第12話 電球と猫
午前5時、島田は少しかじかむ手を時々息で温めながら、魔法書のページをめくった。
外はまだ真っ暗で、これから寒さも本腰をいれてきそうな予感がする、そんな時期だった。島田はとても熱心に魔法書の解読を試みているが、それには理由があった。
それは音虎が魔法に関して無知であるため、音虎にいざ手伝ってほしいというときに説明ができなかったら、朝の仕事だけで住まわせていることになる。そして島田は考えた。
まず音虎に説明するべきは、この魔法書は大きく分けて第1章から第23章まであること。そして大まかに第5章までは基礎知識で、第6章から第13章までは生成魔法と調合魔法についてであることだ。その先は島田は自分の目的には必要ないと考え解読すらもしていない。
そしてこの魔法書だが、全400ページもあり、直接音虎に見せたら聞く耳を持ってくれなさそうだと考えた島田は、最初の魔法の起源と原理についてだけ説明することにした。
解読の精度はまずまずで抜けているところもあるが、まず魔法使いの正体は、千年以上前に錬金術を研究していたところから始まる。その際に生まれた液体を飲んだ複数の者は、現代科学で言う宇宙線を体の細胞に取り込み、それをエネルギー源として様々な物質を作り始めた。
そしてそのエネルギーは膨大で、一人の魔力で太陽が一つ作れてしまうほどだと魔法書には記述してある。しかし魔女狩りが行われてからその液体の調合方法は抹消され、魔法が使えるのはその血を引き継いだ者に限られる。これが魔法の起源と原理である。
ではなぜ島田は調合魔法を作っているかというと、調合魔法には魔法使いの髪の毛に含まれる少量の魔力だけで発動ができるからだ。でもその分できることも限られるし、その魔力程度の威力しか出せないというデメリットも存在する。
もし大量の魔力が必要なら、生きた魔女から血を一滴もらえば解決できるが、それは身近に魔法使いがいればの話であり、基本的には不可能であるからだ。そう島田は音虎に言うことを整理していたが、ドアをたたく音でふと現実に戻された。
「シマちゃんー、起きてるんでしょ?」
島田は軽く返事をすると、ドアが開き音虎の姿が見えた。音虎はそのまま目も合わせずに、島田のベットに座った。
「すまんな、物音で起こしてしまったのか」
音虎は首を横に振った。
「そのフラスコは作ったばかりに見えるけど、なにを作ってるの?」
「サルメタリアンっていう調合魔法だよ。まぁ、ちょうどよかった、これから音虎に話したいことがあったんだ」
少し嬉しそうな島田は、先ほど説明しようと考えていたことを言おうとしたが、音虎がなにやら気まずそうな顔をしているのに気がついた。
しかし、原因もわからなかったため、島田は気にせず話を始めた。説明には時間がかかると考えていたが、前に魔法のことを話そうとすると話が長くなってしまったことを踏まえ、10分程度で話し終えた。島田は満足したのか、また魔法書と向き合い始めた。島田は、音虎はすぐに出て行ってくれるだろうと思っていたが、1時間たってもびくともしない音虎に、少し違和感を感じていた。
「どうした、暇なのか?」
すると音虎は、困ったような顔をし、口を一度開いたがすぐに閉じてしまった。しかし再度決心したのか、もう一度口を開き言った。
「私、シマちゃんのことが好きかも…しれない」
「はぁ、どうも」
島田は、一切振り向きもせず、魔法書を読むのを止めようとはしなかった。
「わ、私!シマちゃんのことがもっと知りたいな…って。」
「そうか、また接待みたいなことをするならやめてくれよ」
音虎は必死に否定した。
「違うよ、私はただ本当に」
「ちょっと今は魔法書を読んでいるからあとででもいいか?」
島田がそう言うと、音虎は何か言いたげだったが黙ってしまった。部屋は急に静かになってしまい、島田が魔法書のページをめくる音だけが響いた。1ページ、2ページとめくっていると、音虎は控えめな声でつぶやいた。
「なんで…そんなに冷たいの」
「冷たくしたつもりはない、今手が離せないんだ」
そう言いまた1ページめくった。音虎はだんだんと怒りがわいてきたのか、眉間が少し痙攣し始めた。そして徐々に、目にも赤みが帯びてきた。
「わ、私、これでもかなり勇気を出して言ったんだよ!?せめて私の目くらい見たらどうなの!」
音虎は島田に近づき、方に触れようとしたその時だった。島田は初めて振り返り、声を荒げて言った。
「やめろ!」
島田ははっとしたのか、すぐに魔法書に目線を戻した。そして、音虎の目にはじわじわと涙が浮かび上がり、目を閉じ2粒の涙を落してその部屋を去って行ってしまった。
しかし一方で島田は、眉を八の字にして魔法書に目線を当てたまま固まっていた。そしてそのページを睨み続けて一時間、ようやく立ち上がりそのままベットへと倒れこんだ。
「まったく」
「俺は手が離せないってのに、なんてことを言ってるんだ音虎は。しかもあんなこと、俺の作業が終わってからでもいいだろうが、なぜわざわざあんなタイミングで、ちょっとは空気が読めなかったのかよ。そうだ、俺は悪くない、音虎が作業中に話しかけてきたからいけないんだ。」
島田はそう独り言を言い終えると、魔法書を3ページ戻して読み始めた。
「そうか、サルメタリアンのサは火のことを表している。つまりサ・ルメタリ・アンと分けて読めば解読ができそうだ。」
火のことを表しているということは、使用時は何か燃えたりするんだろうけど、何が起きるんだろう。と、島田は考えた。しかし、頭の中にあるもう一人の島田が勝手に話し始めた。
「手が離せなかったんだよな、ならしょうがない」
島田も負けずに応戦した。
「そうだ、だからしょうがなかったんだ。」
しかし、もう一人の島田はひるむことはなかった。
「じゃああの時はだいぶはかどったんじゃないか?どれだけ解読は進んだ」
島田は体を壁の方へ向け、目を瞑った。
そしてもう一人の島田は、すでに負けた島田をさらに攻撃した。
「何も成果が出ないくらい、手が離せなかったんだな」
島田の眉間には、次第にシワができ始めていた。
「どうしよもないプライドだな」
その瞬間島田は飛び起き、何も考えないように無意味に部屋をうろつき、頭を掻きむしった。そして少し立ち止まり、ため息をつくと部屋から出ていき、エレベーターに乗り屋上へと向かった。
屋上にはまず五階までエレベーターで上がり、そのあとは階段を使う必要があった。そして島田はエレベーターから降りると、階段を上り始めた。
「まるであの日みたいだ」
この時にはすでにもう一人の島田は姿を消していて、島田は屋上へ出るための扉の前につくと、変に期待しながら扉を開いた。しかしあの日の光景が見えるはずもなく、ただただ美しい夜景で広がっていた。島田はそのまま手すりの方へと歩いていき、それに寄りかかるとたばこに火をつけた。
「なあ、俺はどうすればいい」
夜景はただただ輝くだけで、あの日のように光に包まれることもなく、あの人が答えてくれるわけでもなかった。
「またあのときの調合魔法を作ろうかな、そしたらまた…」
島田はあの時自分がどんな状況で、どんな感情だったのか、全てわかっていた。全て知った上で、島田はそれに知らないふりをした。そしてそのこと自体も本当はわかっていたが、あえて自問することにした。
「音虎に言われたとき、俺は驚いていた。そして少しうれ…。音虎が接待みたいなことをしていないことも何となくわかっててた」
「でも、振り向いたらそれが事実であることを知ってしまうし、俺が、俺が…」
島田の周りには誰もいなくて、誰かに聞かれる心配もないというのに、自分に聞かれるのが嫌で、怖くて、聞かれたくなくて話すことができない、とんだ臆病者だった。そしてようやくそれを、自覚していたことを自覚することができた。
「俺は、またいつかあの人に会えた時もこうやって、自分を恐れるんだろうか。」
気が付けば、たばこは吸わずに全部灰になってしまい、島田は一本無駄にしてしまったことを後悔するも、そのまま部屋に帰っていった。
最近ギターばっか弾いてます。
ジャマイカ