第7話 人と猫
都会の喧騒がどこからかきこえてきた。今は昼ということもあり、そこまでうるさいとは感じないが、これが夜だったらきっとうるさいだろうな。と、雰囲気のある歓楽街の裏に佇む廃ラブホテルの前に、島田たちはいた。
そのラブホテルは、まったく手入れがされていないせいか、雑草が生え放題だったが、以外にも建物自体は新しく真っ白だった。島田のほかには音虎とアキト、それとアキトの護衛をしている黒服が数人見えた。
「なぁ、もしかして新居ってこれのことか?」
アキトは少し落ち込みながら答える
「やっぱり汚いし嫌だよな、次の候補に行くか」
「いや、そんなのは掃除すれば問題ないが…、思ったよりでかくて申し訳ないというか」
アキトは大笑いをして答える
「確かに!でもまぁ気にすんな、実はこの物件ほぼただなんや」
島田は驚く
「実はな、ここのオーナーが経営破綻しかけてよ、うちの闇金に手を出したんだが…まぁその時の担保だ」
そういうとアキトは、「がははは」と下品な笑い方をしたもんだから、島田は少し引いていた。そんな島田を見ていたアキトは、続けて言った。
「まぁこれで何人でも看病できるな」
「いや、戦争でもするつもりかよ」
そういうと、アキトはまた一人で腹を抱えながら、あの下品な声でしばらく笑った。そしてやっと笑い終えると、さっきのことが無かったかのように凛とした表情を作り、話を再開した。
「よし、シマちゃん。ここで決定でいいのかな?」
「あぁ、頼むよ」
そういうと、部屋を案内するためにアキトたちが先導し歩き始めると、島田はこっそりと音虎に話しかけた。
「変な奴だろ?」
音虎は少し考えたのち、島田に言った。
「私たちもね」
それを聞いた島田は、最初は真顔だったが、すぐに笑顔がこぼれ音虎に言った。
「違いねぇな」
島田は嬉しかった。あんなに気持ち悪い接待みたいな話し方をした人間が、島田にこんな冗談を言えるようになったからだ。軽い冗談くらいなら最初もあったが、音虎からしたら先ほどの冗談は少しリスクのあるものだったはずだ。島田はこの変化に気づき、そのおかげか、音虎に対して少し心を開き始めていた。
「言えばいいのに」
音虎は島田のほうを見て言った。目が合った島田は、バレるはずがないのに自分の思っていたことがバレてしまったと感じ目を逸らした。
「何のことだ」
音虎は口パクで何かを島田に伝えたが、島田は全く読み取れず難しそうな顔をしていると、音虎はにやりと笑い黙ってしまった。
「変な奴だな」
そして建物の中に入ると、中は白い壁に、家具一つさえなかった。するとアキトが二人に声をかけた。
「今から大まかに案内するからよく聞いていてくれ」
そういうとアキトは順に説明してくれた。玄関から入って左が旧受付で、奥には事務所があって、その事務所のさらに奥にはキッチンがある。そして、この建物に家具はほとんどないが、キッチンだけ以前のままだから使えること。
建物は五階建てで、このフロアだけ五部屋しかないが、その他フロアは8部屋ずつあることなどだ。その他にも細かい説明もあったが、その中でも重要なのは、キッチンの奥に従業員用の大きいエレベーターがあることぐらいだった。
「これで説明は終わるが、シマちゃんなんか言いたいこととかあるかい?」
「あぁ、特にはないが…あ、ラブホって聞いてたから怖かったけど、高級感のある普通のホテルって感じでかなり気に入った」
それを聞いたアキトはすごい笑顔を見せ、何かを言おうとした時だった。いかにもチンピラというような服装をした若い男が、息を切らしながら駆け込んできた。その男は、髪の毛は金色で、両耳には複数のピアスをつけていた。
「姉っさん、例の忘れ物届けに来ました!」
「おう」
その男はアキトに紙袋を渡すとすぐに去ろうとしたが、島田に気が付くとすぐに話しかけてきた。
「あれ、アンタがシマちゃんって人?」
島田は静かに頷いた。すると、その男は鼻で笑いながら言った。
「ウワサは聞いてますよ、魔法なんかを信じちゃってる人でしょ?」
そのとたん、島田にはその男の顔が激しく歪んだように見えた。最初は何が起きたかわからなかったが、すぐにアキトがその男を殴ったからだったと気づいた。男は吹っ飛び床に倒れこむと、自分に何が起きたのか理解が追い付いてなかったが、その男の顔は、数秒後絶望に包まれた。
「人の夢笑うやつは、うちにはいらないぞ」
アキトは、鬼の形相で男を睨みつけた。
「第一だな、シマちゃんがどれだけ仲間の命を救っているか知ってるだろ。それを知って発言なのか?」
「それにだな、どんな夢でも一生懸命頑張ってるやつと、人を馬鹿にして何も成してないお前。どっちが立派かお前のその小さい脳でもわかるだろ?」
男はすでに怯えてしまって、何も返事ができていなかった。するとアキトは、島田の方を見ると言った
「シマちゃんごめんな、不味い空気作っちまったな」
「大丈夫、慣れっこだ」
そういうと、アキトが紙袋を渡して言った。
「これ、引っ越し祝いだ。こいつはたっぷりしごいとくから、今回のことは許してくれ」
島田が遠慮気味に頷くと、それを見たアキトは黒服に命令し、男を外に運ばせた。そういえば、音虎は少しアキトに怯えていた気がするな、今日は連れてくるんじゃなかった。と、島田はそんなことを考えていると、さっきまで後ろにいた音虎はアキトの目の前に立ち言った。
「シマちゃんがアキトさんと仲良くする理由がわかりました」
そういうと、最初は音虎を警戒していたアキトが打って変わって、大好きな愛娘にデレデレの父親のような溶けた表情で言った。
「なんだぁ~、アンタ見る目あるんじゃん~」
そういいながら、アキトは音虎の細くて小さい体を、力強く抱きしめた。
「ア、アキトさんっ、潰れちゃいますっ」
少し苦しそうにもがく音虎を見た島田は、安心から笑顔がこぼれた。するとアキトは、「引っ越し祝いの中には、コーヒーに合うお菓子が入ってる」と言い、この家を後にした。アキトが見えなくなると、島田は言った。
「部屋割りなんだけど、俺は上に上がるのはめんどくさいから101号室にする。音虎は希望とかあるかい?」
「シマちゃんが101なら私は102にする!」
すると、少し嫌そうな顔をして言う。
「そういうのはやんなくてい」
「違うよ。これから同居していくなら、部屋が近い方がよりスキンシップできるでしょ?」
島田は、音虎の言うスキンシップは友達として言ったとわかっているが、改めて同居と言われると少し恥ずかしかった。島田は少し頬を赤らめているのに気が付いたのか、話を続けた。
「よさそうな茶菓子ももらったことだし、少し休憩するか」
島田はそういうと、茶菓子の包装紙についたセロハンテープを、丁寧に一枚一枚はがした。そして包装紙から箱を取り出し開けると、中には茶菓子八個と、分厚い封筒が二枚入っていた。
島田は不思議に思いながらも封筒を開けると、中には札束が二本入っていて、驚いた島田はもう片方の封筒を開けると、こちらには二本の札束と、何やら手紙らしきものが入っていた。島田は迷わず手紙を開いた。
読んでくれてありがとうございます!まだまだこの話は始まったばかりです!是非ブクマなどお願いします!