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14/21

ボクは、思いきった。

 さっきまで笑い声が反響していた教室が、静寂(せいじゃく)に包まれていた。


 ボクがイラストを描き始めたら、一条さんが喋るのをストップしてしまったのだ。それも、ボクに遠慮をして黙ったという雰囲気ではない。固唾(かたず)をのんで見守ってくれていて、自然と無言になったという感じである。

 ここまで心配されると、なんだか咳払いをするのもためらってしまう。


 良し、ひとまずイラストは完成したぞ。ボクにしては迷わずに描けた方だ。でも……。


 うーん、少しミスしたかもしれない。なんとなく、嫌なバランスでスペースが余った。

「少しだけ空白が残っちゃったね。ここ、小鳥とか描いてみる?」

 ボクはペンを持ったまま、一条さんに聞いてみた。


「うん。見たい見たい」

 一条さんが、ボクのすぐ隣でひかえめに喜んだ。

 六花さんも、不思議なくらい黙って見ている。

 注目されて緊張はするけど、なんだか意外と平気だ。無言で絵を描く方が、会話に困ってオロオロするよりよっぽど気楽かもしれない。


「それじゃ、小鳥も描いちゃおうかな……。

 もうちょっとだけ待ってね、ごめんね」

 ボクのこの言葉に対し、二人は小さな拍手で肯定してくれた。


 その後、ボクが小鳥を描き終えるまで、誰も喋らなかった。




「ふう。こんな感じで良いかな?」

 個人的には、さっきより良くなった気がする。


「もう完璧」

 一条さんも太鼓判を押す。そして、クスリと笑った。

「動物のお目々(めめ)が可愛いよね、二川くんの絵」


「そ、そうかな?」

 ボクは、お目々なんて言い方をする一条さんの方が可愛いと思った。


「うん。二川くんっぽくて、すごく好き」


 ドキッとした。

 一条さん、ボクの絵を気に入ってくれたのかも。もしお世辞じゃないなら、嬉しいな。


「やっと終わったねー」

 六花さんが、スッキリした顔で伸びをする。


「六花が邪魔ばかりするから、時間がかかっちゃったじゃん。全くもう……」

 一条さんは、片付けをしながら六花さんに愚痴り出した。

 でも、片付けを手伝おうとしたボクと目が合うと、一条さんは微笑んでくれて。

「二川くん、ちゃんと怒って良いからね。六花は怒られないと調子に乗るから」


「う、うん」

 うう……。やっぱりダメだ、上手く話せないや。クイズについて考え込んでいた時の方が、まだましな会話が出来た。

 さっき、一条さんに嫌われてないんだと分かったから、変に意識してしまって……。


 気付かれないように目のスミで一条さんを見ると、あらかた片付け終わっていた。

 慌ててボクも、自分の筆記用具をしまっていく。

 最後に、六花さんがボクにくれた絵筆が残った。そういえば、六花さん関係で、何か忘れているような気が……。


 ――そうだ!

 ボクが嫌われていないなら、確かめないといけない事があったんだ。

「あの、一条さん……!」


「ん?」


「ボクの硯箱の中にも、六花さんからの手紙が入ってたんだけど……」


 一条さんの顔が、また真っ赤になった。

「六花、余計な事して!」


「待って待って! ごめん!」

 と、慌てて一条さんから離れる――というか、ボクの後ろに隠れる六花さん。


「とにかく二川君、何が書いてあったか知らないけど、六花の言う事は気にしなくて良いからね」

 一条さんは、やけに心配しているみたいだった。悪口とかは書いてなかったのに。


「いや、別に変な内容じゃなかったよ。

 一枚目はおめでとうって書いてあったんだけど、ラストに『二枚目は二川君だけで読んでね』って注意書きがあって、二枚目に封もしてあって。

 みんなで手紙を読んだ場合の事を、しっかり考慮してくれてた」


「それ、私の方の一枚目と同じかも」

 一条さんは自分の手紙を取り出して、内容を再確認し始めた。少しホッとしているみたいだ。


 それを見た六花さんも安心して、一条さんへの手紙を仲良く覗き込んだ。

「まあ私も、奈々が変に思われないよう、色々考慮したワケよ。めちゃくちゃ考えてあげたからね」

 と、自慢げ。


 しかし、一条さんは不満そうな顔をした。

「筆箱に筆が入ってた時点で、皆に変に思われたんですけど。もし上手く話が進まなかったら、どうするつもりだったのよ」


「その時は、私が謝れば良いと思ってさ」


「謝るだけじゃ納得してもらえなくない? もし失敗したら、ものすごく気まずい結果になってそうなんだけど」


「成功したんだから良いじゃん。

 奈々、私を呼びに来た時は『二川君がすぐにクイズだって気付いてくれてね、当たり箱が正解だって信じてくれてね』って、嬉しそうに言ってたくせに――むぐ!?」

 六花さんが、モゴモゴとうなった。一条さんに、口を塞がれてしまったのである。


「二川君の手紙って、二枚目は何て書いてあったの?」

 一条さんは、六花さんを腕の中にとらえたままボクにたずねた。

「内容次第では、六花の口にセロハンテープを貼らなくちゃ」


「えっと、一条さんが月に一度、あの猫のお墓を見に行くって書いてあって」

 ボクも、先ほどの一条さんの様に自分の手紙を広げた。

「今日がちょうど見に行く日なんだけど、六花さんが今回は行けないんだよね?

 それで、ボクに行き帰りのボディガードをしてほしいって――」


「いひゃい!」

 六花さんの声。一条さんにほっぺたをつねられ、思わず叫んだのである。

 とはいえ、抵抗しながら笑っていて、実際にはさほど痛くはない様子。


 一条さんも

「ボディガードなんて頼んで、六花ってば信じられない!」

 と文句を言ってはいるけれど、なんだか楽しそうに見える。


 手紙の内容に本気で怒っているなら、こんな風にふざけられない。そう感じる。

 思いきって、ボクから頼もう。

「もし今日、本当に行って良いなら、ボクも行きたい」


「良いの?」


「迷惑じゃなかったら。ボディガードなんて出来ないかもしれないけど、一人で歩くよりは……」


「そんなのは良いから! 明らかに六花の冗談だもん!」

 一条さんは恥ずかしそうに否定して、笑った。

 そして、一条さんは潤んだ目でボクを見つめて。

「二川君、本当に一緒に来てくれるの?」


「ボクで良いなら」

 心からそう思った。

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