ボク達は、途方にくれた。
「あの青い屋根が、八戸さんの家だよ」
一条さんの指の先に、洋式の瓦屋根が見える。
改めて見ると、あんな洋風な家だったのか。
そういえば、庭にもベンチとテーブルがあったもんな。もしかすると、結構お金持ちな家なのかもしれない。
……うう、なんだかドキドキしてきたぞ。
「緊張するなあ。ボク、大人の人に挨拶をするの苦手で……」
「分かる、それ」
と、一条さん。
「私も、最初は――最初じゃないか、二回目に会った時は緊張しちゃって。
本当に八戸さんの家にまた行って良いのかなって、歩きながら心配してた」
「そうだよね」
「でもね、私の顔を見るなり『本当に来てくれた!』って歓迎してくれて」
一条さんは、嬉しそうに話した。
「すぐに行かなかったから、半分諦めてたらしくて。喜んでくれた」
「じゃあ、行ってみて良かったね」
「うん、安心した。
……でね、その後の反応がおかしくて。一気に緊張が解けちゃった」
一条さんはそう言いながら、思い出し笑い。
「その後の反応?」
なんだろうか。
「八戸さん、二川君が一緒じゃないって知ったら、すごく残念そうにして。もうビックリするくらい。
次は二人で来てねって言われた」
「へえ。なんでだろう」
ボクには理由が分からなかった。
「八戸さん、私と二川君は普段からあんな感じで話してると思ってるみたい」
「あんな感じって?」
「あの日の感じ。
猫でも安全に食べられる素材のお餅とか、猫が飲める温度まで冷ましたスープとか、絵を描きながら二川君が説明してくれたでしょ」
「ああ、あれはボクの悪いクセなんだ。
ボクって、イメージを込めながら絵にしないと早く描けなくて。急ぐと、どうしても設定をその場で考えながらになるんだよね」
ボクは、照れ隠しに頬を掻いた。
「ちょっと子供っぽかったね。
猫の事は良く知らないから、即席で猫の食べられる料理を考えてて……」
「子供っぽいとか、そういう意味で言ったんじゃないよ?」
一条さんはそう言うと、少し口ごもった。
「えっとね……なんだろ、二川君の性格っていうの?
言葉が分からないんだけど、もっとプラスな意味で」
「大丈夫だよ、分かったから」
ボクは慌てて頷いた。
「悪口みたいには思ってないよ」
でも、一条さんは説明し足りないようで。
「あの絵を描いてる時の話、良かったもん。
優しくて、温かくて、聞いてて幸せになった。子供っぽくなんかないよ。私すごいと思った、本当に……」
と、懸命に語ってくれた。
「あ、ありがとう」
ボクは戸惑いながらも、すごく嬉しくて。胸がジンジン熱くなった。
「と、とにかく八戸さんが言うにはね」
一条さんは、我に返ったように目をそらした。
「絵を描いてる時の二川君と私を見て、そんなに仲が悪いとは思えないって」
「うーん……」
たしかに、あの日は途中からベラベラ喋ってしまったもんな。
「ごめん。ボクが馴れ馴れしくしたからだね」
「ううん。私は嬉しかったし、それは良いんだけど……」
一条さんは立ち止まり、壁にある表札をつついた。
「この人が納得してくれなくて」
見ると、猫の足跡の模様付きのネームプレートに、八戸と書いてある。
「あ、ここが八戸さんの家か」
「ピンポンして良い?」
「うん」
チャイムが鳴る。
しばらく待ってから、一条さんが口を開く。
「――八戸さん、出ないね」
「八戸さん、今日は大丈夫な日なの?」
「うん。八戸さんと確認し合いながら決めたんだよ?」
そう言いながらも、不安そうな声の一条さん。
「遅くなっても平気って言ってたし」
「……急用とか?」
「もしそうだったら、どうしよう?」
ボク達は、途方にくれた。




