第22話 そして愛とやらは嘘つきに嘘をやめさせた
音虎は目を開くと、痛みから体中に切り傷ができていることに気が付いた。その傷をよく見ると、魔法陣や何らかの文字を書いているように見えたが、そんなことはどうでもよかった。
音虎はもう少し目を開き周りを見ると、ベージュの煉瓦でできたサッカーコートくらいの広さのドームが広がっていた。
天井からは数個の蝋燭が付いた質素な鉄製のシャンデリアが複数個つり下がっていて、床は、ちょうど音虎が入るくらいの円状になっていて、中央と大きな入り口をつなぐ道以外は全て、それを囲むように水が溜まっていた。
その円状の床も、よく見れば大きく魔法陣が描かれていた。音虎は数年前に同じ場所に訪れていたことを思い出し、これから自分が処刑されるんだと改めて実感していた。そのせいか、音虎の目からは涙がこぼれていて、それに気が付いた音虎は言った。
「別に死ぬのは怖くない、むしろ死にたいのに…なんで」
音虎は自分がなぜ涙を流しているのかを考えた。まず考えたのは、自分の人生があまりにひどく、つまらないものであったから、そう考えた。しかしそんなことを考えると、島田の笑顔や、声、そしていつか見た花火のことなどが頭をよぎった。そして音虎は言った。
「私、不幸なんかじゃなかった」
音虎の目から涙がいくつも流れ、頬を通り、冷たい床へと落ち、弾けた。そして音虎は、島田と別れ際に行ってしまったことを思い出し、涙を流しながら震えた声で言った。
「私が悪いのに、シマちゃんののせいにしちゃった」
音虎は鼻をすすり、一度息をつくと目を瞑り言った。
「まだ、あの時のこと」
すると、入り口から五十代くらいの女性が入ってきた。その女性は肩まで茶色い髪を伸ばしていて、顔は年相応に老けたその辺にいるような普通のおばさんといったところだった。その女性も他の魔法使いと同じく白いケープマントを着ているが、他の魔法使いよりも、金色のダマスク模様が多く施されていた。すると、その女性を見た音虎は横になったままつぶやいた。
「大魔女メルク様…」
すると、大魔女メルクは音虎に近づくと、酒に酔った人が吐いたものを貪り食う犬を見るような目で音虎を見下し言った。
「手間取らせやがって、お前のせいで続いて失踪した者が毎年出るようになってしまったのよ」
音虎は黙っていた。
「まぁいい、これで大魔女として少しは示しがつく」
大魔女メルクは、「おい」と言いフードで顔を隠した側近の魔法使いを呼び寄せ何かを支持すると、青い稲妻の裂け目を作りどこかへ行ってしまった。すると、その側近の魔法使いは音虎の方へやってくると、聞き覚えのある男の声がした。音虎をさらった男だった。
「これから他の者への目せしめもかねて、集会場で公開処刑を行うことになった。まだ内部で不穏な動きも見られるらしいからな」
側近はそう言いながら音虎の首に鉄製の首枷をつけ、その首枷に鎖をつなぎ引っ張った。その時だった。とてつもない轟音とともに、入り口手前の天井が爆発し崩れてきた。側近は、何が起きたのかわからず、入り口付近に立ち込める粉塵に目を凝らして硬直していた。しかしそこから大人数の人影が見えると、指先を入口へ向けて呪文を唱えた。
「アヴェ…」
しかし、そんな側近の呪文を遮るように、粉塵方から銃声が鳴り、それと同時に側近は腹部から血を流し倒れた。すると音虎は何かに気が付き、粉塵の方を向き言った。
「アキトさん!」
そこには、上下二連散弾銃を持ったアキトの姿があった。
「おっほー、魔法使いにも効くんだな。所詮は人間同様も、ろ、い、な」
そしてアキトの奥には島田と組員たちの姿が見えた。そして島田は音虎と目が合うと、走って音虎のもとへ駆けつけた。そしてアキトは組員たちに、瓦礫で簡単なバリケードを廊下に作らせた。音虎は、島田が近くに来て首枷を外そうとすると、砕けた泣き顔で涙を流しながら言った。
「シマちゃんごめん、私、私隠してることがいっぱい」
「知ってる」
「私のせいで、みんなに迷惑をかけて、ごめんなさい、本当に」
「知ってる」
「でも、私は、悪い子だから」
島田は無表情を貫いた。
「シマちゃんにだけは嫌われたくない!」
「知ってる」
すると、入り口の外でバリケードを作っていた組員が叫んだ。
「魔法使いが来たぞ!」
その瞬間、激しく連続した銃声と、凍った泉に石を投げた時のような不思議な音が絶えず響いた。
「シマちゃん逃げて、みんな、みんな死んじゃう」
すると、島田は今までに見せたことが無いほどの鬼の形相で怒り、言った。
「ふざけるな!…俺にこれ以上、俺に嘘をつかせるな!」
島田は手を止めて黙ってしまった。しかし、島田は一息吸うと音虎の服をゆっくりと島田の方へと引っ張り、そのままゆっくりと音虎の体を引き寄せ、強く抱きしめた。そして力強く抱きしめながら手で音虎の体をさすると、今にも消えてしまいそうな震えた声で言った。
「生きて」
すると、音虎も島田の背中へと腕を回し、静かに涙を流し言った。
「死にたいの」
「生きてくれ」
「辛いの」
「そんなもの俺が、俺が…」
やはり島田は言葉に詰まってしまった。しかし、急に吹っ切れたのか、苛立った声で叫んだ。
「もういい!俺は俺のためにだけ生きる、だから、お前もとことんわがままを突き通せ!」
島田はそう言うと首枷を取るのを諦め、首枷につながる長い鎖を自分の首に巻き付けた。そして、音虎の膝と背中の裏にそれぞれ両腕を入れ持ち上げた。
「アキト!このまま持っていく!」
「おう!お前らぁ、肉壁になれ!」
アキトがそう言うと、魔法使いの攻撃が当たらないように、組員たちは立ち上がり左右に壁を作り、銃を撃ち続けた。そして数人が音虎と島田が天井に上がるのを手伝い、二人が天井に上がるとアキトは言った。
「先に行け、すぐに私らも行くから、ほら!」
島田は細かく首を縦に振り、再び音虎を抱えるとゲートをくぐり外へ出ると、走って家へと向かった。
街は人影すらなく、昼間であれば絶えず車が通る太い道路にも車の通る気配はなくて、今が深夜二時は過ぎていることは確かだった。そして、何を照らしているのかもわからない無数の街灯は、島田たちを祝福しているようだった。
それは音虎を取り戻せたことへなのか、島田にはそれ以外の何かにも思えていた。音虎はボロボロと涙を流し島田に抱きかかえられながら、目を見つめて言った。
「シマちゃん」
「なんだ」
「花火見えてたよ」
「…そうか」
「ありがとうって…、聞こえてたよ?」
「そうか」
「私ね、本当に嬉しくて、いつかまた会えるんじゃないかって、生きる糧だったの」
「そうか」
島田は空を見上げると、ゆっくりと深呼吸をして言った。
「俺は、音虎が魔法使いじゃなくても、生きていてくれてよかった」
この時、音虎から島田の顔はよく見えなかったが、音虎の手の甲に一滴の水滴が落ちた。音虎は、この水滴は雨だったことにすることにした。
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