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ボクは、しどろもどろになってしまった。

 一条さんは、今日の出来事を八戸さんに説明しつつ、楽しそうに笑っている。


「――で、手紙を読んでみたら、やっぱり六花の仕業だったんですよ!」

 と、一条さんは語気を強めた。とはいえ、顔は笑顔のまま。


「六花ちゃん、よくそんなクイズ思い付いたね」

 八戸さんも、相槌(あいづち)を打ちながらクスクスと笑う。


「きっと暇だったんですよ」

 一条さんはぶっきらぼうに言い放った。

 しかし、これは照れ隠しだろう。


「えー? そんな風に言ったらかわいそうだよ。

 かなり頑張って考えたんじゃないかな、六花ちゃん」

 と、八戸さん。


「頑張ったかどうかは分からないですけど、二時間も考えて作ったとか言って、偉そうにしてました」


「へえー、可愛い」


「あんなの可愛くないですよー。

 私、ドッキリみたいなの苦手なのに……」

 そう言うと一条さんは、深くため息をついた。

「心臓に悪かったですよ。筆箱の中を見た時は、何事(なにごと)かと思ってすごい動揺しちゃいましたよ」


「六花ちゃんとケンカにならなかった?」


「謝ってくれたからケンカにはなりませんでしたけど、クイズが上手く解けてなかったらもっと荒れてましたよ私。

 あんなに早く解けたのが不思議なくらいで、かなりの難易度でしたもん」


「そうだよね。私、話を聞いてて全然答え分からなかったもん」


「私一人だったら絶対に無理でしたよ。絶対、二川君のおかげです。

 たくさん喋ってくれたし、推理した内容を本当に優しく説明してくれて。すごく安心出来たから、クイズの答えを冷静に考えられて」


「二川君にお礼しないとだね」


「そうなんですよ!」

 一条さんは口に運ぼうとしていたティーカップをテーブルに置き直し、力強く同意した。

「でも二川君ってば、ボクは何もしてないからお礼なんて要らないって言うんですよ。どうすれば良いですかね?」


「あー、二川君ならそう言いそうだねえ。じゃあ……」

 八戸さんはボクをチラリと見て微笑み、こう言った。

「奈々ちゃんがどこか食べ物屋さんに無理矢理連れて行って、おごっちゃえば良いんじゃない?」


 一条さんも同じようにボクの方を一瞬見たが、八戸さんとは違い心配そうだ。

「ええー?

 そんなことしたら迷惑じゃないですか?」


 その問いに、八戸さんは手を振った。

「今日の話だと、二川君は奈々ちゃんのために一生懸命クイズを解こうと頑張ってくれたんでしょ?

 奈々ちゃんと仲良くなりたいと思ってなかったら、そこまで出来ないと思うよ」


「そ、そうですかね?

 でも、二川君って優しいから……」

 はにかみながら、ぎゅっと自分の手を握ってモゾモゾさせる一条さん。


「もー、奈々ちゃんいつもそれ!

 六花ちゃんがじれったく感じるのも分かるかも」

 八戸さんが、今度は遠慮なく笑った。

「あの日のお礼もまだなんでしょ?

 世話になったお礼するくらい普通だよ?」


「あっ! それなんですけど、言えたんですよ!

 ここに来るとき、ありがとうって言えました!」


「わ、やっと言えたんだ」


「そうなんですよー。私、嬉しくて」


「だからそれもさ、ちゃんと二川君に伝えて」


「伝えましたよ?」

 と、キョトンとする一条さん。


「そうじゃなくて。

 お礼しないと気が済まないからって言って、何かプレゼントしちゃえば良いの。六花ちゃんが二川君に絵筆をあげたみたいに」


「えー!?

 二川君、そういう人は苦手っぽくないですか?」


「安い物なら大丈夫でしょ。

 六花ちゃんが絵筆なら、じゃあ私はスケッチブックで――とか、適当で」


「あっ!

 そういえば私……」

 一条さんは鞄を膝に抱え、大事そうにスケッチブックを取り出した。小さめで水玉柄の表紙が目立つ、いかにも女子っぽいパステルカラーの物だ。

「私の趣味なんで二川君に渡すには微妙かもしれないですけど、一応持って来てて」


 八戸さんは、それを見て驚いた。

「何コレ!?

 なんでなんで!? 偶然ってこと!?」

 と、ボクが聞きたいことを代わりに聞いてくれた。


「いや、その……」

 と、歯切れの悪い一条さん。何故か、顔を真っ赤にしてうつむいた。


 どうしたのだろうか?


 八戸さんも少し不思議に思ったようで

「聞かない方が良い?」

 と、一条さんに気遣った。


 一条さんは、ゴクリと(のど)を鳴らして、観念したように口を開いた。

「今日、もしかしたら万が一、二川君を自力で誘えるかもしれないと思ってたので。

 もし誘えて八戸さんの家に来れたら、また猫の絵を描きたいって二川君が言ってくれるかもしれないから、念のために新しいスケッチブックを――って」


 今度はボクもビックリした。

「一条さん、わざわざボクのために用意してくれたの?」


 一条さんは、まるで怒られたようにビクっとした。

「ごめんね。私、一人で考え過ぎちゃって。なんか怖いよね」


「いや、怖くなんかないけど、その……」

 ボクは、返事に困ってしどろもどろになってしまった。それが自分で分かるので、ますますパニックになりそうだ。

 焦っちゃダメだ、落ち着こう。ここで上手く言えないと、いつもみたいに一条さんに困った顔をさせてしまう。今日みたいな日は二度とないかもしれないんだ。


 一条さんは、次の言葉を待ってくれていた。


「――本当に良いの?」

 ボクの口から、絞り出た言葉。


「え?」

 何の話だか分からず、困惑する一条さん。


「絵、それに描いて良いの?」

 と、慌てて付け足すボク。


 一条さんは安心して笑うと、スケッチブックを差し出した。

「うん! 良かったら使ってほしい!」


「ありがとう!」

 こんなにもありがたいと思いながらありがとうと言ったのは、生まれて初めてだった。

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