第16話 月と猫
島田と音虎はホテルの六階まで上がり、お互いの部屋の前に到着すると島田は言った。
「これから夕飯を食べに行こうと思うのだが、今日は部屋でゆっくりしたいとかあるか?」
「ない、行こう!」
音虎は即答だった。そして島田と音虎は部屋に荷物を置き身支度をすると、二人はタクシーを呼びパリの街の景色に溶けていった。
島田と音虎は、オルリー空港の近くにある「Lune et chat」という生ハムで有名なレストランに来ていた。店内は、東京の地下にもあるようなバーのような雰囲気で、カウンターの上にはおそらく百個はあるワイングラスが吊り下げてあった。
そして、店全体がスコッチウイスキーの入ったグラス越しに見た月のような間接照明で照らされ、吊り下げられたグラスも負けずとその灯りに反射し、まるで蠟燭のイルミネーションを眺めているような光景が広がっていた。
島田と音虎はカウンター席に座ると、島田は店員に片言のフランス語で自分の名前を言った。すると、黒のタキシードを着た男が料理を持ってきてフランス語で言った。
「こちら、カスピ海のレモンとピレネー山脈の生ハムのサラダです。」
音虎は終始挙動不審だったが、島田は気にせずサラダを食べ始めた。それを見た音虎も、赤面しつつ黙々と食べ始めた。島田は、音虎が変に無言なのに違和感を感じたが、何かしてしまった自覚が全くなかったので気にせず話し出した。
「音虎、不味かったか?」
「い、いや、凄い美味しいよ、うん。」
「そうか、明日はさっそく博物館に行くから、朝の七時半にフロントに集合でいいか」
音虎は控えめに「うん」と言うと、ちょうど次の料理を持ったタキシードの男が来て言った。
「お話のところすみません、こちらメインディッシュのフォアグラとパンでございます。これからワインをお持ちしますが、ご希望などございますか?」
「白のChat calicot 1994をお願いします」
するとタキシードの男は一例をすると、カウンターへ戻っていった。相変わらず音虎は萎縮してしまっていて、さすがに島田も無視できなくなっていた。
「音虎どうした、さっきから元気がないように思えるが」
「元気がないも何も、私絶対場違いだよ。フォアグラなんて…フォアグラなんてテレビで見たことがあるくらいだよ、フォアグラの上にもキャビアなんか乗っちゃってるし」
音虎は小声で早口で言った。島田は、こういうお店にが得意ではないのか、変に高いホテルに泊まらせるのも悪かったかな。そう思い、ホテルに帰ったら予約を取り消すことに決めた。
そして島田と音虎は夕食を終えると、タクシーを拾いホテルへと帰っていった。島田は自室に戻ると、翌日のことが心配で少し考え込んでいた。持っている金で足りるのか、そもそも金で解決するのか、まず提供してくれる意思が少しでもあるのか。
島田は考えだしたらきりがないことは重々理解してるつもりだが、そう思えば思うほど心配になってしまうのは仕方ないことなのかもしれない。第一に、フランスに来る前にも起きうるトラブルを何回も脳内趣味レーションしていたから、あとは待つしかないのだ。そう結論づけて、島田は眠ることにした。
換気扇の音なのかエアコンの音なのかわからないが、小さな機械音が不快に感じ島田を眠りから覚めさせた。ホテルのベットはなぜか高反発マットレスなことが多くて、少し体を動かすだけで体が跳ねる。
島田は子供のころホテルのベットで飛び跳ねてまるでトランポリンのようにして遊んだことを思い出しながらベットから降りた。そして島田はベットに備え付けてあるデジタル時計を見ると、朝の七時と表示してあったのでとりあえず歯磨きだけして着替えることにした。
そして予定より五分早くフロントへ向かうと、少しクッションのついた丸椅子に座る音虎の姿があった。
「音虎おはよう」
「シマちゃんおは…」
音虎は島田の顔を見ると高めの声で大笑いし始めた。
「シマちゃんっ、髪の毛がっ」
島田は後頭部あたりを手で探ると、右後ろ後頭部の髪の毛が大胆に跳ね上がっていることに気が付いた。
「違うんだ、これは…意外と起きるのが遅くなってしまってね」
島田はまだ寝起きだったせいか、不思議とそんなに恥ずかしさというのは感じていなかった。
「とりあえず朝食に行こうか」
「そのままで行くの?」
音虎はそう言うと、また大笑いした。そして島田と音虎は、ホテルにあるレストランで朝食を済ませ、また自室に戻っていった。そしてホテルから出発するために島田と音虎がフロントに戻った時には、すでに島田の寝ぐせは直されていた。
「さあ行こうか」
そういうと島田と音虎は玄関を出てタクシーに乗ると、再びパリの街の景色へと溶けていった。
島田と音虎は、フランス国営歴史博物館の入り口に立っていた。入り口には四メートルはある鉄製の扉が付いていて、生垣には胸くらいの高さの広葉樹系統の木が植えられており、四角く綺麗に整えられたその生垣が敷地すべてを覆っていた。
そして敷地は非常に大きくて、サッカーグラウンドを百個作っても余裕で土地が余るくらいの広さだった。博物館の建物自体は敷地の三分の一程度で、敷地のほとんどが植物園と化していた。日本でもよく目にするような赤いバラから、見たことない不思議な形をした小さな赤い花を沢山咲かせている木など、さまざまな種類の植物がみられた。
島田と音虎は、その植物園のど真ん中を切り裂くように作られた真っすぐな太い道に足を入れると、お互いアイコンタクトをしてそのまま進んだ。やはり広大な敷地なため、博物館に入館できたのは十分くらい歩いてからだった。
中に入ると、入ってすぐ受付があり、フロントはとても狭かった。しかし、それだけ沢山資料があるからだろうと、島田は考えた。そして、島田は音虎にユーロ通貨を渡して言った。
「これから一人で行ってくるから、音虎は館内で適当に時間を潰しておいてくれ」
そう言うと、音虎は上目遣いで島田に訴えた。
「私も行く」
島田は少し声のトーンを下げて言った。
「フランス語が喋れるのか?」
そう言うと、音虎は少し悲しそうな顔をしたが、納得をしたのか受付に行き、島田が渡したお金を支払い、少し猫背になりながら「フランス革命の素晴らしさ」とフランス語で書かれた看板がある入口へと消えて言った。島田はそれを確認すると、島田も受付へ行きフランス語で話した。
「十時からお話を伺うと連絡していた,テッペイ・シマダと言うものです」
すると受付の奥から、黒髪で短髪のアップバンクヘアで凛とセットした、若いフランス人男性が姿を現した。
「話は聞いています、ムシューシマダ」
若いフランス人男性はそう言うと、受付奥にある扉を開け島田を案内した。中は外と違い、コンクリート製の壁が目立つ廊下がずっと奥まで続いていた。
「これから、魔女を担当している者へ案内しますが、彼は結構頑固ですので良い結果をお持ち帰りできないかと思います」
若いフランス人男性はそう言うと、長い廊下の途中で止まり、目の前にあった鉄の扉をノックし大きな声で言った。
「ヴィンセントさん、例の来客ですよ」
それを聞いた島田は少し身構えていたが、若いフランス人男性が声をかけてから五分もたったというのに、返事すら聞こえなかった。島田は、「お前にやるもんはない、帰れ。」そう言われているようで気が気でならなかった。島田は緊張に耐えられなくなったのか、また次回改めよう、そう思った時だった。
鉄の扉は錆びているのかギイギイと大きな音を立て、そしてゆっくりと扉があき、奥から一人の老人が顔を出した。老人は少し肉が付いていて、白髪にこげ茶のベレー帽、そして口元が隠れるくらいの髭を生やしていた。そして、顔からはこれでもかと言わんばかりの頑固そうな何かを感じた。
「誰だこいつは」
島田は大きく鼻で息を吸って、天井を見上げた。
読んでいただいてありがとうございます!これから物語がだんだん盛り上がってきますので、ぜひ今後とも「二人の魔法使いは永遠に」をよろしくお願いいたします!