第13話 悪魔と猫
島田は一階に戻り、音虎の部屋の前にいた。島田は、最初は自分の靴をじっと睨んでいたが、時々目を閉じたり、眉間にシワを寄せたりしながら何かを考えていたが、急に決心したのか、音虎に、声をかけた。
「ね、音虎。今話せるか?」
しかし応答がない、島田は確認のためもう一度声をかけるが、それでも反応がなかった。島田は恐る恐る部屋にはいると、そこに音虎の姿はなかった。これが音虎以外の人間なら、気分転換に外出したか、本当に怒ってどこかへ行ってしまった。
そんな程度で済むが、音虎のことだから、また自傷行為をして飲んだくれているに違いない。そう考えていると、いてもたってもいられず、島田は急いで自室に自分のバックを取りに行った。そして部屋から出て音虎を探しに行こう、そうした時だった。
手に持っていたバックが、完成したサルメタリアンのフラスコにぶつけてしまい、つくえから落ちて割れてしまった。
「しまった!」
その瞬間、凄まじい高熱と激しい光を放つ火柱が姿を現した。その時島田は、こういう事故が起きてしまう可能性も覚悟はしていたが、さすがに死を感じ恐怖した。しかし、気が付けば部屋は部屋は水浸しになっていた。そのおかげか、そこに先ほどの火柱の姿はなく、その突如現れた水によって鎮火されていた。
島田はその一瞬に起きた出来事に驚き、机の上にある濡れた資料と水を床へと落し、ノートとペンを取り出した。そしてすぐに今起きた現象について記録を取ろう、そうペンを動かした時だった。島田はペンを動かせず硬直し、すぐにペンとノートをベットに投げてしまった。
「俺、変わったな」
そうつぶやくと、すぐに部屋を後にした。島田はとりあえず家の周りの公園、居酒屋など探し回ったものの、音虎を見かけた人すらいなかった。音虎はいつも特徴的な服装だから、見ている人がいないのもおかしい、とそう考えながら走り回っていた。
島田は次の候補として前の家にいるんじゃないかと思い、走って前の家の方面へ向かった。しかし、島田は職業柄デスクワークが多いいせいなのか、すでに走るスピードは落ちていた。そしてやっとのことでたどり着いた島田だったが、前の家なんかにいるはずもなく、島田はついにあきらめて帰ることにした。
「なんで俺は…」
島田は、音虎を探しているうちにどんどん胸が苦しくなってしまい、そんな自分が音虎に対してしてしまったことを思い出すと、自分を殴っていやりたい気持ちになった。
「音虎は今頃…今頃何をしているだろう」
島田は家に帰りながら考えていると、最後に一つだけ思い当たる場所が出てきた。それがわかると島田はすぐに体の向きを変え、再び走り向かった。
島田は、音虎と初めて会ったあの高架下の前へと来ていた。
「遠くからでもわかるな」
島田はそういうと、ごみ袋でできたクイーンサイズのベットに向かった。そして心なしか、以前よりごみが増えているようだった。島田は音虎の方に近づくと、他のごみ袋のせいか、ごみ袋みたいな服を着ていたからか気づかなかったが、酒臭く小汚い高齢の男が音虎の服を脱がそうとしていた。
島田は慌てずに男に近づき、男も島田に気が付くと睨みつけてきたが、まったく気にせず近づく島田に怖気づき逃げてしまった。音虎は予想通り腕は血まみれで、酒の缶を片手に昏睡していた。島田は持ってきたバックから包帯と消毒液を取り出し、音虎が傷つけた方の腕を持ち上げると、手の中からまだ中身のある錠剤が出てきた。
その錠剤は、ハルシオンと呼ばれる睡眠薬だった。それに気が付いた島田は、ため息をつきながら音虎の治療を続けた。そしてある程度治療を終えると、島田は音虎の半分脱がされた服を見ると、服の隙間から音虎の胸が少し見えた。
いつもの島田なら変に緊張してしまうが、ただただ罪悪感が襲い、とっととボタンを閉めてしまった。そして朦朧とする音虎に、島田は何かを言ったが、音虎は聞こえなかったことにした。
音虎は子供が嫌いだった。自分は不幸なのに、楽しそうに騒ぐ子供たちは自分と反対の人間に見えてしまい不快だったからだ。しかし音虎は、子供が登校する騒がしい声に起こされたが、そんなに不快ではなかった。
音虎は自分の部屋のベットにいて、ベットには黒いセーターとエプロンをつけた島田が寄りかかったままうつ伏せで寝ており、机には冷めたみそ汁とおかゆ、それとたくあんがあった。そして指にたくさんの絆創膏を貼った島田と音虎を、暖かい朝日が包み込んだ。
おそらく不快に感じなかったのはその光景のおかげで、たまにはこんな朝も悪くないなと思えた。音虎は島田の指の傷に気が付き、島田が用意したたくあんを口に入れ言った。
「たくあん切るのに指切ったの」
音虎は少し微笑みながら、島田の頭を軽くなでた。
島田は目を覚ますと、自分が音虎に用意した食事がなくなっていることに気が付いた。
「あれ、いつの間にかに起きたのか」
しかし、そこに音虎の姿は無かったから、まだ怒っていてどこかに行ってしまったかと思い、部屋を出ようとした。するとちょうど部屋に戻ってきた音虎に鉢合わした。音虎の手を見ると、パルスオキシメーターや体温計などが入ったケースを持っていた。
「朝の仕事は終わったよ」
「あぁ、」
「あぁって何よ、何の用?」
音虎は鋭い目つきで島田を睨みつけていた。そんな音虎を見て島田は慌てて話し出した。
「その、急だったからびっくりして、まぁ、恥ずかしかったんだ。で、俺さ、顔に出やすいから」
島田の目線はだんだん床へと落ちて行った。
「だから、その、音虎にはひどいことをしたと思っているんだ。」
もうこの時島田は、ひどく赤面してしまい音虎の顔が見れていなかった。
「だから…その…ごめん」
島田はそう言うと恐る恐る顔を上げたが、そこには困った島田を見ながらニヤニヤと笑う音虎の顔が見えた。
「でもぉ、手が離せなかった。そりゃ乙女の告白より大事かもねー」
「いや、申し訳ないと思ってるって」
必死に謝る島田に満足したのか、音虎は笑顔で言った。
「いいよ、もう」
「…ありがとう」
「もういっぱいいじめたしね」
そう言い、音虎は部屋に戻ろうとしたが、島田は少し大きめの声で言った。
「まって」
「何?」
「嬉しかった。」
島田はそういうと、耳を真っ赤にして逃げるように自室に戻っていった。音虎は最初はきょとんとしていたが、満面の笑みで島田に聞こえるようわざと大きめの声で言った。
「ばーか」
一方そのころ患者である吉川組アキトの部下の男は、コーヒー片手に言った。
「これが若さか」
そう微笑みながら、コーヒーをすすった。
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