第4話 泣き猫
魔法のような光景を目の当たりにした島田は、それをもう一度見たいと思い必死にライトを振った。するとしばらくは気づく気配はしなかったが、ビルの屋上にいたその人はこちらに気が付いたのか手を振り返した。島田は嬉しかったのかつい顔から笑顔がこぼれ、とっさにライトで文字を書いた。
「キ・レ・イ」
相手は最初は分からなかったのか硬直し続けていたが、それに気が付くと何かを手で包み込んでいる動作をした。そしてゆっくりと手を開くと、そこから黄金色の光がこぼれ、何か動くものが見えた。
そんな光景を島田は口をぽかんと開けてみていると、その人の手から何やらすごいスピードでこちらへ飛んでくる物体が見え、それが屋上の鉄柵にとまった。それは白いハトだった。そのハトは黄金に輝いていて、くちばしには光の粒でできた手紙を銜えながらこちらを見ていた。
島田は少し前に見た魔法らしきものが、確証に変わってしまったという状況に胸の高まりが抑えられずにいた。そしてようやく手紙を受け取り開くと
「ありがとう」
と書かれていた。島田はこの手紙を続けなければその人が帰ってしまうんじゃないかと恐れ、ハトに向かって俺も手紙が書きたいと伝えた。すると、ハトは自分の羽をついばみ、その大きな羽を銜えると島田をまた見つめた。島田はすぐに察して羽を受け取り、手紙を書き始めた。
「君の魔法がもっと見たい」
ハトは手紙を銜えるとその人がいるビルに向かって飛んでいき、思いのほかすぐに帰ってきた。
「明日もこの時間に」
この手紙は光の粒でできているせいか、あまり小さく文字が書けないのだが、今のところ島田はそれほど不満は感じなかった。
島田はその日から毎日、その時間が来るまで一生懸命論文を書き、その時間が来ればその人の魔法を鑑賞して、簡単に手紙を交換し続けた。相変わらずその人の魔法は綺麗で、島田は今から今日の魔法を見るところだったが、今日はいつもとは違い先に手紙をよこした。
「今日はすごいよ、すこし驚く」
その手紙を読み終えると、島田は腕で大きな丸を作りその人の方へ見せた。するとその人は何か祈りを捧げているような動作をした、すると空から雪が降り始めた。しかしよく見ると、それは雪ではなくあの黄金の粒で、次第にその量は視界がなくなるくらい多くなっていった。
おそらくこのあたりの街はそれらに埋もれていただろう、でもその光は全く不快には感じず、肌では感じられないが何か暖かくも感じた。するとその光の粒は勢いよく島田の方へと向かって飛んできて、まるで光の中を泳いでいるようだった。
そんな風に思っていると、その光の粒はあっという間に通り過ぎていったので、島田はすぐに後ろを振り返った。そしてその光はそのまま空高くへと舞い上がり、雲まで届いたあたりで無数の大きな花火となり、激しく咲き乱れた。
するとなぜだか、自然と島田の目のあたりが熱くなり、涙がこぼれ始め、その涙は止まることなくボロボロとあふれ続けた。
「そうか、人はあまりに心打たれる美しさを前にすると、涙が出てしまうんだな」
こんな事は初めてだった。親に怒られ泣いたことや映画を見て泣いたこと、悔しさから涙することぐらいならいくらかあったが、美しさで泣くとは考えたことがなかった。そしてその咲き乱れた花々はこの町の明かりを上回る明るさで照らし、静かに枯れていった。
島田は目の前にいたままのハトに気が付くと、すぐに羽をもらい手紙を書いてその人に送った。
「美しい、貴方にありがとう」
そう送るとすぐに返事が来た
「そうでしょ」
その後島田とその人との間を、いつもより多めにハトが往復すると、最後の手紙を交換した。
「ありがとう、俺寝る」
「僕も寝る」
その日はそれでお開きとなり、島田はマグカップを持ち研究室へと戻っていた。今日はとてもいいものを見せてもらったな、この気持ちがいいままさっさと論文を終わらそう。何とかして終わらせたら彼にお礼を言おう、そしてささやかな気持ちだけど同じマグカップをプレゼントしようかな。そう島田は考えていた。
「さあ、ラストスパートだ」
島田はそう言うと、すでに冷え切った飲みかけのコーヒーを一気に飲み干し、キーボードに手を置いた。
島田は研究室の中の扉の前に立っていた。このホコリが少し舞った部屋に、奥の窓から差し込んだ朝日がそのホコリを照らし、それがダイヤモンドダストを彷彿とさせ、とても綺麗だった。
「よし」
そういうと、島田は扉を開けてその部屋を後にした。島田は論文を教授に持って行き、大学を後にすると、近くの漫画喫茶へ向いシャワーを浴び終えた後に眠りについた。そして気が付けば深夜の二時になっていて、大学の屋上には島田の姿があった。
島田はMP3プレイヤーを取り出しイヤホンを耳に着けると、彼がまた屋上に現れるのを待つことにした。しかし三時になっても彼の姿はなく、たまたまだと思いそのまま待ち続けたが一向に現れなかった。
「今日はもう寝てしまったのかな」
島田はその日から毎日午前二時に大学の屋上へ向かったが、そこに誰かが現れることもなく、ついには二週間がたっていた。なぜ彼は姿を現さないんだ、俺はただ彼に礼がしたいだけなのに、何か気に障ることでもしてしまったのかとそう考えたが、心当たりが全くなかった。
島田はそんなことを考えていると、自分のの心の中に諦めるといる選択肢が、少しずつ顔を出し始めた。
「だめだ」
そういうと島田は急いでその場を後にした。そしておよそ二時間くらい経っただろうか、大学の屋上の扉を、勢いよく開けて入ってきた島田の姿があった。そして島田の両手には、白い大きなビニール袋が見えた。
「俺は諦めないぞ!」
久々に声を荒げたせいか島田は喉がはち切れそうだったが、そんなことは気にせず何か作業を始め五分ほどたったその時だった。
「いけぇ!どこにいても見えるように空高く!」
島田が叫ぶとその足元の方から、オレンジに輝く火の玉が勢いよく空高くへと舞い上がると、大きな火の花が開花した。島田は大量の花火を次々と打ち上げ、すべての導火線に火をつけ終えると、あのビルの方へと走っていき手すりを掴むと叫んだ
「ありがとーーーーー」
今にも喉から血が出るんじゃないかと思うぐらい喉が痛んだが、それでも叫び、黎明の空には沢山の花火が打ちあがっていた。島田は叫び終えると息を切らしながらも大きく息を吸い、もう一度叫んだ
「ありがとーーーーーー‼」
もうすでに島田の声は枯れていて、変なかすれた声しか出なかったが、彼に聞こえただろうか、伝えられただろうか、そう島田は考えて願った。空にはまだ花火の残灯が残っていたが、次第に消え、遠くに顔を出した太陽が見えた。
それから数日後、せっかく論文を出したというのに、俺は大学に強制退学させられてしまった。まあ当たり前だし、後悔もしていない。これからは一人で魔法の研究をし、実現させる。それが今俺のたった一つの目標だ、そしたらいつか、いつかまた出会えるかもしれないからだ。島田はそんなことを考えながら言った。
「また会おう」
そういうと、島田は彼がいたビルの屋上に、マグカップに手紙を添えて、その場を後にした。
読んでくれてありがとうございました!少し投稿までに時間が空いてしまいましたね、ごめんなさい!それでも読んでくださっている方たちに、感謝感謝です!
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