12.行動開始
ショウと別れた後、まっすぐに冒険者ギルドへ向かったリリィは、開放されていた扉を潜る。
そのままカウンターまで行こうとしていたとき、エントランスの一角から彼女を呼ぶ声が聞こえた。
「リリィちゃん、こっちだ!」
目をやると、ジョッキを掲げた上機嫌なケビンが歯を見せている。
リリィは、またろくでもない事で呼ばれたな、と目を細めた。
ケビンに近づくと、テーブルに同席するように勧められたので、リリィはそれに従い腰を下ろす。
「ケビン様、緊急事態だと聞いたのですが?」
「ん? ああ、そうだ。緊急事態も緊急事態。何か飲むか?」
「いいえ、大丈夫です。それで、何があったのですか?」
「そんな慌てなくても……っと、そういう訳にもいかないな、そろそろ動くころだ」
「? 何を――」
「君が贔屓にしているプレイヤー、居ただろ? 名前は……ショウ、だったか?」
「……はい」
「彼がよくつるんでいるクラン、分かるか?」
「アイリ様がリーダーの、『オルトリンデ』ですか」
「そうそう、オルトリンデ。そのリーダーと彼女のつがいが紅焔の巨神と戦闘になったようだ」
「はぁ、ムスペ――はっ、えっ!? な、なんですって!?」
「一緒に居たフリーのプレイヤー二人が神殿に送られたらしい。ほら、座りなって……大丈夫、シムの子は無事みたいだから」
思わず席を立ってしまったリリィに、ケビンが手を振る。
ルナールの顔がよぎり、とりあえずは安心したリリィは再び椅子へ座り直す。
「街の外でのプレイヤー同士の戦闘にはギルドは極力関わらない。だが、その理由が今街中で噂になってる事のようでね」
「噂……まさか、金絲鉱、ですか?」
「そう、それ。上位クランのムスペルヘイムが動いたとなると他のプレイヤーも活動を活発にするかもしれない。ヴェコンはただでさえ祭りの準備で大忙しだ。それと重なると、大混乱になる可能性がある」
「……き、緊急事態ではないですか」
「だからそう言ったじゃん」
「なんでお酒を飲んでいるんですか!?」
「だっ!? だから、落ち着けって。大丈夫、俺に考えがあるんだ」
「こんな所に居るギルドマスターの話なんて信用できるわけないじゃないですか!」
「うっ、言ってくれるね。これでも、君を待っていたつもりだったんだけど」
「……どういう意味ですか?」
ケビンの言葉に、リリィは怒りと焦りを抑え、耳を傾けた。
彼はジョッキを呷ると、うぅ~、と唸って話しを続ける。
「俺の予想では、そのショウってプレイヤーが『動く』。彼の誘導に君の助けも借りようと思ってね」
「ショウ様が? そんな、なんで――」
「そうなってくれれば俺も助かる。プレイヤー絡みの問題事が、恐らく一気に片付くだろうからな」
「……まさか、ショウ様を餌に使うんですか?」
「少し違うな。餌、というよりは……生贄?」
――パンッ!
エントランスに、乾いた音が響く。
エーアシュタットの受付嬢リリィが、ヴェコンのギルドマスターケビンの頬を叩いたのだ。
ケビンは呆けたように叩かれた方向へ顔を向けたまま、黙っていた。
呼吸を荒げたリリィが、今度は席に座り直さずに立ったまま彼を見ている。
静寂に包まれたエントランスに、ケビンの笑い声が響いた。
「……く、くくっ、ふははっ、はーっははっ! まさか君に叩かれるとは! さすがの俺も思わなかったよ! はははっ」
「……」
自分の行動を顧みるととんでもないことをした、と後悔するリリィであったが、なぜかあの時は身体が勝手に動いてしまった。
リリィは呼吸を落ち着かせ、ケビンに謝罪する。
「も、申し訳ありませんでした。ギルドマスターにとんだ無礼を……」
「いやいや、君の考えはよく分かった。やはり、君は俺と一緒に来てもらう事にする」
楽しそうに頬を擦りながら、ケビンは席を立つ。
そのままリリィの肩に手を置いて、顎を出入り口の方へ振る。
「丁度今連絡があった。行こうか」
「どこへですか?」
「……火中の栗を拾いにさ」
――
オルトリンデのハウスにて、ショウはアイリ達から砂漠での出来事を詳らかに聞かされていた。
高ランクのクラン『ムスペルヘイム』にシャルムが金絲鉱を持っているのではと言われたこと、インベントリの中を力尽くで見ようとしたためこちらから仕掛けたこと、そしてセラスとシャルムが神殿送りになったこと、等々。
正直に言って、ショウは戦闘に関しての良し悪しが分からないので話だけでは実感を持てなかったが、自分の持っている物のせいで彼女たちが格上の相手に絡まれた、という事実は理解できた。
申し訳ない気持ちでいっぱいになり、項垂れるショウ。
そんな彼に、アイリはもう一度頭を下げる。
「今回、私とケンが居ながらこんな事態になってしまったことには自分でも憤りを感じている所です」
「そ、そんな事は無いよ! それだったら原因を作った俺にすべての非があるんだ。アイリは気にしないで――」
「無理です。格上相手だからってあんな負け方、私は許せません。これまで積み上げきたものとリーダーとしてのプライドが許してくれません」
「……」
「ですから、先輩にお願いしたいです。どうか私に金絲鉱を譲ってください」
「それを渡したとして、君はそれからどうするつもりなんだ?」
「あの派手な忍者に、再戦を挑みます」
「なるほど、勝負の景品にするわけか……ひとつ、条件があるんだけど、良いかな?」
「はい、どうぞ」
「その勝負を申し込む場に、俺も同行したい」
「それは――」
「原因を作った張本人として、最後まで見届けたいんだ」
「……ふふっ」
真剣な表情で話し合っていた二人だったが、ショウの言葉を受けてアイリは堪えきれずに吹き出した。
その後も他の全員の視線を集めながら一頻り笑うとアイリは頬杖をついて、憑き物が落ちたように微笑んだ。
「あー、ホント……先輩ってお節介でお人好しですね」
「えっ、そうかな?」
「そうですよ。そこが先輩の良い所だと思いますけど」
隣のセラスやルナールもコクコクと頷いていた。
ショウは鼻の頭を掻いて、照れ隠しに苦笑いを浮かべる。
少しの間の後、アイリは決心したように気合を入れて席を立つ。
「よし! それじゃ、行きますか」
「行くって……まさか、今から行くのかい!?」
「もちろんですよ。鉄は熱いうちに打て、善は急げ、思い立ったが吉日!」
「災難があったから吉日じゃないんじゃ……」
「ふぅ、まぁそっちの方がお前らしいよ」
ケンもアイリに倣い、席を立つ。
続けて、セラス、ルナール、そしてシャルムも同じく。
彼女たちも、やられっぱなしは癪らしい。
全員の顔を見渡して、ショウは肩を竦めた。
「分かったよ、それじゃ行こうか!」