第40話 当然猫は怒り悲しんだ➃
すると、五人ほどの魔法使いが不規則に動きながら高速で音虎の方へ飛んできたのが見えた。音虎はすぐにそれに気が付き、羽を大きく広げると、細く綺麗な足を前に出し歩き始めた。そしてステップを踏むように走り出し、次第に数メートルを一歩で踏んでしまうほどの速さに達した。
そして次々とやってくる魔法使いを、ステップの一部かと思うくらいピンと伸ばした足で軽やかに蹴り飛ばし、雑居ビルや道路、街灯の柱や電柱へと叩きつけた。その様子を眺めていた島田は小さな声でつぶやいた。
「ワルツを踊る町娘のようだ」
五人すべてを片付けた音虎はステップを踏んだまま減速し立ち止まり、右足を軽く上げると言った。
「インテート」
音虎はそう言うと同時に、自分よりも少し前に強く踏み込んだ。すると、まるでタイムラプスの画像のように太陽がありえない速度で昇ってゆき、暗闇に照らされていた渋谷の街が日光に溺れてしまった。そしてさらに、その踏み込んだ足元から前へと凄まじいスピードで芝生くらいの背丈の草が生えて行き、あっという間に大魔女メルク達の方へと行きわたっていった。
地面が覆いつくされると次は雑居ビルなどの建物も巻き込み広がってゆき、木々やツタなどが生え、みるみるうちに成長しあたり一面を緑で覆いつくしてしまった。この間にも太陽は止まる様子もなく昇っていた。
「プラムド」
そう言いながら、今度は左足で草が生えた地面を踏み込むと、音虎の左足付近から色とりどりの花々が次々と開花してゆき、木々はオレンジ色の小さくて甘い香りがする花を無数に咲かせている物や、赤く小さくて、でもどこか奥ゆかしさを感じる花を持つ木などが現れた。すると、音虎はその草花の中へと踏み入れ、前へと歩きだし言った。
「エミュール」
すると花々は枯れ落ち、木々の葉は黄色や橙色へ色を変え、草は枯れ黄色に近い白色へと変化した。だがすぐに草花は完全に枯れ落ち、木々も全て葉を枯らし地面へと落した。
その枯れ落ちた草花は風に巻き上げられ、まるで音虎になついているんじゃないかと思うぐらい、音虎の周りを美しく舞った。そしてついには落ち始めた太陽の放つ夕日に、枯れた草花が照らされ赤く輝き、まるで火の粉が舞を踊っているようだった。
「死ねええ!」
そう叫びながら五人ほどの魔法使いが音虎の方へと浮遊し飛んで行ったのが見えた。音虎はいったん立ち止まり、人差し指を魔法使いの方へ向けひねると、葉を枯らした木々の太い幹が生きた蛇のようになり、幹の先端で魔法使いたちを次々と貫いていった。
「やめて!私が悪かったから‼」
女の魔法使いはそう叫び上へと飛び上がり逃げたが、それを追うように複数の幹が空中で彼女を突き刺した。だがまだ息絶えておらず、暴れて何とか逃げようとしていたが、それを感じ取ったのか、止めを刺すようにさらに奥へと突き刺した。
「ごめんね、私は私の正義を貫くから」
音虎の目にはすでに光が失われていたが、たくましく前だけを睨み、堂々と歩くその姿はまるで別人だった。
「さあ、行くよ」
すると、遠くにいた大魔女メルクが叫んだ。
「マズい!あの女をすぐに殺せ!」
何が起きているのかわからず、ただ混乱している魔法使いたちはポカンと棒立ちしているだけだった。
「全員だ、行け!」
三十人余りの魔法使いたちはハッとし、すぐに音虎の方へと向かった。しかし、大魔女メルクは怒りから眉間にシワを寄せ、隣で臨戦態勢をとるメシアムに言った。
「メシアム、これが何かわかるよな」
「えぇ、子供の時に読んだ絵本にありました」
「つまりだ、もうすでにここはあの女の戦場になってしまった。風や雨、すぐそこに転がっている小石、そして運でさえ、全て彼女の物だ」
メシアムは浮遊したままゆっくりと大魔女メルクの前へ進み、背中を見せたまま顔を下に向け言った。
「お世話になりました、行ってきます」
大魔女メルクから返事が返ってくることはなく、メシアムは顔をあげ音虎の方へと飛んで行った、その時だった。
「…!」
音虎が叫んだ声だった。しかし、不思議と音虎が言った言葉が聞き取れず、思い出そうとしても靄がかかりわからなかった。すると、それを聞いていた島田は小さな声で言った。
「そうか…良い名前だ」
その瞬間、再び渋谷の街は暗闇に照らされた。だが、音虎の足元から黄金に輝く植物の芽が枯れた草花の下から顔を出したかと思うと、凄まじい速度で成長してゆき、先ほどの草花、木々やツタが黄金の輝きを持ち生まれ変わって姿を現した。
その輝きはとても上品で、純金のような奥深く濃厚な色をしていて、風が吹き草花や木々の葉が揺れると、水面の揺れに屈折し、ゆらゆらと揺れるあの光に似たものが雑居ビルの壁面へと投影されていた。音虎は再び振り返り島田の方を見て、自慢げな笑顔で大きく手を振って島田へアピールしていた。
だがその時、音虎の後ろに杖を構えたメシアムがすぐそこまで来ていて、その杖の先には凝縮され小さくなった稲妻の球体が付いていた。
「音虎チャン!」
アキトはとっさに叫んだが、音虎は微笑みながら言った。
「大丈夫」
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