第9話 歩き猫
島田と音虎は、歩道を歩きながら家に帰っている最中だった。周りは少し人気が少なくて、ガードレールの向こうは車が次々と横切っていた。そして町の照明、赤や黄、青の光がなんとなく心地よくて、ついボーっとしてしまいそうだった。
「今日は楽しかったね」
「それならよかった」
音虎は島田の目を見て言った。
「島田は楽しくなかったの?」
島田は少し考えると、たばこを取り出し火をつけた。そして大きく吸い、大きく吐くといった。
「音虎が楽しめたならそれでいいと思うよ」
音虎はポカンとしたが、すぐに笑顔を作り言った。
「そっか」
島田はそんな音虎を見ると、すぐに話を続けた。
「あれだけ沢山試着したのに、結局同じ服ばっか買ったんだな」
「違うよ、これは白のフリルがついてるし」
「違う違う、買う服の系統のことだよ」
「これが私だからね」
音虎は即答した。さっき買った大量の家具やらなんやらは明後日届くし、アキトのところの患者が心配だ。島田はそう考えると携帯電話を取り出し、アキトに男の搬送を頼んだ。
「さぁ、これからこの前の男がこっちに移動してくるから、看病の続きだ。ここにいるなら最低限の仕事はしてもらうぞ」
「はぁーい」
音虎は露骨に嫌がる顔を見せた。そして二人は家に着くと、ちょうどそのタイミングで黒いバン車が到着した。
そして中からアキトの仲間たちが男を担架で運んできた。そしてその運んでいた数人のうち一人は、複数殴られたようなアザやタンコブができていた。喧嘩でもしたんだろうかと島田は思っていたが、よく見るとその男の耳には既視感のあるピアスが複数個ついていた。
「あ、さっきの」
あまりに男の顔のケガが酷かったもんで気が付かなかったが、さっき俺をからかったチンピラだった。するとチンピラは島田に気が付き、慌てて島田の前に行き、土下座をしてきた。
「島田さん、先ほどのご無礼、誠に申し訳ありませんでした!」
チンピラは顔をケガしているにもかかわらず、顔を強く地面に押し付けて続けた。
「俺は、島田さんがどれだけ組に貢献しているかも知らずに。私は、私がもし重傷を負っても、治療
を受ける権利など全くありません。そのまま見捨ててください!」
チンピラは必死に謝るが、島田はむしろ申し訳なさそうにしていた。
「大丈夫、大丈夫だから、俺は気にしてないから顔を上げて。」
チンピラは島田の言う通り、ゆっくりと顔を上げた。
「そんなことより酷いケガだな、アキトにやられたのか?」
周りにほかの組員がいるからか、とても気まずそうに黙っていた。
「そうか、あいつはいいやつだけど、やり方は荒いもんな。ほら、これもっていきな」
そういうと、島田はポケットから小さな紙袋を渡した。
「傷薬が入ってるから、持っていきな」
「いやっ、でも」
「いいから」
島田は無理やり薬を持たせると、患者を運んできたほかの組員たちに声をかけた。
「みんなお疲れ、助かったよ。それと薬の件は内緒だぞ」
すると組員たちは笑顔で会釈し、車へと帰っていった。すると島田は大きく一息つくと、音虎に言った。
「よし、音虎に仕事だ。毎朝患者の脈拍計測と傷口の消毒、食事、トイレの補助だ。あとは簡単に体を拭いてやれ」
そういうと島田は一度自室に入り、脈拍を測る機材を持ってきて使い方を説明した。
「この穴に指を挟んで、このボタンを押す。上が血中酸素濃度で、下が脈拍だ、いいか?」
「わかった」
「よし、じゃあ今日の分は俺がやるから、明日の朝からよろしくな。わからないことがあったらすぐ
に聞いてくれ」
島田はそういうとすぐに自室に戻ろうとしたが、音虎に話しかけられた。
「さっきの人が組って言ってたけど、やっぱりヤクザの人たちなんだね」
「そうだな、吉川組っていう組織だ。」
すると音虎はすこし不満げな顔をした。それを見た島田は質問した。
「怖いのか?」
音虎は遠慮気味に頷いた。
「そうか、むりもないな。でもまあ看病してみたらわかるぞ、あの組の人たちはカタギには危害を加えないのが方針の一つでもあるからな。」
そういうと島田は一人自室に戻って行ってしまった。廊下に一人残された音虎は、少しの時間ボーっとしながら立っていたが、すぐに自室に戻り、眠りについた。
音虎は下着姿でぐっすりと眠ってた。だがカーテンを閉め忘れたせいか、部屋に眩しいほどの朝日が差し込み、音虎をたたき起こした。音虎はすぐに体を起こしたが、もう一度横になり二度寝に入ろうとした時だった。
島田に毎朝患者の世話をするようにと言われていたのを思い出し、飛び跳ねて着替えだした。とりあえず簡単に音虎らしい服に着替えると、機材を抱えて慌てて外へと飛び出た。そして、男がいる103号室の扉の前に立つと、大きく深呼吸をすると、控えめにノックをして声をかけた。
「すみませーん、入りますよー」
しかし反応がない。何も反応がないのでもう一度声をかけたが、それでも反応がなかった。もしかしたら男の容体が悪化したのかと思った音虎は、すぐにドアを開けて中に入ったが、部屋の中は真っ暗だった。
しかし部屋の中にも微かな光が見え、それがカーテンの隙間から漏れた朝日だと気が付き、電気をつけた。すると、横たわっていた男がベットに見え、唸り声を出しながら動き出した。
「うぅ」
「だ、大丈夫ですか!?」
音虎は慌てて男のそばに行き、体を揺すった。すると、男はびっくりしたように飛び跳ねて起きた。
「うぇっ、え、はいっ、はい。あれ、島田さんの彼女さんや、どうしたんや」
「え、そんなことよりお体に異常はありませんか?」
男は困惑しているようだった。
「どこも悪くはないが…どうして?」
「さっきは唸っていたし、呼んでも返事がなかったから…」
それを聞いた男はガハハハッと大きな声で下品に笑った。音虎にはこの男がなぜ笑っているのか、理解ができていなかった。
「返事も何も、こんな早朝から起きるほど年食っちゃいないよ嬢ちゃん」
音虎は驚き、部屋にあった時計を見ると、まだ時計は4時を指していた。しかし先ほど朝日を浴びていたはずだったので、確認のために窓を開けると、窓の向かいにいた車がライトをつけたままであったからだ。それに気が付くと、音虎は恥ずかしかったのか顔を真っ赤にしていた。
「すみません、出直します」
「いや、嬢ちゃん。もう起きちまったからいいよ、どうせ脈拍測ったりするだけやろ」
「はい」
「やってや」
音虎は少し怯えていた。自分が失敗してしまって、さらにその相手がヤクザだということにだ。
「じゃ、じゃあ、先に脈拍測らせていただきます。」
音虎は恐る恐る男の方へ近づき、脈拍を測るためのパルスオキシメーターという機材を男の指に挟んだ
「なあ嬢ちゃん、あんた」
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疲れたので下水道に帰ります