3.冒険の同行者
「うーん、困った」
通りを行き、目的地へ着いたショウは、ハウスの門の前で腕を組んでこう呟いた。
以前にここへ来たときはアイリやケンが一緒だった為、自動で門が開いて中に入れたのだが、今回は固く閉じられたままだ。
辺りを見ても呼び鈴のようなものは見当たらず、アイリとケン、レオーラくらいしか知り合いが居ないクランに無理矢理入るのも迷惑だな、と感じる。
メニュー画面を開いてみても、セラスからの返信は未だ無かった。
広場まで戻ろうかと思ったが、来た時に見た盛況具合を考えると歩くだけで疲れそうだと足が遠のく。
このまま一人で鉱山へ素材を集めに行こうとしてみても、よくよく考えてみるとパールが引く馬車はルナールが泊っている宿屋に預けているため、山まで向かう足が無いのに今更ながら気付いたショウ。
いよいよ手持ち無沙汰になっていたその時――
「――ショ、ショウ様!」
歩いて来た道の方から声を掛けられて、ショウは振り返る。
小走りで彼に近づいて来たのは、リリィだった。
「……えっ、リリィさん?」
疑問形で確認するショウ。
その原因は、彼女の服装が予想外のものだったからだ。
ヴェコンの冒険者ギルドで見た受付嬢と同じ、ベリーダンスの衣装に身を包んだリリィが、ショウの元までやってくる。
揺れる装飾と双丘に強い刺激を感じながら、ショウは驚きのあまり彼女から目を逸らすことが出来ないでいた。
「はぁはぁ……す、すいません、お一人で歩いている所をお見掛けしまして。何かあったのかと心配で」
「そ、それでわざわざ? いやぁ、特に問題なんかは無いんですが、セラスたちと連絡がつかなかったので、ぶらぶらと」
「はぁー、そうでしたか。それなら良かったです」
本当の所、ショウを見つけたのはリリィではない。
彼女は後日出演するパレードのダンスレッスンをしていたのだが、その時にケビンからショウが一人で出歩いていると連絡を受けた為、急いで追いかけてきたのだ。
ケビン本人が監視をしていた訳では無いようで、街の人たちからの情報のようだった。
ショウは一応、要注意人物ということでギルドから注目されている。
「ところで、リリィさん……その衣装は?」
「えっ、あっ、こ、これですか? えぇっと、実はですね、視察にもう少し時間を取りたいとここのギルドへ言ったのですが、そうしましたらギルドマスターから『どうせなら祭りに参加したらどうか』と言われまして」
「お祭り? それで踊るんですか?」
「は、はい……あの、似合っていませんか?」
薄く、肌の露出が多い大胆な衣装なのだが、リリィは居心地が悪そうに身体をもじもじさせる。
その仕草が初々しさを醸し出し、余計に妖しさが増していた。
ショウは耳まで赤くして、顔を横へ向ける。
「そ、そんなことは無いです。とっても、よく似合ってると思います!」
顔は横へ向けたのだが視線は彼女の開けられた胸元に、何かの引力に引っ張られるように結局そこに戻ってしまう。
その事に気が付いたリリィは、頬を赤らめ、身体を横へ向けた。
「あ、ありがとうございます。あの、それで……ショウ様はこれからどうなさるおつもりですか?」
「え、えぇっと……もう少しセラスたちからの返信を待って、来なかったら少し鉱山の方へ行こうかと」
「鉱山? 街を出るのですか?」
「? ええ、まぁ。そうなりますね」
ケビンの目が届くのは街の中だけで、荒野や砂漠、鉱山のこととなると情報が入るのが遅れる、ということは本人から聞いていた。
それは不味い。その先でもし深紅の戦姫に遭遇などしたら……。
リリィは胸の中で決意を固め、ショウへ向き直る。
「ショウ様、もしよろしければ、私も同行しても構いませんか?」
「えっ? 鉱山にですか?」
「はい。街の視察もそうですが、周辺のフィールドも見て回りたいと思っていたところでして」
「でも、モンスターも出るみたいですよ? 俺は威力偵察のつもりで行こうかと思ったんですが……」
「その点でしたら問題ありません。私も冒険者の端くれ。腕前は確かだとここに確約いたします」
「ですが――」
「正直に申し上げて、ショウ様おひとりの方が私は心配です。冒険の邪魔はしないので、よろしくお願いします」
「うっ……分かりました。俺も一人だと心細かったのは認めます。リリィさんが良ければ、是非」
「ありがとうございます!」
嬉しそうに笑顔で手を叩くリリィ。
刺激が強かったのか、ショウは再び横を向く。
「では、私は着替えてきます。門で落ち合うという事でよろしいでしょうか」
「そ、そうですね。ここから北東っていう話なんで、東門で」
「かしこまりました。では、また後ほど」
リリィは一度頭を下げて、すぐに踵を返す。
日に照らされた白く綺麗な背中を見送りながら、ショウは鼻の頭を掻くのだった。
――
店を出て、広場を練り歩いていたアヤは後ろをついて来るノートを肩越しに睨む。
「……なに?」
「や、だからさ、クランメンバーに凄むのはやめよって」
「だったらついて来ないでくれる?」
「そうは言ってもねぇ……『スノウ』からアヤを見守るように言われててさ」
「監視ってこと? ……スノウめサブリーダーのくせに」
「いや、だからじゃないのさ。私が居ればアヤも滅多な事しないでしょ」
「……ねぇ、ノート。あなたリスポーンの設定、ここにしてある?」
「いんや、ファストトラベルで来られるし、設定するだけ面倒だしさ」
「そう――」
「なんで剣を抜くのさ!? えっ、もしかして私をPKして追い返すつもり!?」
「五月蠅い、羽虫がね、居るのよ」
「だからって、こんな広場の真ん中でってさ! ちょっと冷静になろう? ね?」
「……ちっ」
恨めしそうに舌打ちをしたアヤが、剣を鞘に納める。
騒然としていた広場の一角は異様な緊張感に包まれ、シムたちは二人を怯え切った目で見る。
その事に頭をぺこぺこ下げながら、ノートは謝罪を繰り返す。
「……ふんっ」
鼻を鳴らしたアヤが、広場の東に向かって歩き出した。
その背中を、ノートが呼び止める。
「アヤ、そっちじゃないよ」
「なにがよ」
「こっちこっち。砂漠のエリアで修行中らしいよ」
「だから、なにがよ」
「幽爆の魔女ちゃんさ。多分、今度のイベントに向けてとかじゃないかな」
「あのね、さっきも言ったけど、私はあんたの用事に興味無いの」
「えぇ、こんなに探してもまだ見つかって無いんでしょ? だったらさ、探す所変えた方が良いんじゃない?」
「……」
「もしかしたら、アヤの探し人も居るかもしれないしさ」
確かにアヤはこの一週間、街中しか捜索をしていない。
話しによるとまだ始めたばかりと言っていたし、元々戦うという事自体に興味が無さそうな人物だ。
街で物作りでもしているのだろうと高を括っていたのだが、それも空振りに終わっている。
当てが外れて焦りを感じていた頃であったため、アヤはノートに向き直った。
「砂漠エリアね……行くわよ」
「そうこなくっちゃ! あっ、でも金絲鉱は私が見つけるからさ、アヤは手出し無用だよ?」
「分かってるわよ。興味無いし――っ!?」
ノートと歩き出した瞬間、アヤは立ち止まり、振り返る。
今、なにか懐かしい気配を感じたような……。
しばらくそちらの方向へ目を向け、人波を見ていたアヤであったが――
「アヤ、どうしたのさ。行くよー」
ノートの呼びかけに答えるように、アヤは西門へ歩き出すのだった。