ボクは、願ったり叶ったりだった。
「皆で教室の前で集まって、何してんだ?」
廊下を走りながら戻って来た五木君が、不思議そうな顔で質問をした。
四谷さんは呆れた顔で
「五木君が戻って来るのを、皆で待ってたんじゃん。
ドコまで行ってたの?」
と、五木君に聞き返す。
「悪い悪い。ついでに下駄箱も見てきたんだよ」
それを聞いて笑う四谷さん。
「もう見付かったし」
「なんだよ。やっぱり当たり箱が正解だったのか。
それで、何が入ってたんだ?」
「えっと、やっぱり六花の仕業で、手紙が入ってたの」
一条さんが、封筒をヒラヒラと見せた。女子が良く使う、横に長い洋風の封筒だ。
「だけど、ちょっと恥ずかしい事も書いてあって。
見せなくても良いかなって皆にお願いしてたトコロ」
「ん? 私達はずっと親友だからね、みたいな感じか?」
五木君は、遠慮せず堂々と質問した。一番に友情の話って発想になるのは、なんだか五木君らしいなあ。
「うん、そんな感じ」
「じゃあ別に良いよ。とにかく、正解したんだろ?
俺、玄関で時計を見て思い出したんだけど、皆でサッカーやろうって待ち合わせしてたんだよ。
だから班の記事さっさと終わらせちゃおうぜ。すぐ終わると思って早めに約束してたから、あんまり時間がねえんだわ」
「そういえば、俺も塾があるから――」
三井君が腕時計を見る。
「そろそろヤバイな」
さらに
「げ、私も習い事だわ。クイズに夢中になって忘れてた」
と、四谷さんまでそんな事を言い出した。
「ごめん、本当はすぐに終わるハズだったもんね」
一条さんはそう言って、皆以上に焦っている。
「後はタイトルを清書するだけだよね? 皆、先に帰って良いよ。
遅くなったの私と六花のせいだし、六花を呼んできて手伝わせるから」
「助かるけど、良いの?」
四谷さんがたずねた。
「皆にクイズのヒントたくさん貰ったし、それくらいの恩返しはさせてよ」
「じゃあお願いして良いかな? ごめんね」
「そもそも私が休んだから居残りになったんだし、ノンビリやるから平気。
それに私、プレッシャーに弱いんだよね。皆を待たせてると思いながら焦って文字を書くと、却って失敗しちゃいそうで」
「マジで帰って良いのか? 全力疾走しないで済むから助かるんだけど」
五木君は一応そう聞いてはいるけど、もう帰り支度を済ませていて、完全に帰る気でいる。
「うん、クイズ手伝ってくれたし。ありがとう五木君」
「じゃあ帰るわ」
「うん。ありがとね五木君。
……ほら皆も帰っちゃって」
「そこまで言ってくれるなら帰るけど、いつか今日のメンバーで何か手伝うね」
四谷さんのこの言葉に、ボクは少し不自然なものを感じた。四谷さんは本来、男子に何か手伝わせるより自分でさっさとやってしまう性格だ。今回の事についても、自分だけで恩返しをしそうなタイプに感じる。
四谷さん、この班を気に入ったのかな?
「四谷さん、ありがとね」
「良いの良いの」
一条さんと四谷さんは、女子の別れ際のいつものやりとりを始めた。
うーん、ボクの考え過ぎかな。一条さんと四谷さんが、そもそも普段から仲が良さそうだもんね。
ボクが二人をじっと見ていると、四谷さんが視線に気付いた。
「二川君、ゆっくりしてて良いの?」
「あ、ボクは……記事の空白をイラストで埋めなくちゃいけないから……」
不意に質問されて、しどろもどろになってしまった。
ボクの言葉を聞いて、三井君は
「そっか、二川も帰れないんだ」
と、気遣ってくれる。
「ボクは用事ないから平気だよ」
もっと一条さんと仲良くなりたいボクとしては、願ったり叶ったりの展開だ。
一条さんとちょうど目が合ったので、こう聞いてみた。
「皆、ちょっと気にし過ぎだよね?」
「うん。大丈夫だよね」
ボクと一条さんがこう言っても、四谷さんはまだ心配みたいで
「二人で平気? 何の絵にしようかで困ったりしない?」
とボクにたずねた。
たしかに、それはあるかもしれない。単なる穴埋めのイラストだとは分かっていても、何でも良いとなると迷いそうだ。
「えっと……」
ボクが言い淀んで一条さんを見ると、一条さんが微笑んだ。
「それは大丈夫」
ボクの代わりに、一条さんが答えた。
「二川君に私がリクエストするから。なんでも良いんでしょ?」
ようやく安心した様子の四谷さん。
「そっか。じゃあ、また明日」
と、廊下を歩き出した。
「またねー」
手を振る一条さん。
「バイバーイ。今度、六花ちゃんとお話させてね。二川君もありがとねー」
一条さんの隣で無言で見送りをしながら、ボクは六花さんの事を改めて考えていた。
結局、六花さんがボクの筆箱にも筆を入れていた理由は、なんなんだろう。
「――よし! それじゃあ、頑張って記事書こうか。
私、六花を呼んでくるね」
一条さんに声を掛けられて、ボクは我に返る。
「あ……」
何か言おうとした時には、もう一条さんの背中が遠ざかっていた。
うう。一条さん、行っちゃった。
せっかく二人きりになれたのに、つい考え事をしてしまった。
……いや、ちょうど良いのかもしれない。
今の内に、ボクの硯箱の中を確かめてみよう。




