ボクは、思いきった。
さっきまで笑い声が反響していた教室が、静寂に包まれていた。
ボクがイラストを描き始めたら、一条さんが喋るのをストップしてしまったのだ。それも、ボクに遠慮をして黙ったという雰囲気ではない。固唾をのんで見守ってくれていて、自然と無言になったという感じである。
ここまで心配されると、なんだか咳払いをするのもためらってしまう。
良し、ひとまずイラストは完成したぞ。ボクにしては迷わずに描けた方だ。でも……。
うーん、少しミスしたかもしれない。なんとなく、嫌なバランスでスペースが余った。
「少しだけ空白が残っちゃったね。ここ、小鳥とか描いてみる?」
ボクはペンを持ったまま、一条さんに聞いてみた。
「うん。見たい見たい」
一条さんが、ボクのすぐ隣でひかえめに喜んだ。
六花さんも、不思議なくらい黙って見ている。
注目されて緊張はするけど、なんだか意外と平気だ。無言で絵を描く方が、会話に困ってオロオロするよりよっぽど気楽かもしれない。
「それじゃ、小鳥も描いちゃおうかな……。
もうちょっとだけ待ってね、ごめんね」
ボクのこの言葉に対し、二人は小さな拍手で肯定してくれた。
その後、ボクが小鳥を描き終えるまで、誰も喋らなかった。
「ふう。こんな感じで良いかな?」
個人的には、さっきより良くなった気がする。
「もう完璧」
一条さんも太鼓判を押す。そして、クスリと笑った。
「動物のお目々が可愛いよね、二川くんの絵」
「そ、そうかな?」
ボクは、お目々なんて言い方をする一条さんの方が可愛いと思った。
「うん。二川くんっぽくて、すごく好き」
ドキッとした。
一条さん、ボクの絵を気に入ってくれたのかも。もしお世辞じゃないなら、嬉しいな。
「やっと終わったねー」
六花さんが、スッキリした顔で伸びをする。
「六花が邪魔ばかりするから、時間がかかっちゃったじゃん。全くもう……」
一条さんは、片付けをしながら六花さんに愚痴り出した。
でも、片付けを手伝おうとしたボクと目が合うと、一条さんは微笑んでくれて。
「二川くん、ちゃんと怒って良いからね。六花は怒られないと調子に乗るから」
「う、うん」
うう……。やっぱりダメだ、上手く話せないや。クイズについて考え込んでいた時の方が、まだましな会話が出来た。
さっき、一条さんに嫌われてないんだと分かったから、変に意識してしまって……。
気付かれないように目のスミで一条さんを見ると、あらかた片付け終わっていた。
慌ててボクも、自分の筆記用具をしまっていく。
最後に、六花さんがボクにくれた絵筆が残った。そういえば、六花さん関係で、何か忘れているような気が……。
――そうだ!
ボクが嫌われていないなら、確かめないといけない事があったんだ。
「あの、一条さん……!」
「ん?」
「ボクの硯箱の中にも、六花さんからの手紙が入ってたんだけど……」
一条さんの顔が、また真っ赤になった。
「六花、余計な事して!」
「待って待って! ごめん!」
と、慌てて一条さんから離れる――というか、ボクの後ろに隠れる六花さん。
「とにかく二川君、何が書いてあったか知らないけど、六花の言う事は気にしなくて良いからね」
一条さんは、やけに心配しているみたいだった。悪口とかは書いてなかったのに。
「いや、別に変な内容じゃなかったよ。
一枚目はおめでとうって書いてあったんだけど、ラストに『二枚目は二川君だけで読んでね』って注意書きがあって、二枚目に封もしてあって。
みんなで手紙を読んだ場合の事を、しっかり考慮してくれてた」
「それ、私の方の一枚目と同じかも」
一条さんは自分の手紙を取り出して、内容を再確認し始めた。少しホッとしているみたいだ。
それを見た六花さんも安心して、一条さんへの手紙を仲良く覗き込んだ。
「まあ私も、奈々が変に思われないよう、色々考慮したワケよ。めちゃくちゃ考えてあげたからね」
と、自慢げ。
しかし、一条さんは不満そうな顔をした。
「筆箱に筆が入ってた時点で、皆に変に思われたんですけど。もし上手く話が進まなかったら、どうするつもりだったのよ」
「その時は、私が謝れば良いと思ってさ」
「謝るだけじゃ納得してもらえなくない? もし失敗したら、ものすごく気まずい結果になってそうなんだけど」
「成功したんだから良いじゃん。
奈々、私を呼びに来た時は『二川君がすぐにクイズだって気付いてくれてね、当たり箱が正解だって信じてくれてね』って、嬉しそうに言ってたくせに――むぐ!?」
六花さんが、モゴモゴとうなった。一条さんに、口を塞がれてしまったのである。
「二川君の手紙って、二枚目は何て書いてあったの?」
一条さんは、六花さんを腕の中にとらえたままボクにたずねた。
「内容次第では、六花の口にセロハンテープを貼らなくちゃ」
「えっと、一条さんが月に一度、あの猫のお墓を見に行くって書いてあって」
ボクも、先ほどの一条さんの様に自分の手紙を広げた。
「今日がちょうど見に行く日なんだけど、六花さんが今回は行けないんだよね?
それで、ボクに行き帰りのボディガードをしてほしいって――」
「いひゃい!」
六花さんの声。一条さんにほっぺたをつねられ、思わず叫んだのである。
とはいえ、抵抗しながら笑っていて、実際にはさほど痛くはない様子。
一条さんも
「ボディガードなんて頼んで、六花ってば信じられない!」
と文句を言ってはいるけれど、なんだか楽しそうに見える。
手紙の内容に本気で怒っているなら、こんな風にふざけられない。そう感じる。
思いきって、ボクから頼もう。
「もし今日、本当に行って良いなら、ボクも行きたい」
「良いの?」
「迷惑じゃなかったら。ボディガードなんて出来ないかもしれないけど、一人で歩くよりは……」
「そんなのは良いから! 明らかに六花の冗談だもん!」
一条さんは恥ずかしそうに否定して、笑った。
そして、一条さんは潤んだ目でボクを見つめて。
「二川君、本当に一緒に来てくれるの?」
「ボクで良いなら」
心からそう思った。




