第23話 想い猫
雨が降っていた。その雨粒は大きく、金平糖ほどの大きさのものまであった。その大粒の雨粒は、アスファルトの地面、島田たちの家の窓や、近くに駐車してある車のボンネットを強く打ち付けた。その音は街の賑わいさえ打ち消していたが、島田たちの家は違った。
大量出血から苦しむ声や、ちぎれた自分の腕を見て死を恐れ叫ぶもの。そして彼らを看病し励ます組員たちの声や、組員たちの治療に励む島田やそれを手伝う音虎の声で、雨粒が弾ける音など聞こえてすらいなかった。
そして今は、島田は一人の組員の男性の手術をしていて、部屋にはそれを手伝う音虎と、組員の手を握り険しい表情で見守るアキトの姿があった。島田は絶えずメスを動かしていたが、床に仰向になった組員の腹部から、何かを摘出すると手を止めてしまった。島田はその何かを、膿盆という器に置き言った。
「こいつが腹の中で暴れまわってる」
その膿盆の上には、金属のように鋭利で光沢のあるムカデだった。それを見たアキトは言った。
「でもとれたんだろ、なら佐藤は助かったんだろ?」
しかし、島田は首を横に振り、言った。
「こいつが佐藤の腹の中に何匹もいて、今も食い荒らしてる。おそらくこれ以上の手術は彼を苦しめるだけだ、休ませてやろう」
それを聞いたアキトは、目をゆっくりと瞑り、震えながら歯を食いしばり、鼻で息を大きく吸いそして吐き、言った。
「佐藤、頑張ったな」
島田は床にあふれた大量の血を見ると、どうしようもない怒りが込み上げてきた。そして、佐藤の腹から血が出てこなくなったのを見て言った。
「もう行ったよ」
アキトは佐藤の腹を触り血に触れると、それを手の平に塗り強く握りしめた。すると、そんなアキトを見た音虎は、小さな声でつぶやいた。
「ごめんなさい」
その瞬間、涙を必死にこらえたアキトが音虎を睨みつけ、それでも声を押し殺して言った。
「音虎チャン!私たちはそんなこと言ってほしくない。こいつらや私はシマちゃんにたくさん救われてきたし、音虎チャンも大事な家族だから助けたの。」
アキトは佐藤の顔を拭きながら続けた。
「でもさ、ごめんなんて言われたら佐藤も救われねぇよ。こいつも後悔はしてないだろうから、ありがとうって言ってやってくれよ」
すると、別の組員が部屋のドアを勢い良く開け部屋に入ると言った。
「誠司兄さんが…」
音虎は膝をつき、膝の上で拳を握りしめ床を睨んだ。そして、床を睨めつけながら涙をぼろぼろと流し、震えた声で言った。
「ありがとう…」
アキトは、感情的になりすぎていた自分に気が付き、音虎の気持ちをよく考えずに言いずらいことを言わせてしまったことに罪悪感を感じ、さっきとは違い優しい声で言った。
「音虎チャンは何も悪くない、私らが助けたくて助けたんだから。でも、いつかは、いつかはそのしがらみとケジメをつけなくちゃいけない」
音虎は涙をこぼしながら、アキトを見つめながら首を何度も縦に振り、腕で涙を拭くと言った。
「他の人の手伝いをしてきます」
そう言い部屋を出て言った。そして、そんな音虎を見たアキトは、音虎が出て言った後もドアを眺め島田に言った。
「強い子だね」
島田は泣きそうになるも、必死にこらえ言った。
「アキト、お前もだろ」
アキトは島田の方に背を向けていたため、島田には後ろ姿しか見えなかったが、アキトの肩は震え始め、次第に息も乱れていった。島田はそのまま何も言わずに、他の組員の治療をしに部屋を出て、扉を静かに閉めた。
音虎を取り戻してから三日、島田の家にはようやく日常が取り戻されつつあった。しかし、組員十三人が死亡し、十五人が重傷を負っているため、島田と音虎の家で療養することとなった。音虎は、他の組員たちにもすっかり受け入れられ、組員の間では天使と言われていた。
音虎も、もう組員たちを怖がりもせず、組員全員と仲良くなっていた。しかし、組員らと話をするとき、たまに暗い表情を見せる様子も見られた。島田は少し気になってはいたものの、アキトと音虎を自室へと呼び、今後のことについて話をすることにした。
予定通り午後三時に二人は入室してきて、どちらともいつもの表情が戻りつつあった。そんな二人を見て安心した島田は、話を始めた。
「二人とも来てくれてありがとう。さっそく本題なんだが、ガルセーは近いうちに俺たちを攻撃してくると思う。だからこそ、今後は一緒に行動を共にするべきだと思う。もちろん今無事な組員も含めてだ、空き部屋を利用してもらって、アキトはもちろん住めるだけ住んでもらう」
アキトも音虎も同意した。
「そしてこれは音虎に質問なんだが、音虎は今は魔法は使えないという認識でいいのか?」
「うん」
「ちなみになぜ使えないんだ」
音虎は説明をした。まず数年前に、大学の屋上にいた島田に幻想魔法を披露していた時の話だった。時間も遅かったため途中まではバレなかったものの、大魔女メルクにばれてしまい牢獄に入れられ、魔法が使えなくなる呪いをかけられたことだ。
そして次に、その呪いは基本的に解かれることはできなくて、無理やり魔法を使うと、使おうとした魔力の量に比例するように、激痛と体内の組織が壊れてしまう。なので、魔力の消費量によっては死んでしまうということ。最後に、一つだけ呪いを解く方法があるということだ。それを聞いていた島田は、音虎に質問をした。
「どうすれば音虎の呪いは溶けるんだ」
「まずヴィーシャっていう調合魔法を作るの。それを誰かが飲んで、飲んだ人は呪いがかかった人と触れる。そうすると、呪いの獣と契約を交わしたことになり、契約者が犠牲になり私の呪いは解かれる」
「つまり、契約者は死ぬのか?」
「私が知ってる限り、契約して生きていた人は知らない。でもすぐに死ぬわけじゃなくて、契約者は呪いの獣の力を少しの時間使えるの。」
「じゃあ、音虎が魔法を使うには、誰かが犠牲にならなくちゃいけないんだな」
島田は必要以上に瞬きをして、何かを考えているように見えた。それを見た音虎は必死になって話した。
「だめだよ?変なこと考えてないよね」
「あぁ、すまん。別のことを考えてた」
すると、アキトがようやく口を開いた。
「シマちゃんがやらないのなら、私がやるぞ」
「組員の人たちがいるじゃ」
「逆だよ音虎チャン。死んだ仲間が、死んでよかったと思えるようにだ。このままやられっぱなしになるよりは、その悪魔とかなんやらで戦力になった方がいい」
音虎は、三日前アキトに言われたことを思い出し、黙り込んでしまった。すると、島田はアキトに言った。
「アキト、気持ちはわかるが基本は使わない考えで行こう。音虎に重荷を乗せすぎだ」
「私も組長だ、仲間を余分に死なせるわけにはいかないんだよ」
「それもわかってる、ちゃんと俺にも反撃の考えがある」
島田はそう言うとベットの下から、厚み十センチ、縦二十センチ横五十センチの木箱を三つ取り出した。そしてその木箱を開けると、中からそれぞれ三十個の小瓶が入っていた。そして、それをアキトと音虎に見せながら言った。
「これは調合魔法なんだが、中身は幻想魔法ではなく攻撃魔法のレシピなんだ。あとは魔力になるものが必要なんだが、音虎、血を少し分けてくれるか」
音虎はたくましい表情を見せ、首を小さく縦に振った。




