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穏やかな日々の崩壊~1

「まだ自粛(じしゅく)疲れとか言っているんだな」

 先月末で全国一斉に、長きに渡った緊急事態宣言がようやく解除されたからだろう。十月最初の土日における若者達を中心としたインタビューの発言を、夕方のニュースで耳にした仁藤(にとう)龍太郎(りゅうたろう)は呟いた。

 これまでの長い行動制限の反動とワクチン接種が進んだ影響からか、夜間出歩く人達が再び増えているとアナウンサーが告げていた。

 世間がコロナ禍と言われ始めて既に一年半以上経つ。その間に緊急事態宣言が四度出て、その度に飲食店などが時短要請を受け酒類の提供まで停止させられた。よって休業を余儀なくされる店舗もあり、イベントの多くが中止に追い込まれてきた。

 それでも海外の一部で行われたロックダウンのような強制力は、日本だと発動できない。また政府が給付金の支給などを出し渋り、さらにPCR検査などの拡充も不十分だったからか、ワクチン接種と国民一人一人に対する自粛のお願いしか打つ手が無かった。

それがとうとう我慢の限界を迎え人が動き始めた結果、八月末頃にピークを迎えた第五波の感染爆発となったのだ。

 当然予想されていた結果でもある。第四波から感染者が抑えられないまま増え続けているというのに、東京五輪、パラリンピックは開催すると言い出したのだ。それで国民に危機感を持てというのは無理があった。

 その後も五輪・パラリンピックは成功したと言いながら、東京マラソン二〇二一は一〇月開催から翌年三月に延期され、二〇二二の開催を断念したのだから辻褄(つじつま)が合わない。

 さらに第五波は変異株による影響で、関東や関西などの大都市圏を中心に感染者数がこれまでに無いほど急上昇し、自宅療養という名で放置された人々が大勢死亡するほど医療崩壊は進んだ。

 それでも九月半ばからワクチン接種が進んだなどの影響もあってか、急激な感染者の減少を受け今回の宣言解除に至ったのである。

 しかし年末年始に向けて第六波が来て、遅かれ早かれまた宣言が出るだろうと言われていた。二回接種しても出るというブレイクスルー感染者が、日本だけでなく接種が進んでいる他国でも徐々に増えていたからだ。

 そうした情報がもたらされているというのに、これまで封じ込められたストレスを発散したいのか、決して少なくない人々が動き出していた。

「外に出なくたって、やる事は沢山あるのにね」

 話しかけたつもりではなかったが、夕食の支度をしていた香織(かおり)の耳に届いたのだろう。同意する反応が返ってきた。

「そうだよな」

 こうしたやり取りをこの一年余りで何度繰り返しただろう。決して強がりでも何でもない。香織とは、コロナが蔓延(まんえん)する一年前に結婚した。だがそれ以前から週二回の買い物の他には、月一回から三回程度しか外出しない生活をしてきたからだ。

 大勢人が集まるような場所や時間帯を、極力避けて動くことさえ当たり前だった。その為コロナ禍と騒がれ始めても、自分達の生活における行動についてはほとんど影響が無かった。よって自粛などの制限で息苦しく感じるという人達に、二人は全く共感が湧かなかったのである。但し多くの人と同様に、別のストレスを抱える羽目にはなっていた。

 厚生労働省では仕事や学校に行かず、かつ家族以外の人とほとんど交流をせずに六カ月以上続けて自宅に引きこもっている状態を、「引き(こもり)り」と定義している。

 また広義の引き籠りの例として、普段は家に居るけれど自分の趣味に関する用事の時だけは外出するケースが挙げられていた。それらの解釈からすると、世間から見れば龍太郎達は「引き籠り」の部類に入るだろう。

 ただこの定義に当て嵌まっても、自宅で仕事をしている人や介護、家事、育児をしていれば除外されるらしい。そうなると実態が龍太郎とそう変わらないのに、香織は「引き籠り」ではなくなる。いや厳密に言えば龍太郎も外れるのだ。それもまたおかしな話だろう。

 とはいっても他人がどう受け取るかなど重要ではない。それより自分達が現在の生活をどう捉えているかが大切だ。そう考えればこのコロナ禍における環境は、まさしく二人がここ数年間で作り上げた習慣と完全にマッチしていた。龍太郎は心の中で、時代が二人に追いついたとさえ思っていた程である。

 制限されて困ったと感じた数少ない例は、公共施設である図書館が閉館し始めた昨年三月の時だろう。愛知県では緊急事態宣言が出る前だった。買い物ついでに週一回は寄り、ネットで事前予約または在庫の本を借りて読み、それを返却期限までに返す。そうした行動がここ数年のルーティーンになっていたから余計だった。

 しかし世界的なパンデミックと宣言されたその後は、新型コロナというウイルスがどういうものか徐々に分かってきたからだろう。幸い第二波以降は閉じられずに済んだ。

 以前と変わった点と言えば、館内に入る際は必ずマスクをつけアルコール消毒をし、受付との間に透明なビニールシートが貼られ、間隔を空けて並ぶようになった位だ。

 よって特に不便な思いをしなくて良かったと胸を撫で下ろしただけでなく、妙に距離感が近い他人から接近されるケースが少なくなったと喜んでいた。

 他には当初起こった買い物の買い占めだ。トイレットペーパーなどが品薄になり、買いたいと思っても棚から消えているケースは何度かあった。しかしこれも少し経てば収まり、どうしようもないと追いつめられるまでは至らなかった。

 マスクに関してもそうだ。二〇一八年にインフルエンザが大流行した際、龍太郎達は念の為にと不織布(ふしょくふ)マスクを箱買いしていたのが幸いした。おかげで世間ではマスク不足だと騒いでいたけれど、家にはまだ使いきれない程の在庫が残っていたのである。   

 しかも以前から一回で破棄する使い方をしていなかった為、余り減らなかったからだろう。もちろん衛生上を考えれば、使い捨てが一番いいとは理解している。それでも週二、三回程度で、せいぜい午前中の二時間余りしか外出しないのだ。

 よって二、三週間は同じマスクを使い回し、汚れが目立ち始めれば取り換えていた。それでもワクチン接種なしで、新型コロナはもちろんインフルエンザにも罹らなかった。

 それに研究が進んだ結果、新型コロナの残存期間はプラスチックやステンレスなどでは七十二時間と長いけれど、その他であればもっと短く接触感染する確率はかなり低いと分かってきた。

 また一定時間紫外線に当てていれば、かなりの確率で死滅するとも言われていた。だからマスクを天日で干し二日から三日空けて使用していれば、感染する可能性が低いという龍太郎達の考えは、あながち間違っていなかったと思われる。

 とはいっても結果論だと言われればそれまでだ。しかし自分は感染しないと(あなど)り、不要不急の用件で街へ出かけ、他人と飲食を共にするような輩とは一緒にして欲しくなかった。

 マスクを短時間の使用で捨てる行為自体に感じるストレスを、単に回避してきただけだ。外出により不満を解消する人達とはベクトルが異なっていたに過ぎない。

 他人と距離を置き会話をせず一か所に長く(とど)まらないよう注意し、帰宅した際の手洗いやうがいをきちんとしていれば、そう簡単には罹患(りかん)などしない。それはここ数年における自らの体験で立証済みだった。

 コロナ禍による行動変化といえば、強いてあげればアルコール消毒液を購入し、月一回程度していた外食を辞めたくらいだろう。

 龍太郎達は働いていない為、家の中で過ごす時間が多かった。またどちらかが稼いで養っている訳でもない為、家事は二人で分担している。

 食事は朝昼晩の三食を交互に作っていた。今晩の食事は香織が用意しているので、明日の朝と晩は龍太郎の番だ。よって基本的に月曜日と木曜日の買い物は二人で外出し、何を作ろうか食べようかと事前に相談した上でリストを作成していた。

 月一回の外食は、そうした生活の息抜きとして設けていたものである。といっても全てランチで、夜に外出したケースはここ数年全くない。

 外を含め家の中でも、お酒を飲みたいとさえ全く思わなかったからだ。せいぜいクリスマスの夜に小さなシャンパンを買って乾杯した程度だろう。互いの誕生日ですら夜の外食はしなかった。

 働いていた頃は二人共飲んでいた。けれどそれはある意味付き合いの延長であり、別に好きだったからではない。よって無職の今、酒にお金をかける必然性を感じなかったのも当然だ。

 家事の分担は他にもある。洗濯は香織で掃除は龍太郎の担当だ。家の中のゴミのとりまとめやお風呂を沸かすのは香織が、朝のゴミ出しと新聞や郵便物を取りに行く役目は龍太郎だった。その他は二人で話し合うか、気付いた方や手の空いている人がやるとの取り決めをしていた。

「出来たよ」

 香織に呼ばれソファから立ち上がった龍太郎は、彼女と一緒に出来上がった食事の皿をキッチンカウンターに一旦置き、ダイニングテーブルに並べていく。

 リビングはダイニングと繋がっていて、十八畳程の広さがある。四十三インチの液晶テレビを点け、ニュースを観ながら食事をするのがいつも通りのスタイルだ。

「いただきます」

 二人で軽く手を合わせ、箸を伸ばす。今日は三日前に買ったシュウマイと、ジャガ芋と玉ねぎを()でたものを醬油と鰹節で和えた小皿に白いご飯だ。

 朝はパン、昼は麺、夜はご飯と基本的に決まっている。おかずも一皿から二皿ですませていた。同い年の二人はもう今年で四十五歳だ。その為食が細くなったからか、それで十分だった。

 脂っこい肉も苦手になり、味も薄目であっさりしたものをお互い心掛けるようになった。昔からの習慣が抜けない早食いの龍太郎は三分程度で食べ終え、毎日夕食後に一回だけ飲む薬を口にし、テレビに目を移す。

 香織はまだ食べていたが、一緒に居るとつられるのだろう。当初に比べれば、彼女も食事の速度は徐々に早くなっていた。

 政治やコロナ関連など見ていると腹立たしいニュースばかりだったので、二人は夜見るテレビの話題をした。

「夏季のドラマは余り惹かれなかったおかげで、溜まっていた映画がようやく消化できたけど、秋と冬のドラマは観たい番組が多くて大変だな」

「オリンピックの影響もあったのかな。先月から日本代表のサッカーW杯最終予選も始まったし、バラエティの特番も十月とか一月の番組編成期前後にあるから、年末年始に向けてまた溜まるかもしれないね」

「そうかもな。しかし競技によってはそれなりに盛り上がったけど、あの状況で開催して感染拡大したから素直に喜べなかったよ。もちろんアスリートに罪はないと思うけど、開催前のゴタゴタやその後の組織委員会の対応は酷かったからね。しかもほとんど無観客でやったから、かなり赤字が(ふく)らむとか言っているし。選手村で十三万食廃棄したとかお金の使い道も滅茶苦茶だったから、政権交代して検証しない限りはまた闇の中だよ」

 夕食を食べ終えお風呂を済ませてから寝るまでの間の約三時間余りは、テレビ鑑賞の時間に充てている。前日までに観たいドラマかお笑い番組または映画等を決め、録画したものを再生するのだ。

 そうしたリラックスする時間の確保も、二人にとっては大事な生活習慣になっていた。

「本当に酷かったよね。あれで観客を入れていたら熱中症になる人も多く出て、病院はもっと大変だったかも。この地域での開催はなかったからいいけど、人は間違いなく動くからね。この辺りの人が大勢東京へ押しかけて戻ってきていたら、緊急事態宣言も九月末で解除なんかできなかったんじゃないかな。ワクチン接種が進んではいるけど、二回接種済みの人達の間でも場所によってはクラスターまで発生しているし」

 自分で振っておきながら、愚痴が続いて気分の悪い話題が長引きそうになった為謝った。

「ごめん、ごめん。今日見る番組の話だったね。映画は全部見終わったし、ドラマが本格的に始まるのはもう少し後だから、特番やバラエティを観ていこう。それにしても少なかったとはいえ、夏ドラマは面白かったよ。特に深夜枠が良かった。秋も期待できるかな」

「最近は深夜枠で良い番組が続いているよね。最近はその時間帯でも、結構いい俳優さんが出るようになったからかな。主役だけでなく脇もしっかり固めているじゃない」

「緑里朱音が出ていたドラマなんかはそうだったな」

 香織は激しく首を縦に振った。

「そうそう。主役はもちろん重要だけど、脇が締まらないとストーリーがぼやけちゃうのよね。だけどあれは若手の女優さんやベテランのバランスもすごく良かった。四十代位の中堅俳優さんって、最近どんどんいい人が出てくるじゃない」

「俳優が番宣でバラエティに出るパターンって多いだろ。昔と違ってここ数年は、適当な感じで出演すると叩かれたりするからか、みんな結構頑張ってるよな。そういうところで人柄が分かっちゃうからかもしれないけど」

「そうだと思う。最近は余程の才能やカリスマ性があれば別だけど、芸人やタレントもスタッフ受けしないと使われなくなるっていうし。俳優さんもそういうところがあるのかな」

「事務所のゴリ押しとか多少はあるだろうけど、キャスティングする時に扱いやすい人が好まれる傾向はあると思うよ。芸人やタレントでも、消えていく人って性格に問題あるとか言うだろ。逆に長く残っている人は人当たりがいいって聞くから」

「その点、緑里朱音とかは間違いないよね。バラエティに出ても天然で面白いし、演技だってすごいから。CMが多いのは好感度も高いからでしょ。だからよく出ているじゃない」

 彼女は十年位前に出演したバラエティで有名になったけれど、子役出身の為に芸能生活三十数年のベテランだ。下積みは長かったらしいが、今や完全に個性派または演技派俳優としての地位を固めている。今でも勢いはあり、どのチャンネルでも良く見る俳優の一人だった。

「私達と同い年って知ってた? 十歳の時に子役でデビューしてから、十七歳の時に出た作品でブレイクしたのよね」

「知ってるよ。俺が東京へ出た頃にはもう有名人で、同年代なのにすごいと(うらや)ましく思った記憶があるから」

「それに三十代前半までは、基本的にすごく細かったでしょ。それなのに太った役もこなすし、また直ぐ痩せたりして演技にはストイックで有名だったもんね」

「だけど太って戻らなくなったと番宣で自虐を飛ばし、周囲からも弄られたんだよな」

「あれはたまたまメインの一人が欠席して、急遽代役で呼ばれたらしいよ。それまでは主要メンバーから外れていたみたいで、そうした番組に縁が無かったんだって」

「そうなんだ。でもそこで面白いと受けて大ブレイクしたんだから、分からないもんだよ。他にも受け答えが微妙にずれている天然のキャラが、世間には評価されたんだろう。あれからしばらく、バラエティや情報番組でよく見るようになったよな」

「名前が浸透して全国区になったおかげで、俳優の仕事も増えて一気に売れたのよ」

「確かにドラマや映画にも引っ張りだこになったよな。主役を張れるタイプじゃないから脇役ばかりだけど、光っているよね」

「だけどここ最近は忙しすぎたからか、半年働いて半年休むようにしているんだって。酷い時は月に一日休めればいいほどだったらしいよ。でも四十代に入って流石(さすが)に働き過ぎだろうと事務所の社長が心配したみたい。それに余りテレビの露出が多すぎれば、飽きられるのも早くなると心配したんじゃないかな。だからブームがやや落ち着いたところで、休みを増やしたんだって」

「へぇ。それは羨ましいな。でも有名なCMにいくつも出ているからか、あんまり休んでいるイメージはないけどね。でもよく知っているな。そんなにファンだったっけ」

 龍太郎が尋ねると、香織は意味ありげに笑って言った。

「実はね。下の階の二〇一に溝口さんって七十代のおばさんがいるの、覚えているかな」

「ああ、そういえばいたかもしれないな。溝口さんがどうした」

 二人が住んでいる南ヶ丘(みなみがおか)マンションは、地上四階建てで二階から四階部分に各階三部屋ずつ、九部屋しかない築三十五年の分譲マンションだ。一階部分は駐車場と、理事会の際にも使用されている外来客用の応接室がある。

 今二人が住んでいるのは四階の三〇三号室だ。ここは三十五年前、龍太郎が十歳の時に両親が購入した。しかし彼らは九年前に同乗していた姉と共に、自動車事故で亡くなった。その為唯一の相続人である龍太郎が、この部屋の所有者となったのである。

 ただ高校を卒業するまでの九年間を過ごした後、会社を退職して四年前に帰って来る間の二十数年はここに住んでいない。よって人数が少ないとはいえ、他の部屋の住民について余りよく覚えていないのだ。

 一方香織は龍太郎と同じような時期にこのマンションの二〇二号室へ引っ越してきて、二十七歳で結婚し家を出るまで十七年間住んできた。さらに八年経って離婚した後は再びここへ戻り、龍太郎と再婚するまで八年間過ごしている。つまり彼女にとって二〇一号室の溝口さんは、長年住む良く知った隣人なのだろう。

 すると彼女は嬉しそうに告げたのだ。

「緑里朱音って、溝口さんの(めい)なんだよ」

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