが楽しい日々を教えてくれた。これ以上邪魔しないでよ!!!私と冴姫の幸せな毎日を奪おうとしないでよ!!!!!!!」

虹華の声が部屋中に響き渡る。冴姫を擁護している。もう虹華を救うことはできないのだろうか。もう、そんな考えている時間さえ与えてくれない。体温が上がりすぎて頭が痛い。もうこれ以上俺は出れないのかもしれないい。体が重い。

「…景。もう無理かもしんない。頭が痛いし邪魔される。」

「わかった酔。あとは俺がどうにかするから。大丈夫…」

景の瞼に深い哀愁がこもる。そんな顔をしないでくれよ。俺は羽瀬部酔?

「虹華、もう一度言う。冴姫は存在しない。お前が作った架空の人間だ。それに、お前には悪い影響しか与えない。だから、お願いだ。俺ら解決策を探すから、戻ってこい。」

やっぱり、景みたくうまく言葉で表せない。物悲しげに微笑むことしか俺にはできなかった。

「…ねぇほんと黙ってよ。さっきからうっさい。黙って。静かにして。五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い。」

目に殺気が宿っている。これは冴姫のものか、虹華のものか、虹華がブツブツと唱えながら机の上にあるカッターナイフを持ち出す。あぁ、最後くらい役に立たたないと。

「景!!下がれ!!」

「…?!」

景。なんかこういうの照れ臭いからあんまりいいたくないけど景って本当はいいやつだよな。時々最低だけど。なんか今までの思い出がよみがえってくる。これが走馬灯ってやつ?すげぇ、アニメだけの世界の話じゃないんだ。なんか、女の人にすごい怒鳴られてるなー俺。この人、俺は見たことないけど、多分虹華のお母さんか。

「…すい?酔⁉」

首元に激痛が走る。我慢できそうにないな。虹華の首から血が噴き出る。薄れゆく視界には守ることのできた景が部屋に一人残されていた。



ピッピッピッピッピッピ

規則正しく音が鳴っている。何の音だろう。

「…う、ん?」

蛍光灯の光?がまぶしい。見たことのない天井。けれど消毒の匂いがする。

「古都松虹華さん。おはようございます。体調はどうですか?」

立派な髭を生やしたお医者様が話しかけてきた。あぁ、ここ病院だったんだ。

「…あの、私、何かあったんですか?」

どうして病院にいるのかわからない。

「なんだか長い夢でも見ていたような気がするのですが…」

大切なことも忘れている気がする。

「虹華さん。あなたは少々首にけがをしてしまいましてね。ほら覚えていませんか?首元にカッターナイフがかすってしまったんですよ。学校の美術の時間…だったかな。学校から救急搬送されたんですよ。」

なんだか覚えてる気がする。あれ、でも昨日無性に怒ってたような。

「あ…昨日の私どうかしちゃってたみたいで…どうして首元にカッターがかすったのか覚えていないけれど、とてつもなく怒ってました。」

うまく説明ができない。

「この傷どのくらいで治りますかね?」

首元の包帯をさすりながら聞く。

「全治三週間くらいですよ。だからゆっくり休んでくださいね。」

このお医者様は優しいな。他に誰かこんなに優しい人がいてくれたような気がする。それにしても見たことのある顔のお医者様だな。

「父さん、虹華、いつも通りだった?」

虹華の病室からでてきた父さんに聞く。

「あぁ、変わらずの返答だ。だが、今回は美術の時間にけがしたということにした。少し納得のいかない顔をしたが、すぐ顔色が変わった。引っ掛かる所は…怪我したときに怒っていたという記憶は残っているという事ぐらいだ」

「美術の時間って…無理あるだろ(笑)よく虹華も最終的に納得したもんだ。まだ他にいのあっただろそれでも精神科医かっ。」

「まあまあ…だがあの返答的にまだうっすら記憶に残ってるんじゃないかね?頭の中で毎日くり返し再生されているとしても、それが記憶に残らないはずだからな…」

「なあ、父さん。もう虹華は元に戻らない?」

「古都松さんは、新しく記憶する機能がなぜか働かなくなった。それに、睡眠欲求も人の10倍は多い。三日に一回しか目を覚まさない。その後だってせいぜい長くて30しか起きてられないんだ。社会復帰は難しい。景、お前も現実を見ろ。このままずっと古都松さんを追いかけるつもりか?そばにいてやることは悪いことではない。だが、しっかり働いて、いい嫁さんでも見つけなさい。一応医師免許はとっただろ?だったら、この病院で働かせてやるし…」

「父さん、いいんだ。どうせこの病院で働いたって、父さんのコネで働いてるって周りのやつから言われるだけだし、僕は…嫁なんていらないよ。じゃ、また三日後」

父さんの悲しげな顔はもう見たくなかった。僕だってこうなりたくてなっているわけじゃない。虹華を直したくて、医師免許取って研究して…まあ何も成果を得られぬまま、資金は底をついてしまったけど。早く会いたいな。


虹華の病室の前はいつも道理静かだった。扉を静かに開けるとそこには死んだように眠っている虹華がいた。あの時から、もう数十年たってしまったが虹華は子供っぽい顔のままだ。

「虹華。大丈夫。僕は待ってるからね。」

もちろん返答はない。この声が虹華に届いてることもない。病室の扉を開けて虹華を後にする。

「きゃははは!うううーあい!!」

「こら!!病院の中で走らない!」

子供が病院内を走り回っている。確かこの病院は「児童精神科」?というのも併設されているんだっけか。あんなにはしゃいでる子供も、何か抱えてんだなー。…自分の子供ができたらやっぱり可愛いのかなあの子供のお母さんも怒っている割にはなんだかうれしそうだ。あんなにはしゃいでるのを久しぶりに見たのだろうか。自分の子供…憧れたって一生できるわけがないがな。あの日、虹華は自ら首にカッターナイフを当てた。僕はそんな光景なんて思い出したくない。けれど数十年たった今も、頭にこびりついて離れない。虹華は救急搬送されて一命をとりとめたものの、精神科に入院することになった。彼女の中には虹華以外にあと二つの人格が存在しており、放っておくわけにはいかなかったからだ。もともと虹華に冴姫という人格は中二のころから出始めていた。そうおばちゃんは言った。おばちゃんがすぐ異変に気が付いて、僕の父、すなわち精神科医に相談をくれていたから、高校から僕が虹華を監視することに。ちょうど志望していた高校であったし、僕に問題は生じなかった。しかし、虹華に僕が監視しているという事がばれたら冴姫がどんなことをしでかすかわからないので「いとこ」という名義で近づいた。虹華がその嘘になんの疑いもなく信じてくれたのが幸いだった。数十年たった今はもう「冴姫」はいない。父の治療もあってか、他人格が外に出てこれないところまできた。でも、虹華はあのループから抜け出せていない。今も夢の中で冴姫と一緒にいて、僕と酔に出会うのだろう。そして、また首を切る。虹華は可哀そうな女の子だ。本当は僕が守ってあげる必要があったんだ。



ブブッ

真夜中スマホに着信が入る。

《この度結婚しました!!》

《えっ!?おめでとう!!》

《あとこのグルチャで結婚してないの神語だけやんw》

《そういうのは言っちゃダメだろw》

グルチャの中で馬鹿どもが騒ぐ。僕は結婚なんかしない。虹華が待っているのだから。ふと外を見ると綺麗な満月が浮かんでいた。そろそろかなと思い玄関扉を開ける。少し肌寒い季節だから半袖で外に出たのはバカだったとすぐ後悔した。少し歩くと、虹華がいる病院につく。入口の鍵を使って開ける。真夜中の病院は思ったより静かだった。この時間帯だと、夜間の警備も甘くなる。看護師だって寝たいときは寝たいだろうからね。夜間の巡回の時間までまだ余裕はある。迷いなく虹華の病室へ急いで足を運ぶ。

「虹華…」

病室の扉を開けると虹華はあいからわず死んだように眠っていた。どこか幸せそうな顔をして。その顔に憎悪を抱きながら虹華をそっと抱く。


あの頃と立ち入り禁止の高校の屋上は変わっていなかった。ここだけ時が止まったままだ。このご時世なのにセキュリティーは甘い。こういうところは変わっていてほしかったと思う。柵を虹華とともに越えてる。やっと人が一人立っていられる幅しかない。暗闇に飲み込まれてしまそうだ。でも、恐怖心はなかった。ただ、虹華が先に落ちてしまぬよう、きつく抱いた。そして考える。虹華の一番の友達は冴姫。僕の一番の友達は羽瀬部酔。僕が虹華から冴姫を奪ったから、虹華も僕から酔を奪っていった。憎しみが募る。

「虹華…酔を返してくれよ。」

子供の様にわめく僕。周りには誰もいない。酔はただ冴姫を止めるために、虹華を守りたい一心で出てきたのだろう。でも、そんな中で僕と酔は一番の友達になっていったんだ。酔が虹華に本当のことを伝えると言ったとき、驚きよりも悲しみが大きかった。それはつまり、僕も酔と別れなければならなることくらい想像はついた。あの時必死に止めたけれど、酔は黙ったままだった。酔は一瞬でも僕のことを大切な友達と想ってくれたんだろうか。本人の口から聞きたかった。

「すい…酔。俺は君のこと本当に大切な友達だと想ってる。何十年たってもこの気持ちは変わってない。俺には酔しかいなかったんだ…、俺が変な人風な噂を流したのも、酔の周りに男が寄ってこないようにするためだ。俺と絡んでる奴は変な奴みたいなさ?我ながらに子供だなって思ったけど。なぁ、酔起きてくれよ。もう一度話させてくれよ虹華。なぁ...」

子供のように泣き喚く僕は子供の様に小さくなったように思えた。僕も虹華と一緒。高校生で時が止まったまま大人になってしまった。

「なあ、酔好きだよ。ずっとずっと。」

そう虹華に語り掛けると同時に柵から手を放す。体が宙に浮く。闇に飲み込まれる時、虹華が上から目線見下ろしているのをみた。

「何で…?」

体に強い衝撃がはしる。血がどくどくと流れ出ている。僕の隣には誰もいなかった。


長い髪が風になびく。今日は少し肌寒い。

「景は馬鹿だなあ…」

息のない操り人形に話しかける。もちろん返事はない。

「俺のこと好きだって?それはありがとう。でも、俺別にお前のこと好きじゃないよ。ごめんなぁ笑」

景に向かって微笑む。この微笑みも景は見れない。

「簡単に人って死んじゃうんだね。でも景の影で色々やりやすかったよ。世界初の事例にでもなれたんじゃないかなー俺。嬉しいわ。そこは感謝するよ景。」

冷たくなった手をしっかり握る。

「まんまと引っかかっちゃってさ。虹華と同類だよ?まあそれを隠すのうまかったけどさ結局バレバレ。景も頑張れば俺以外の友達くらい作れたんじゃなーいの?笑」

嘲笑う。

「俺ずっと夢があったんだ。それが景のおかげで叶えられるよ。自由な体手に入れられたし。これで何処にでも行ける。」

景も虹華も冴姫も死んでやっと解放された。ここまで正直長かったなぁ。風が冷たい。

「最後にさ俺が自由になるの手伝ってよ。家の鍵と財布借りてくね。いつか…返すよ笑墓の前にでも置いとくさ。あっそうだ、」

まだ大切なことやっていなかったことを思い出す。景のポケットからいつも俺に景の居場所を教えてくれたキーホルダーを取り出す。年季が入っていてどれだけ押しても光らなかった。

「…こんなガラクタ大切にしてくれるなんてねー惚れてまうわ。」

ちょっと泣きそうになりながらもそのガラクタを踏み潰した。

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