6.砂漠の死闘
「っ!? ――へ?」
防御した後にそのまま組み伏せようと考えていたノート。しかしそれは叶わなかった。
彼女が受けた攻撃は今までもらったことの無い強い衝撃で、その場に踏ん張ることすら出来なかったのだ。
防いだにも関わらす、数メートルも身体を飛ばされたノートの頭は混乱して、焦りが生まれた。
何とか着地して、顔を上げる。
そこには棍を振りかぶり、次の攻撃を繰り出していたセラスが、目の前に居た。
小刀を持っていた右手を上げ、峰の部分に左手を添え防御しようとするノート。
(まともに受けるのは不味いっ!)
先程の衝撃を何発も食らうのは危険だと瞬時に判断したノートは攻撃が当たった瞬間、添えていた左手をわずかに引く。
攻撃の軌道が逸れ、彼女の横の地面に棍が食い込む。
衝撃から、砂柱が昇った。
それが好機と捉えたノートは一度距離を取ろうと後ろへ飛び退く。
しかし――
「――はっ!」
「ちょーっ! じょ、冗談でしょ!? 何なのさ、この子!?」
息を吐く暇も与えないように、セラスはノートにピッタリ張り付き、攻め続けた。
それを見ていたルナール、シャルム以外の三人は、開けた口を閉じようともせずにその光景に釘付けになっていた。
「ど、どうなってんだ? セラスの奴、いつにも増して強くなってないか?」
「当たり前だよ、ケンさん。今のアネゴは最強さ!」
「……なるほど、そういうことか」
嬉しそうに飛び跳ねているルナールの姿を見て、ケンはセラスの強さの秘密を悟る。
今のルナールは、常日頃から装備していた外套『リーブレ』を着ていなかった。
それを今装備しているのは、セラスだ。
【身体能力向上】のスキルが付いたリーブレを身に着けたセラスは、いつも以上の実力を発揮できるのだった。
加えて、破格の性能を持った武器、ネメスィの立て続けの攻撃に、ノートは猛攻から逃げ出せずにいた。
「ひ、ひぃいっ! ア、アヤ! ちょっ、ヘルプ! ヘルプミー!」
「いやよ。あんたが自分で煽った勝負でしょ? 自分でなんとかしなさい」
参戦する意思が無いことを示すように腕を組んで、二人の戦いを見守るアヤ。
増援が見込めない事が分かると、いよいよノートは追い詰められていく。
(というかこの動き、絶対現実でもやっている感じだ! 格闘技経験者!? 私は引きこもりゲーマーだってのに! 装備も私の方が数段下みたいだし、もうこの子より優れているのってプレイ時間しか無いんじゃない!?)
攻撃の隙を突こうと伺っていたノートであったが、それを体捌きで上手くフォローしているセラスの動きに、彼女は冷や汗を流す。
しかし、その流れの中で、一瞬だけ攻撃が止んだ。
「!? チャンス!」
レベル自体が低いのは諜報のスキルで分かっていた為、こちらの攻撃が当たれば倒すのは容易いと思っていたノート。
隙を見逃さず、持っている強化スキル、攻撃スキルを重ね掛けしていく。
渾身の一撃で、セラスの首筋に向けて斬撃を放つ……はずだった。
風を切る小刀がいつもより遅く感じ、それどころか身体の動きが鈍くなっていることにノートは違和感を覚えた。
気付いた時にはもう遅く――
「……『グラッジバインド』!」
「なっ……!?」
「――はぁっ!」
セラスが放った突きが、シャルムの魔法により動きを邪魔をされたノートの鳩尾を直撃した。
ぐふっ、と肺の空気を無理矢理出された彼女は、反射的に前かがみになる。
そして無防備となった側頭部に最後の横薙ぎがヒットして、ノートは倒れた。
「はぁ、はぁ――」
「……」
肩で息をしていたセラスが、ノートを見下ろす。
身体が光の粒にならない所を見ると、どうやら気絶しているようだった。
今のうちに離れようと、近づいて来たシャルムに顔を向けるセラス。
その時――
「セラスちゃん!まだよ!」
未だに拘束が解けていなかったアイリが、叫ぶ。
スキル使用者が神殿送り、戦闘不能になった際はその効果も消滅するため、まだそれを成し遂げていないことを証明していた。
アイリの言葉で、再びノートを見るセラス。
そこには、倒れながら不敵に笑う彼女の顔があった。
目を合わせると、白い歯を見せて――
「ざ~んねん」
「――っ!?」
――ドーンッ!
瞬間、周囲を巻き込む大爆発が起こり、シャルムを含む三人はそれに巻き込まれて光の粒となった。
爆風が離れていたケンたちにまで届き、一帯は砂埃が舞い上がり、視界を閉ざされる。
自らの命を代償に繰り出す忍びの最終スキル『自爆』。
高レベルのプレイヤーであるノートのそれは、凄まじい威力だった。
下手なダンジョンのボスクラスであれば、その攻撃に耐えるのはまず無理なほどだ。
「――くそっ!」
ようやく拘束が解けたアイリは、まだ視界が晴れていないにも関わらず、爆発の中心を目指して駆け出した。
「……ア、アネゴー!」
「ルナール! ダメだ、まだ危険だ!」
ルナールも爆心地へ向かおうとしたため、ケンはそれを阻止する。
彼もアイリも、戦闘態勢は解除していなかった。
「……」
ようやく砂埃が風に流され視界が開けると、爆発の中心にノート一人だけが立っていた。
死亡時、一日に一度だけ自動で発動するスキル『オートレザレクション』により、彼女は『復活』していたのだ。
足元に二つの携行カバンを見つけたノートは、それを手に取ろうと身をかがめる。
しかし、そんな彼女にアイリは跳躍して切りかかった。
――ガキンッ!
二本のバゼラードを一本の小刀で器用に受け止め、アイリの動きを止めるノート。
その顔は未だ興奮さめやらぬといった表情で、歯を見せていた口は口角が上がっていた。
「残念だったねぇ、あぁ残念。もう少しで私を倒せるところだったのにさ!」
「だったら、私が殺しきってあげるわよ!」
「んー、実力的には問題ないんだけど……あなたには無理さね」
武器を弾き、飛び退いたアイリ。
着地と同時に今度を姿勢を低く、地を駆ける。
腹から胸、首にかけて切り上げようと、右手のバゼラードを振る。
しかし――
「……『縛糸結界』!」
ノートがスキルを使用すると、アイリの足元から無数の糸が現れ、彼女の腕、腰、腿、足首に巻き付いた。
しばらくそれに力で耐えていたアイリも、最後は糸に巻かれ、その場に倒れる。
「くそっ! ほどけっ! 卑怯者っ!」
「つまりさ……あなたじゃ私と戦うのは、相性が悪いのさ」
素早い動きと斬撃を得意としているアイリに対し、ノートは相手の動きを封じて弱体化、無力化することを主な戦法としている。
いくらのアイリでも、動きを封じられるとどうしようもない。
「さっきの子の時はびっくりしてスキルを使うのも忘れちゃってたけどさ、なかなか面白かったよ」
そう言ったノートは一度アイリの頭を撫でて、再び携行カバンへ手を伸ばす。
どちらがシャルムの物か分からなかった為、二つとも中身を確認する。
しかし、そのどちらにも金絲鉱は入っていなかった。
「……ありゃ? 無い? おっかしいな、私の勘が外れるなんてさ」
「だから、最初に本人が言ってたじゃないの!」
「んー、まっ、いいさ。捜査が振り出しに戻っただけだしさ。君たちも、いい勉強になったでしょ?」
「殺してやる!」
暴れもがいているアイリを横目に、ノートはアヤの元へ戻る。
苦笑いを浮かべて頭を掻いたノートが、肩を竦めた。
「予想は大ハズレ。とんだ無駄足だったさ。付き合わせちゃったみたいでごめんね、アヤ」
「別に良いわ。面白いものは見せてもらったし」
「? あのプリーストの子?」
「あなたよ。初心者に負けそうになって自爆まで使うんだもの。しばらくクランの話題に事欠かないでしょうね」
「ちょ、ちょちょっ! それだけは勘弁して! あれは予想外の規格外だったんだから!」
「ま、私には関係ないけど。それじゃ街に戻るわよ」
踵を返して街の方へと足を向けたアヤ。
ノートは振り返り、ケンを見る。
「そこの子はしばらくすれば自由になるからさ。いきなり襲ってごめんね……あっそうだ、もし金絲鉱の情報を手に入れたら教えてよ。お礼はするからさ」
それだけ言うと彼女はケンの言葉は特に待たず、アヤを追いかけるように砂漠を歩き出した。
残されたケンは二人の姿が見えなくなると、ようやく戦闘態勢を解除したのだった。
「……だはぁ、マジか。紅焔の巨神と一戦交えるなんて、冗談じゃねぇぞ……って、そうだアイリ!」
「ケンさん!」
「ルナール、お前はセラスとシャルムにメッセージを。神殿から出てくるはずだからな」
「わ、分かった!」
その後、悔しさに震えていたアイリを回収してケンたちはセラスたちと合流しようと一度ヴェコンへ帰っていくのだった。