第25話 友と猫
島田の部屋の窓は空いていて、外からはほんのり暖かく、まるで誰かの人肌のような風が窓の白いカーテンを優しく撫でた。そして日差しが強く差し込み、しばらく窓の掃除をしていないせいか、長時間日の光と風に耐え抜いた茶色くなった桜の花びらが、ガラスに媚びれついてた。
しかし、風が吹くたびに花びらのはがれかけた部分がなびき、努力も空しく今にも散ってしまいそうだった。島田はそんな花びらをじっと見つめ、指でその花びらをはがすとそのまま指ですり潰した。
そしてその粉々になった茶色の粉末は、窓の敷居の隙間へと逃げたが、島田はそのまま窓を閉めてしまった。島田はそのまま部屋からでて左へ曲がり、音虎の部屋のドアをノックして言った。
「音虎、今時間はあるか」
すると、少し高い声で音虎は返した。
「えー?ちょっと待ってね…。オーケイ、もう入っていいよ」
島田は音虎の了承を得るとドアを開けて、少しだけ眉間にシワを寄せて音虎のベットの上に座った。音虎も最初は笑顔で島田を受け入れたが、島田のその表情から嫌な予感がしたのか、上がった口角も徐々に下がっていった。そして音虎は自分の椅子に座りその表情のまま言った。
「な、なに、どうしたの」
「まぁ、なんだ、ちょっとした話だよ」
音虎は、こう話を微妙に逸らす島田の反応にただただ怯えていたが、この緊張している状態がとても苦手だったため早く話すよう催促した。
「ねぇ、とりあえず話してよ」
「そうだな、単刀直入に言うと、音虎の呪いを解くヴィーシャっていう調合魔法の作り方が知りたい」
音虎の胸に何かが暴れまわり、中を棘で刺しえぐるような痛みが襲った。音虎もいつかは必要になってしまうかもしれないとは感じていたが、ついこの間の話からこんなにすぐにその話題になるとは思っていなかったからだ。
そして、音虎のこの苦しみは島田が一番りかいしてくれていると思っていたからか、裏切られたような感覚もあった。音虎はそんな思いを力いっぱい押し殺して言った。
「別にいいけど、使わないって約束してくれる?」
島田は左下を向き、数秒考えると手帳を開きペンを握り言った。
「使わないといけない状況以外なら」
「私はっ」
音虎は自分の膝の上に置いてある拳を強く握り、その拳を目を見開いて睨んだ。すると、すぐに背を向け軽く一呼吸して言った。
「この間アキトさんと話したことは覚えてる?」
「あぁ、覚えてるよ」
「そっか、教えなかったらどうするの」
島田は少し考えると言った。
「音虎、ガルセーにこの家がバレていないのは奇跡なんだ。今急に襲ってきて、アキトたちが殺されてもおかしくないしそんな」
「わかった‼」
音虎は島田の声を遮るように言った。そして、机の上にあった大き目の付箋に材料をや調法を殴り書きして、島田へ押し付けるように渡し言った。
「はい、私がどうなってもいいなら作れば」
島田はその付箋を受け取ると、人差し指と親指で強く掴み言った。
「さっそく作るとするよ」
島田はそう言うとさっさと部屋を出て行こうとドアを開いた。音虎はそんな島田に驚き言った。
「待って」
島田は立ち止まったが、音虎は言葉に詰まっているのかすぐに何かを発言しそうには見えず、島田は待たずにそのまま部屋を出て行ってしまった。
真っ暗な空間に、ジッポライターの火打石を削る音と火花が散った。そしてジッポライターに火が付いたのか小さな炎が現れ、その炎がゆらゆらと揺れ移動し始めた。すると、その炎を中心に周りが少しだけ明るくなり、それと同時にジッポライターを手に持つ島田の姿が現れた。
島田がそのジッポライターをアルコールランプへと持っていくと、炎が揺れ島田を照らす光も揺れた。そしてアルコールランプに火が付くと、島田はジッポライターの蓋を閉じ火を消した。
そうして、ジッポライターよりも弱く光るアルコールランプの光だけが、この部屋の光源となった。しかし、島田は電気をつけようともせず、一つのフラスコをその炎に当てた。そのフラスコの中には何も入っていなかった。
「ビーカーを温めたらなんだっけ」
島田はそう言うと、少しだけよれた紙を見て言った。
「十分に温めたら、シロツメクサの葉を一枚と犬の毛を一本入れてあぶる」
島田はビーカーにシロツメクサの葉と犬の毛を一本入れると、続きを読んだ。
「シロツメクサの葉が少し乾燥し始めたら、魔法使いの血を一滴溶かした石灰水を入れる」
シロツメクサがまだ水分を含んでいるのを確認した島田は、席を立ちドアを開けると左に曲がり、音虎の部屋をノックして言った。
「入るぞ」
島田はそう言うとドアを開いた。すると、音虎はベットに腰を掛けながらカッターで腕を切っていた。島田は一度硬直したが、無言で音虎に近づきカッターを取り上げると、机の上に置いてあったカッターの替え刃を手に取り言った。
「血がいる」
そう言い試験管を音虎の腕に押し付け、音虎の腕から流れる血を採取し始めた。音虎は涙目で島田を見つめたが、島田は血の採取が終わっても目を合わせようとはしなかった。
「助かったよ、じゃあ」
島田はそう言うと部屋を出て自室へと戻っていった。島田が自室へ戻り席に座ると、微かだが音虎のすすり泣く声が聞こえたが、島田はため息を一度吐くと机の下にある小さな引き出しから小袋に入った石灰石を取り出した。
そして、石灰石を小袋から取り出しすり鉢に入れ石灰石を砕き、その粉を水が八分目まで入ったビーカーに溶かした。そうして出来上がった石灰水に音虎の血を一滴入れてフラスコに入れると、まだ入れたばかりの石灰水がすぐに沸騰し始めた。
そして次の瞬間、青紫でジッポライターの炎と同じくらいの光量の光が一瞬輝き、沸騰していた石灰水は大人しくなり同時にアルコールランプの炎も消えた。さすがに島田も暗いと感じたのか、立ち上がりドアの右にあるスイッチを押し部屋の電気をつけた。
そこで初めて気が付いたが、さっきまで白く濁っていたフラスコは、今は透き通った赤の液体へと変化していた。島田はその液体を小さな小瓶へと移し替えると、コルクで栓をして残りはゴミ箱へと捨ててしまった。
そして島田はその小瓶をちょうどの大きさの革製のポーチへ入れ、ベルトにつけられるタイプのポーチなのか、腰にかかる白衣をめくりベルトへと差し込んだ。そして島田は窓へと近づいてカーテンを開くと空を見上げ、何かをじっと睨み言った。
「死んでしまえ」
次の日の早朝、音虎はドレッドヘアーが目立つ組員の体調チェックをしていた。
「どうだ、まだ歩けはしないが、太ももの傷はだいぶ良くなってきたんじゃないか?」
「私はシマちゃんじゃないからわからないけど、ぱっと見化膿していないし肌の色もなじんできたからそうかもねー」
「じゃあ明日は三丁目の女将とならヤれるかな」
「何言ってるんですか、あの人今年で八十ですよ」
「そうかそうだよな、たし」
「斎藤さんの経験力じゃ楽しませられないでしょ」
「そっちか!」
二人は大笑いをすると、音虎は笑顔で言った。
「はい、何か異変があったら言ってね、また明日」
「ばいばーい」
組員は音虎を満面の笑みで見送った。音虎は部屋を出てすぐにあるエレベーターに乗り、二階へ行くとまた目の前にある部屋をノックして言った。
「英ちゃーん、朝のチェックだよー」
「おーう、入っていいぞー」
音虎はその合図が聞こえると、部屋のドアを開けた。するとそこには、以前音虎が初めて看病したガタイの良いパンチパーマの男性がベットから起き上がって座っていた。
「ほれ、腹ね」
そう言うとその組員は腹部を見せるために白い半そでの布をまくり上げた。その組員の傷はひどく、ガーゼ越しにもだいぶえぐられているのがよく分かった。
「わー、相変わらずひどい傷だね」
「大したもんじゃないよ、ワシ腹がたるんでるからか以外に痛くはないんや」
「ほんとにー?消毒するからガーゼはがすね」
音虎はコットンに市販品の消毒液を垂らすと、ピンセットでその傷を優しくつついた。
「っー、音虎チャンもっと優しくできないんかねー」
「さっき大したことないってやせ我慢してたじゃん」
「すまんすまん、もっと優しくしとおくれや」
「はいはい」
そうやり取りをしながら消毒を終えると、音虎は傷に新しいガーゼを押さえつけ、医療用テープで固定し始めた。すると、そんな音虎を組員はじっと見つめ、音虎音虎のテーピングが終わると言った。
「音虎チャン、何があったんや」
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あと少しで物語のクライマックスが来ますぜ姉貴…( *´艸`)




