第15話 美しき猫
「よし、あとはキャリーケースにしまうだけだな」
島田はそう言いながら、雑にたたんだ衣服や小分けしていない下着などを乱雑にしまい始めた。すると、音虎が部屋をノックして入ってきた。
「シマちゃん、食べ終わった食器をと…。え、出かけるの?」
「あぁ、先週言ってた魔女の血が本物か確認してくる。」
音虎は「え」と驚くと、食器を受け取るために持ってきていたトレーを一度机に置き、改めて島田に確認した。
「あのさ、もしかしてだけど、フランスに行ってくるの?」
島田は頷くと、音虎は続けた。
「アキトさんのところの患者さんは?」
「今日退院だよ」
すると音虎はため息をついて言った。
「なに早く言ってよ、私も準備してくる」
そういうと音虎は、部屋を出ていこうとしたが、島田は音虎を止めて言った。
「いや、連れて行かないぞ」
それを聞いた音虎は、最初は黙って唖然としていたが、次第に目に涙を浮かべた。そしておもむろにどこに隠していたのかわからないカッターを取り出し、腕を切りつけ始めた。
「音虎、やめろって!」
「やだ!どうしてシマちゃんはいつもいつも!」
島田は急いで音虎の両手首つかみ、これ以上腕を切れないようにした。
「わかった連れてく、連れてくから大人しくしなさい」
「へへ、やったぁ、うれしい」
島田は安心したのか音虎の手首から手を放し、救急箱を持ってきて腕の治療を始めた。音虎は、そんな島田の手を見て言った。
「シマちゃんの手って綺麗だね」
「アホ、もっと体を大事にしろ」
そして二日後、島田と音虎の姿は離陸前の飛行機の中にあった。島田はバックからアイマスクを取り出していて、音虎は窓側の席に座って窓の外の景色を興味津々に眺めていた。島田はそんな音虎を見ると、音虎に話しかけた。
「音虎は飛行機に乗るのは初めてなのか?」
音虎は窓の景色を眺めたまま頷いた。
「学生の時修学旅行で飛行機には乗らなかったのか?」
「私修学旅行行かなかったから乗れなかったの」
「家族旅行は?」
音虎の表情は、顔が窓の方に向いていたため見えなかったが、言葉に詰まったその状況から何となく想像ができた。
「じゃあ飛行機に乗れてよかったな」
音虎は笑顔で振り返ると、元気よく「うん」と返事をした。この一瞬、島田は音虎の過去について触れてしまったが、さらに過去に何があったのか聞いてみたいところだった。しかし、これからフランスに行くというのに、初めての飛行機なのに聞くべきじゃないと思った。
だが、これから音虎と親しくなっていくうちに、知らなくてはいけないことでもあると改めて感じていた。そして機内アナウンスが流れ、エンジンの起動音が次第に大きくなっていくのが聞き取れた。そして滑走路まで進み、エンジンはさらに唸り始めた。
「シマちゃん、飛ぶよ!」
そして次第にスピードは上がっていき、だいぶ加速したところで飛行機は浮き始めた。そしてだんだんと高度は上昇していき、ついには雲の上までに到達した。その間、音虎は窓の外の景色からくっついて離れようとはしなかった。
「シマちゃん」
「どうした」
「とても綺麗で、美しくて。魔法を使ってるみたいだね」
島田は微笑み言った。
「そうだな」
この間も音虎は窓を見ていたため、島田からは背中姿しか見えなかったが、その背中は本当に愛くるしく見えた。
島田たちが飛行機に乗って12時間がたったころ、飛行機は着陸態勢に入っていた。そして、飛行機はゆっくりと地面にタイヤをつけ、しばらくすると完全に停止した。フランスではすでに午後の4時を超えていて、空港の建物の隙間から夕陽が差し込んでいた。
そして乗客たちが続々と立ち上がり身支度をし始めたのを見て音虎の方を見ると、音虎は疲れていたのか熟睡していた。島田は音虎のことを起こそうとしたが、気持ちよさそうによだれを垂らして寝るその少女が何かしらの作品に見えた。すると島田はあえて席から離れ、少し距離を置きその作品を眺めた。
機内アナウンスや乗客の話声などの雑音がする中で、一人の少女は窓際に寄りかかり気持ちよさそうに寝ていて、窓から差し込む夕日がその少女を照らす。そして島田の前をほかの乗客が横切るのが絶妙に邪魔なのだが、乗客が横切るたびにじらされているかのように感じ、もっと見たいと余計に思わせてくる。
そしてまた乗客が横切ると、その少女は目を微かに開き、また乗客が横切ると次はさっきよりも目を開き島田の事を見つめてきた。
「シマちゃんおはよぉ」
音虎はあくびをしながら窓を見た。
「えっ、もう到着してるじゃん、起こしてくれてもよかったじゃん」
音虎はそういうと、急いでお菓子の空箱を小さなビニール袋に入れて縛ると、リュックサックを座席の上の収納から取り出しその中に雑に押し込んだ。
「すまん、気持ちよさそうに寝てたから起こすタイミングがわからなくて」
音虎は「なにそれ」と鼻で笑うとリュックサックを背負い、島田にアイコンタクトをして出口の方に向かった。それから二人は検問所に引っかかることもなく無事オルリー空港という空港から出ると、さっそくタクシーに乗り込みホテルへと向かった。ホテルに着くと、音虎は口を開けて驚いていた。
「シ、シマちゃん。今夜止まるホテルってまさかここじゃないよね?」
「いや、今夜っていうか、滞在期間の二週間はここに泊まるぞ」
二人の目の前にあったのはそこら辺にあるホテルとは違い、今日新品を出したんじゃないかと思う真っ赤な絨毯に、まるで近衛兵のような服を着た二人のドアマンがいた。そして、外から見てもにじみ出る高級感があり、ドアマンに案内され中に入ると、まるでティーカップのような白色と金色で彩られたデザインの広いエントランスにたどり着いた。
「シマちゃん、私には場違いだよ。こんな低俗な女がいていいところじゃ」
音虎は冷や汗を流しながら挙動不審な動きをしながら島田の服をつかんだが、それに比べ島田は冷静に見える。
「別に金は払えるんだから堂々としろよ」
「シ、シマちゃん。私が来なかったらシマちゃん一人でここに泊まる予定だったの?」
島田は鼻で笑った。
「まさか、俺も場違いだしな」
音虎ははっとしたような顔で島田を見ると何か言おうとしたが、島田はさっさと部屋の鍵をもらいに行ってしまった。島田は戻ってくると、何か言いたげな音虎の表情を読み取れずに、二つのうち一つのカギを渡して言った。
「俺が613号室で、音虎のは614号室な」
音虎はカギを受け取ると、少し小さな声で「アリガトウ」と片言で言った。島田はそんな音虎の異変に気が付き質問した。
「大丈夫か、具合でも悪いのか?」
音虎は嫌悪という言葉のような表情をしていった。
「シマちゃんそれマジなの?」
「ごめん、何か気に障ることでもしたのか?」
「何でもないや」
音虎はそう言うと逃げるようにエレベーターの方へと向かい、何が起きたのかわからない島田もそのあとを追いかけた。
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