7.坑道にて
「有名デザイナーの元で作成の修行を?」
鉱山の内部、坑道を進んで採掘ポイントを探している最中に、リリィはショウの言葉に驚く。
東門で落ち合った後、リリィが再びギルドの馬を手配してくれたこともあり、鉱山へは楽に来ることが出来た。
採掘ポイントは少ないが比較的安全な坑道の入り口に馬を停め、用意していたランタンに明かりを灯して、現在奥を目指している最中だ。
リリィの先導を受けていたショウは鼻の頭を掻きながら、首を傾げる。
「修行、というか手伝いですかね。一般向けに性能を落とした衣装なんかを作成してました。おかげで作成物の加減ができるようになって、造形師の熟練度も上がりましたけど」
「そ、そうなんですか……」
それを修行というのでは? と心で思ったリリィだったが、それは口に出さずに坑道を進む。
ちなみに、彼女の服装はエーアシュタットから旅立ったときの軽装の装備だ。
あの刺激的な衣装のままだったら目のやり場に困り、採掘どころではなくなっていたので、ショウは胸を撫で下ろしていた。
トロッコを走らせるレールが敷かれ、それなりの幅もあるその道は、普通の松明程度では道幅を照らすことはできないだろう。
しかしリリィは内部の鏡面と絞りが変えてあるランタンを二種類、用意していた。
先を行く自分は横に広くはないが正面を遠くまで照らせるタイプ。逆に後ろのショウには広角を照らせるタイプを持たせてある。
坑道の壁には小さいランプが備え付けられているが、光が弱く、光源としては心許ない。
鉱山へ行くならこれくらいは用意しないといけないのか、とショウは改めてリリィの同行に感謝するのだった。
「ですが、レオーラ・ノレーヴェ様と言えばヴェコンのみならずエーアシュタットでも高名なデザイナーと聞き及んでおります」
「そうなんですか。彼女の仕事を間近で見学した身としてはその評価も当然だと感じますね」
「ショウ様がそう言われるなんて……それほどなんですね」
「いやいや、どの口が言うんだって話ですけど。でも、レオーラの腕前と情熱は素晴らしいと俺も思っていますよ」
「その修行の終わりとしてヴェコンで出会った冒険者の方のローブを作るんですよね」
「ええ、シャルムっていう子なんですが。設計図は完成したので、次は作成の素材を集めようかと」
「必要素材のリストなどはあるのでしょうか?」
「えぇっと、これです」
ショウは外套のポケットから一枚の紙を取り出し、リリィへ渡す。
一度立ち止まり、そのリストへ目を通して、頷く。
「これは、無理ですね」
「……え?」
予想外の言葉に、ショウは思わず素っ頓狂な声を出してしまう。
「いえ、全部という訳では無いのですが、いくつか希少素材の名前があるので……これをショウ様が自分で用意するとなると――」
「あー、もっと難易度の高い坑道を選ばないと、ってことですね」
「はい。モンスターも多く、強力な個体も出る所ですね。レオーラ様が本当にこれを?」
「確か、難しい素材はオークションとか見てみると良いって言われましたけど」
ショウの言葉に、リリィは納得したように再び頷く。
「その方がよろしいですね。ではそのためにも他の素材を集めつつ、売ってお金になるような物を中心に取って行きましょう」
「なるほど。了解しました」
「しかし、『こちら』と『こちら』はオークションにも滅多に出ないほどの鉱石です。今日明日でどうにかなるとは思えません」
リストの中から、リリィは二つの名前を指差す。
『星河龍晶』と『金絲鉱』。
ショウの表情が固まる。
アイリとケンのアドバイスを受けて、金絲鉱はショウのストレージボックスに保管しており、所持している事は秘匿にしてある。
くれぐれも外でその話題を出さないようにと、彼は二人から念を押されていた。
「あ、あー……そうなんですね。まいったなぁ」
「? ショウ様?」
「そんな希少な物、どうやって集めたものか……気長に地道にやっていくしかないですね」
「あの、どうかなされましたか? 様子が変ですが」
「あははっ、何のことですか? 俺はいつも通りですけど」
「は、はぁ……あのところで、金絲鉱の横にチェックマークが付いていますが、これは?」
ぎこちないショウを気にしないようにして、リリィは紙を見ながら訊く。
彼はご丁寧にも、出発前に現在持っている素材にチェックをしていたのだ。
ショウはリリィから紙を強引に奪おうと手を伸ばした。
しかし、彼女はそれを難なく躱す。
「他の低ランクの素材にもチェックがありますね。これだけなら入手済みのアイテムに付けていると言われても納得ですが」
「あ、あのリリィさん、返して――」
「まさかショウ様……」
真っ直ぐショウを見るリリィ。
ショウは向き合う度胸を持ち合わせておらず、視線を逸らした。
「――金絲鉱は最初からオークションで手に入れようと考えていましたか?」
「はい、その通りです!」
即答したショウは今度こそ、とリリィから紙を返してもらった。
リリィも彼の答えに納得した様子で――
「そうですね、その方が現実的だと思います。もうひとつの星河龍晶にもチェックをしておくことを勧めますよ」
「あっ、はい。そうします」
リリィに言われるがまま、ショウはリストの中の名前のひとつにチェックを入れる。
そして外套のポケットに紙を仕舞ったのを確認して、リリィは再び坑道を進み始めた。
彼女にくらいなら言っても良かったかもしれないが、壁に耳あり障子に目あり。
こういう誰が聞いているか分からない場所では、むやみやたらと喋らないに限るのだ。