第30話 黒い猫①
銃声が絶えず響いていた。茂木がほふくしながら持つ、このミニミ軽機関銃は布製の弾帯を使用していて、発射速度は分間七百発をも超える。
ただ、銃は万能ではないため、連続した射撃を行い続けると銃身が熱を持ってしまい、動作不良を起こしかねない。もちろん茂木もそんなことは知ってはいるが、いくらヤクザとはいえ死の恐怖もあるのかそのことを考える余裕がなく、銃身のあたりから煙が上がっていた。
島田はそのことに気が付くも、大量の真鍮製空薬莢がコンクリートの地面を叩く金属音。そして、島田を包み込む硝煙が、幼少期に姉が買ってくれた線香花火を思い出させ、その懐かしさから島田は冷静さを保つことができている気がしていた。
そのおかげか、今死んでも死を受け入れられる、と島田は考えた。すると、そんなことを考えていた島田はハッとして、ようやく現実へと戻ってきて言った。
「茂木、連射しすぎだ、壊れるぞ」
しかし、茂木にはその声は届いていないようだった。
「茂木、銃身が裂けるぞ」
すると、その様子を見ていた柴田が大声を出して言った。
「茂木さん!落ち着いてください!」
柴田の声が少し震えていた。おそらく、先輩でさえ冷静さを保つことができないという状況が、柴田の恐怖心をあおってしまっているのだろう、と島田は思った。
「すまん、俺としたことが」
すると、前方から四人の魔法使いがこちらへ猛スピードで向かってくるのが見えた。すると、茂木はすかさずトリガーを引き、弾丸は魔法使いめがけて飛んで行った。
「当たった!」
茂木はそう叫びトリガーから一瞬指を放したが、すぐに引き金を引いた。どうやら彼らに銃弾が全く効いていないようだった。魔法使いたちの体は基本的に人と変わらず脆いが、防御魔法らしき球体を身にまとった彼らは、銃声に怯えることもなくこちらへとどんどん距離を縮めていった。
その現実に恐怖した茂木は、雄たけびを上げることでそれをごまかし、引き金を引き続けた。しかし、だからと言って彼らに銃弾を当てることができるわけもなく、ただただ距離だけが近づいてきた。そして、あと二十メートルと言ったところへ近づいてきたときだった。
島田は急に道路のど真ん中へと滑り込み、調合魔法の瓶を三つ、右手の指に挟み、十メートル先へと投げつけた。すると何かを感づいた魔法使いたちは、再びあの破裂音とともに垂直方向へと急上昇した。しかし、島田の投げた瓶が割れた瞬間、直径が五メートルあるものと十五メートルあるのウニのような球体が突如として現れ、棘が四方八方に突き出た。
そして、先頭にいた魔法使いだけ、その棘に腹を後ろから突き刺され、即死だったのか銛で刺した魚のように垂れ下がっていた。すると、それを見た茂木と柴田は声を出して喜んだ。
「よっしゃあ!ざまあみやがれ!」
「この調子で頑張りましょう!」
「みちょったか島田さん!俺らにも勝機がありますぜ!」
しかし島田は、もともと勝てると思っていなかったのか、それとも慎重だったのか定かではないが、そこまで喜んでいるようには見えなかった。
「そうだな、とりあえず少ないチャンスだ、簡単にバリケードを作ろう」
「さすが島田さん!冷静ですね!」
そして三人は、すぐそばにあったスクーター二台を一〇九の方向へ横に並べ、すぐ後ろに軽自動車を押してきた。しかし、いくら急いでいたとはいえ、バリケードを作っている間に魔法使いが現れることはなく、あまりにも不自然だった。すると、島田は柴田に背中越しで話しを始めた。
「おかしいと思わないか」
「何がです」
「銃声がしないんだ」
それを聞いた柴田は黙り、耳を澄ませた。すると、確かに銃声らしき音は一切聞こえなかったが、それの何がおかしいのかわからず柴田は島田に言った。
「確かに聞こえませんけど、何がおかしいんです?」
「もし敵の背後をとれているのなら、銃声が聞こえてもおかしくはないだろう」
「確かにそうかもしれませんけど、島田さんの調合魔法が」
すると、柴田の声を遮るように、少し離れた場所から連射する銃声が響いた。
「ほら、大丈夫ですよ、うまくやってくれてますって」
しかし、島田の顔は青ざめていた。
「ダメだ、一度集まらないと全滅するかも、いや、もしくはもう」
すると、遠くに一人の魔法使いが姿を見せた。それに気が付いた茂木はすぐにグリップを持つと、今度は焦って撃ち続けることはなく、安定した間隔を保ち射撃を始めた。しかし、魔法使いは防御魔法を貼り続けたまま浮遊し動かず、次にはなんと地面へと降りこちらの方へ歩いてきた。
島田は少しそれが不気味に感じ、その魔法使いを目を凝らし注視していると、その魔法使いは杖を取り出し、その先端で円を描いて見せた。すると、生暖かい風が三人を包み、すぐに通り過ぎていった。その風のせいか魔法使いのフードが揺れ、スカイブルーの髪の毛と、こちらを強く睨む深い青の目が見えた。
「メシアムだ」
この次の瞬間、文化村通り一帯の道路が赤く光り、そして徐々に白く発光し始めた。
「まずい!」
島田はそう叫ぶと、真後ろにいた柴田の襟をつかむと、強く引っ張り建物の隙間へと飛び込んだ。そして島田は茂木の安否を確かめるべくすぐに振り返ると、文化村通り全体は轟音とともに燃え上がる火柱に飲み込まれていた。
その火柱は周りの建物を余裕で超える高さまで登っていて、地獄と現世をつなぐゲートなんじゃないかと島田は考えた。島田と柴田は辛うじて直撃はしていなかったものの、その凄まじい熱で靴底が少し溶け、足首のあたりに軽度の火傷を負っていた。
「茂木…」
島田がそうつぶやくと火柱はすぐに消え、街はパチパチと何かが弾ける音と、煙で包み込まれていた。島田と柴田はゆっくりと起き上がり、様子を見ようと建物の隙間から出ようと、恐る恐る前へ出た。
すると、周りの建物のガラスは溶け落ち、バリケードとしておいていたはずの軽自動車は数メートル後ろに横たわり燃えていていたのが見えた。そしてすぐに茂木のいたあたりに目をやったが、そこには黒く煤のついたスクーターが一台と、同じく煤のついたミニミ軽機関銃しかなかった。
「茂木はどこへ行った、逃げ切ったのか?」
島田はそう言いあたりを見渡したが、そこには所々火が付いた街が広がっているだけだった。すると柴田が何かを発見し、青ざめた顔で恐る恐る島田に言った。
「島田さん…それって」
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