ボクは、少しでも安心してほしかった。
硯箱が当たり箱で、中に何かが入っているのではないか。
――これが、皆で悩んでやっと辿り着いた、心許ない答え。
クイズと言い出したのもボクだし、一条さんの友達の出題と言い出したのもボク。
答え合わせを前にして、期待と不安で具合が悪くなりそうだった。
何はともあれ、硯箱を調べる必要があった。
でも一条さんは、さっきから書道のセットが入った鞄を抱えたまま。なんだかボク以上に緊張しているようだった。
「ううう。もし六花の作ったクイズだとしたら、嫌な予感がするんだけど」
「鞄の重さはどう?」
四谷さんから質問を受けた一条さんは、再確認するように書道バッグを片手で持ち直した。
「……重さは、いつもと同じくらいかな?」
「重さなんかよりさあ、さっさと開けりゃあ良くねえか?」
五木君はワクワクし過ぎて、もう待ちきれないといった様子だ。
一条さん達がなかなか硯箱を見ようとしないので、焦れてしまったのだろう。
しかし一条さんは困った顔をしたまま動こうとしない。そして、やや間をおいてこう言った。
「先に一人で確認してみて良い? ちょっと怖くて。
もし六花のクイズなら、中に変な物が入ってるかもしれないから」
「ああ、そうね。なんなら私達、外に出てよっか?
一条さんからすればプレッシャーあるもんね」
四谷さんは、そう言って立ち上がった。
五木君も立ち上がり、満足そうな顔で伸びをした。
「――だな。かなり楽しめたから、正解って事さえ分かればそれで十分嬉しいし。
鯣を当たりめって呼ぶ理由、もう一生忘れない気がする。早く帰って、当たりめについて自慢してえよ」
そんな事を言いながら、五木君が教室から出て行く。
「私もそういうの言いたいタイプなんだけどさ」
四谷さんが、五木君を追いながら声を掛けた。
「言わなくちゃって思ってても、帰った頃には何を言うつもりだったか忘れちゃう事が多いんだよね」
「今回は大丈夫だろ」
五木君は笑い飛ばした。
「なんせ、ノートにメモってんだから。後で絶対に思い出す」
「あ、たしかに!
五木君って何気に頭が良いよね」
四谷さんと五木君は、談笑しながら出て行く。
二人の背中を見ていた三井君は、クスッと笑った。
三井君、どうしたんだろう?
ボクが不思議に思っていると、三井君がボクの視線に気付いて、微笑んだ。
「班の皆、なんだか仲良くなれたよね」
ああ、それで笑っていたのか。
確かに仲良くなれたと思う。ボクが一条さんとこんなに話せた日も、久しぶりだ。三井君にはしっかりお礼を言わないと。
「うん、仲良くなれたと思う。これって、三井君のおかげだよね。
一条さんの仕事も残しておいた方が仲良くなれるかもって、三井君が言ってくれたから」
「あ、いや……」
三井君が、珍しく口ごもった。
なんだか、三井君にしては妙な反応に思えた。まるで、余裕がない時のボクみたいだったのだ。
三井君は手早く辞書を片付けると
「まあ、とりあえず教室から出ようか。外で話そうよ」
とボクを促して、教室を出て行ってしまった。
そこまで変な行動ではないんだけど、やっぱり普段よりぎこちなく感じた。
いつもの三井君なら、一条さんに声を掛けてからゆっくり外に出るイメージなんだけどな。
もしかして、一条さんの仕事をわざと残した事は秘密にするのが本人への思いやりで、ボクの不用意な発言が三井君を怒らせちゃったのかもしれない。だとしたら、急いで追いかけなきゃ。
「一条さん、ボクも行くね」
慌てて一条さんに声を掛ける。
「行ってらっしゃい」
一条さんのその返事がやけに呑気な感じで、焦っていたボクは、ほんのちょっとだけ落ち着く事が出来た。
なんだ、一条さんの方は全然気にしてないみたいだ。
もし三井君が怒っているなら、早く仲直りしに行かないと。
でもその前に、これから硯箱を調べる一条さんに、少しでも安心してほしい。
「一条さん。
その中に何が入ってても、何も入ってなくても、全然クイズじゃなくても、悩まなくて良いからね。ボク、謝るから。一緒に謝るから、だから……」
考えをまとめる時間がなくて、上手く言えない。
それでも少しは気持ちが伝わったみたいで、一条さんは笑ってくれた。
「分かった。もし何も入ってなかったら、すぐに呼ぶ。その方が期待させずに済むよね」
「うん。そう思う。
逆に、何か困るものが入ってたら、ゆっくりして良いからね。ボクが説明しておくから」
一条さんにそう伝えて、教室のドアを閉める瞬間、一条さんが口を開いた。
「いつもありがとう」
……いつもって?
ボクは聞こうか迷ったけど、ドアの窓ガラス越しに小さく手を振ってくれる一条さんを見て、反射的に手を振り返してしまった。
バイバイしてから聞き直すのもなんだか変な感じになるし、また後で質問すれば良いや。