11.戦果報告
「……よぉ」
「お、おう。どうした? 顔色が悪いけど」
普通に歩けるくらいに回復したショウは、ハウスの門に寄り掛かって彼を待っていたケンの顔を見て驚く。
まるで牢屋に数日閉じ込められたかのように、顔は真っ青にそして痩せこけていた。
「まぁ……あれだ」
「どれだよ」
「とりあえず、中に入ろうぜ。俺も座りたい」
「お、おう」
猫背になったまま、ケンは門を開けて中へ入っていく。
ショウは大学のレポートを徹夜で仕上げた時とは比べ物にならないケンの弱まりっぷりを見て、首を傾げる。
ハウスの中に入ると、以前全員で座っていた円卓でアイリを除いたセラス、ルナール、シャルムが放心状態でメイドの接待を受けていた。
そこにケンが加わり、いよいよただ事では無いことにショウは固唾を呑んだ。
「セ、セラス? ルナールも……みんな、大丈夫か?」
「ショウさん……」
「アニキ、お疲れ様です」
「…………」
シャルムは言葉すら発さず、ただ背もたれに身体を預け、うつろな目で天井を見ている。
ショウは前に座った時と同じ位置に腰掛け、しばらく事の経緯が話されるのを待つことにした。
「……そういえば、アイリは? 居ないのか?」
沈黙に耐えかねたショウが稀代のムードメーカー、アイリの話題を持ちかける。
その言葉に、一同の肩がピクンッと跳ねた。
「アイリさんは……その……」
「……今、マイルームに居る。少し、ひとりにさせておこうかと思ってな」
「そ、そうなのか」
「……そ、そういえば、ショウさん! シャルのローブ、製図の作業が終わったって言ってましたけど」
さすがにこの空気のまま居ることに申し訳ない気持ちになったのか、セラスが無理に笑顔を作り、彼に訊いた。
「えっ、ああ。なんとか完成したよ。レオーラのお墨付きだし、良いものが出来ると思う」
「そうなんですね。良かったね、シャル」
「……ん……感謝」
「あははっ、助けてくれたお礼なんだから、シャルムが感謝しなくても良いよ。ただ、それを作成するのに素材もある程度は自分で集めようと思ってね」
「送られていたメッセージでは鉱山で採掘って書いてありましたけど」
「うん、鉱山ね。さっき帰って来たんだ。モンスターや色々大変なこともあったけど、リリィさんが助けてくれてね」
「リリィさんって……一緒に行ったんですか?」
「そうそう。俺なんかより何倍も強くて、エリアに不相応な格上の相手も倒してくれてさ」
「へ、へぇ。そうなんですね」
複雑な顔をしたセラスが、苦笑いで答える。
その表情に気付いたショウは首を傾げながらも話しを続けた。
「レオーラから必要素材のリストをもらったんだけど、今回の採掘で大体揃っちゃったんだよね」
「そいつは良かったじゃねぇか。俺にも見せてくれよ」
妹が無理して明るくしている姿を見て、ケンも自分を鼓舞した。
ショウが外套から紙を取り出し、それをケンに渡す。
一通りその内容を読み、苦笑いを浮かべた。
「大体揃った……なるほどね、確かにお前じゃここに書かれている素材を集められそうだ」
「ああ、リリィさんにはいくつかの鉱石はレア度が高いから、すぐには無理だって言われたけど」
「この『金絲鉱』と『星河龍晶』、だろ? まぁ、金絲鉱はすでに持ってるし、あとは気長に集めるんだな」
「リリィさんには言わなかったんだけど……」
「ん? ああ、金絲鉱のことか? 管轄外のギルド職員だからって、話すリスクは変わらない。黙ってて正解だぞ」
「いや……その、今回の採掘でも、また出たんだ。金絲鉱」
――ガタンッ!
ショウの言葉を受けて、ケンは椅子から滑り落ちた。
一瞬呆けたケンだったが、すぐに持ち直して座り直す。
「お、おいおい、冗談だろ? えっ、そんな高難易度の坑道に入ったのか?」
「いや、一番簡単なエリアだったらしいんだけど」
「マジかよ、それで出るのか……まぁ、一つ目も荒野で出たくらいだもんな。お前ならありえる話、なのかも」
「それで、その『星河龍晶』も……出ちゃったりして」
「……は?」
ショウはストレージボックスから金絲鉱を二つ、そして星河龍晶を一つ、取り出してテーブルに置く。
時間が止まったように、ケンは開けた口を閉じようとはせず、ショウを見開いた目で見ていた。
とりあえず説明しようと、ショウは今回の採掘の詳細を語った。
自分で作成したピッケルの性能、採掘の成果、モンスターとの戦闘、等々。
ケンは大半の話しを頭を抱えて聞いていたが、ひと通りの説明が終わると、真っ直ぐにショウを見た。
「やっぱ、お前すげぇわ。話を聞いただけだが、そうとしか言えねぇ。まったく、これはまた俺たちが苦労するパターンか?」
「え? どういうことだ?」
「お、お兄ちゃん! そんな言い方……」
「お前は黙ってろ。こいつには一度ガツンッと言った方が良いんだ」
「な、なんだ? いったいどうしたっていうんだよ」
「実はな、さっき――」
――ガツンッ!
「~~~っ!?」
ケンが口を開き始めた瞬間、彼の頭部に何者かのげんこつが下された。
痛みに耐えるように、頭を抱えてテーブルに突っ伏したケンの後ろに立っていたのは、アイリだった。
アイリは真っ赤になった目でケンを見下ろし、口をへの字にしている。
「なに先輩に当たってるのよ、かっこ悪い。あんな結果になったのは全部私たちの力不足よ」
「ア、アイリ……でもよ」
「金絲鉱の件についても、特に何も手を打たなかった私たちの落ち度。もしかしたらもっと上手く立ち回れたかもしれなかったし。でも……」
アイリはそう言うとショウの元へ歩いて行く。
「……それでもこのままじゃスッキリしないのも事実」
ショウは彼女の真剣な目を見つめて、黙って言葉を待つ。
アイリは、ショウに向かって勢い良く頭を下げた。
「先輩! お願いします、金絲鉱をひとつ、私に譲ってください!」
その言葉に、その場にいた全員が目を見開いて驚く。
アイリは頭を上げるつもりがないように、ショウの答えを待っていた。
一度、軽く息を吐いたショウが周りの顔へ目をやり――
「事情を説明してくれないか?」
アイリの元へ来たケンが、彼女の肩に手を置いた。
彼の気遣いと、ショウの言葉を受けたアイリは姿勢を正して、はいっ、と力強く頷くのだった。




