13.宣戦布告
ヴェコンの街は、相も変わらず人が行き乱れる忙しさの中にあった。
祭りの準備もさることながら、早くも期待のクラン『オルトリンデ』が『ムスペルヘイム』にやられたらしい、という噂がプレイヤーの中で加速度的に広がっていたからだ。
それが金絲鉱の新情報と相まって、街は大混乱になりかけていた。
「ありゃりゃ、あまり目立つ行動は控えるようにってスノウから言われてたのにさぁ」
人波が自然と避けていく広場の通りを、ノートは指を頭の後ろで組みながら歩いていた。
その後ろでつまらなさそうに、周りへ視線を流しながらついて行くアヤ。
遠巻きに畏怖の目を向けられながら、彼女たちは特に目的も無く広場を練り歩いていた。
「用事が澄んだならとっとと他に行ってくれない? あんたと居ると目立ってしょうがないわ」
「ちょっ! 一応さ、忍びなんですけど私! それに、まだ目的の物を見つけて無いんだしさ、行くわけないじゃん」
「もう諦めたら?」
「ノンノン。ここで諦めたら私の気が晴れないのさ。また一から推理すれば良いだけさ」
「そうやって周りが死屍累々になっていく、と」
「きゃー、こわーい」
おどけながらアヤの言葉を返すノート。
そんな中、二人の前方から数人の集団が近づいて来た。
それに気付いたアヤとノートは足を止める。
お互いに、その顔には見覚えがあった。
「ほら、言った通り。この時期に人混みが割れている所を探せば見つかるって言ったでしょ」
アイリは肩越しに他の仲間に笑顔で言った。
その表情はしてやったり、と得意気だ。
「先ほどはどうも、ムスペルヘイムのおふたり。今少しよろしいかしら」
「おや、誰かと思えば縛られ上手のオルトリンデさんじゃないですか。どうしたのさ」
「ちょっとあなたに用があってね、赤影の縛糸の『ノート』さん」
「あらら、よくご存じで。クランの中じゃ影の薄い私の名前を憶えて来るなんてさ、殊勝な心掛けだね」
「それ、自分で言う? こんな騒ぎになっておいて、未だに忍びなんかを自負している訳?」
「……確かに」
「ちょっ! アヤさ、何相手の言う事認めちゃっているのさ!」
頷くアヤに噛み付くノート。
彼女は一度咳ばらいをして、アイリに向き直った。
「で、私に用ってことはさっきのこと? 悪いけど、私は忙しいのさ。これ以上君に構うメリットなんて――」
「これでも?」
そう懐から取り出した鉱石を見て、ノートとアヤは目を見開く。
彼女の手には確かに『金絲鉱』が握られていた。
「……へぇ、君が持っていたのか。上手いねぇ、初心者に目を向けさせて実益は自分が頂くってことさね?」
「そんな面倒くさいことするわけないでしょ。これは貰い物よ」
「ははっ、冗談が下手だね。そんなレアモノ、あげる馬鹿なんているわけ――」
「居るんだなぁ、これが。どうしようもなく甘々なお人好しが」
余裕の表情でアイリは後ろに目をやる。
自分のことか、とショウは一歩、前に出た。
「――っ!?」
その時、付き合いの長いクランメンバーですら見たことが無い程の驚いた表情を、アヤは顔全体に張り付けた。
まるで雷に撃たれたような、今にも卒倒しそうなアヤ。
幸い彼女の前にいたノートはそれどころでは無かった為、誰にもその顔を見られることはなかったが。
「これは俺が彼女に渡したものだ。俺のせいで迷惑をかけたみたいだからね。そのお詫びとして譲った」
「……んなアホな。ま、まぁいいさ。金絲鉱自体は確かに今ここにある。その事実は変わらんさ」
無理矢理気を持ち直して、ノートは腰に手を当てる。
「それで、その金絲鉱を見せてどうしようっていうのさ。まさか、私に闇討ちされたくて自慢してるわけじゃないでしょ?」
「あなたに、決闘を申し込むわ。私が負けたら、これはあなたの物」
「……ぷぷっ、本気で言ってるの? 君はさ、今さっき私に手も足も出なかったじゃん。恥の上塗りってやつさ」
「それでも良い。あなたとまた戦えるなら、こんな石、安いものよ」
「あははっ、なんで自分より弱いって分かっているのにまともに勝負しなくちゃいけないのさ。それこそ、私はいつでも君から力尽くでも奪えるって言うのに――」
「いいわ、受けてあげる」
可笑しそうに笑うノートの後ろで、アヤが静かに答える。
その時、その場に居る全員、遠巻きで見ているシムたちですら、自分たちの身体が震えている事に初めて気付いた。
アヤから放たれていた殺気が、認識できないほど強大だった為だ。
彼女の視線は、ただ一人の男へ向けられていた。
「ア、アヤ! なに、勝手に、話を……え、どうして本気モードなのさ?」
「ただし、こちらにも条件があるわ」
アヤは視線を逸らすことなく、言葉を続ける。
そして、その場で唯一平然としているショウに向かって指を差した。
「そっちの男。そいつとあなた、私とノートのタッグマッチだったら受けても良い」
その言葉に、まるで街全体が驚きの声を上げたかのような、地面が震えるほどの叫びが響く。
これにはさすがのアイリもショックで頭が真っ白になった。
そのせいで、この場は静寂に包まれてしまう。
アヤは腕を下げ、ショウを穴が開くほどに睨みつける。
それを慣れた様子で受けていたショウは、一度『頷いた』。
「分かった。それで良い」
先程の驚きでまだ正気を取り戻していない周りの者たちは、ショウの言葉をその場で理解する事はできなかった。
一人を除いては。
「それは同意と見て良いってことだな!」
場によく響く声が上がり、人混みから二つの人影がショウたちに近づいて来た。
ジーンズのポケットに手を入れてちゃらけた様子で歩いて来るケビン。
そして、その半歩後ろにはリリィが付き従っていた。
「……ヴェコンのギルドマスター、ケビンね」
「ご明察、深紅の戦姫。そっちの君たちも、よろしく」
「どうも。ショウ・ラクーンです」
「これは、ご丁寧に。いや、しかし……ははっ、こんな殺気の中平然でいられるなんて、豪胆なのか余程鈍いのか」
「えっ?」
「……ショウ様」
変わらず楽しそうにしているケビンと肩を窄めたリリィに目を交互に向けるショウ。
自分がなんだというのか、ショウが理解できないままアヤが口を挟む。
「ギルドマスターが来てくれたなら好都合だわ。決闘をするから闘技場を空けて欲しいのだけれど」
彼女の言葉に、的を射た顔をしたケビンが指を鳴らす。
「もちろんオッケーさ。最強と謳われるクラン『ムスペルヘイム』とこの街で一番の注目クラン『オルトリンデ』の世紀の一戦だ。止める者など居ないよ」
「じゃあ、今すぐ――」
「しかし、だ。残念ながら闘技場は予約がいっぱいでね。調整するにしても時間は掛かる」
「……」
「どうせだったら派手にしたくないか? 観客たちの前で君たちの勇姿を見せて欲しい!」
「……胡散臭い奴」
「予定が空いている日で一番早いのは一週間後だ。どうかな、二人とも」
ケビンは両手を広げて二人に訊き、アヤとショウは同時に頷く。
「良いわ」
「分かった」
開いていた両手をパンッと叩いたケビンは、その場で回るように高らかに声を上げた。
「一週間後の祭りの初日、今世紀最高の大勝負が観られるぞ! これは見逃せないなぁ! みんな!」
ケビンの言葉に感化されるように、人々は徐々にざわめき始め、その声は大きく、そして街全体に行き渡る。
殺気がなんのその。
委縮するのも馬鹿らしくなった民衆は、まるで今祭りが始まったかのように大騒ぎを始めた。
勝負は一週間後。
その猶予に間に合わせようと、準備は益々活気だつのだった。
「ショウ、とか言ったわね」
アヤはショウに近づき、あと数歩の所で立ち止まる。
凄むような上目遣いで、アヤは彼を睨んだ。
「私があんたを殺す。逃げるんじゃないわよ」
ショウはなぜかその言葉に懐かしさを感じ、鼻の頭を掻きながら――
「できれば、お手柔らかに頼むよ」
ちなみに、ノートとアイリ、そしてケンたちが正気を取り戻すのはこれよりもう少し時間が経ってから。
「いやぁ、思いのほか上手く事が運んだ。リリィちゃんが出るまでも無かったな」
二人のやり取りを見ていたケビンは、笑いながらリリィの背中を叩く。
リリィはというと――
「……ああ、ショウ様」
両手で俯いた顔を隠しながら、嘆きの声を漏らすのだった。
――ヴェコン編Ⅲ・完