2.サイバー忍者、ノート
広場の露天商店は今日も人でごった返していた。
それに加え、普段は何もないスペースでも祭りの屋台が準備をしていたため、とても部外者が入り込む余地は無い。
そんな広場を囲むように並ぶ店の二階のテラス席に、あの『深紅の戦姫』が座っていた。
興味は無さそうに、しかし行き乱れる人々の顔を流し見るように、頬杖をつきながら階下を眺めている。
もちろん……と言えば良いのか、彼女の周りには他の客は一人も居ない。
「おーおー、こんな所に黄昏れのお嬢様がひとり。同席、よろしいですか?」
誰が近づいて来たか声ですぐに察した彼女が、気怠そうに視線をそちらへ向ける。
「何の用よ、『ノート』。私はまだクランに帰るつもりは無いわよ」
「うっわ、目つき悪っ! 『アヤ』が心配でわざわざ様子を見に来てあげたって言うのにさ……」
ノートと呼ばれた少女と言っても差し支えない容姿の、忍び装束が目を引く女性が肩を落としながら近づいてくる。
そのままアヤと呼ばれた『深紅の戦姫』の向かいの席に座り、足を組む。
ノートを追うように動かしていた視線は、彼女が座る前に広場に戻されていた。
「それで、一週間もクランに顔も出さずに探している『王子様』は見つかったのかにゃ?」
「……あ?」
猫のような語尾と仕草でノートが身体を前にして訊くと、彼女はアヤの逆鱗に触れたことを悟る。
「あっ、いや……冗談さぁ、ヤだなぁ」
「……ちっ」
「や、クランメンバーに舌打ちはやめよ? なんか、クるからさ」
涙を薄く浮かべたノートが苦笑いをする。
深緑の髪を結い、揺れるポニーテールが印象的な忍び。
しかし、黒の装束の端々に赤く光るラインが目立っていた。
本人曰く、『サイバー忍者』らしいが、暗闇で目立つ忍びなど役に立つのだろうか?
そんなノートは気を取り直したように、一つ咳ばらいをして話しを再開させた。
「でも、本当にどうしたのさ。皆も最初はイベントに向けての下見だろうって言ってたけどさ、エーアシュタットにも行ったんだって?」
「……別に。ただ人を探しているだけよ」
「んもー、それだったら一声かけてくれれば良かったのにさ。私、こう見えても諜報活動得意なんだけど?」
「……個人的なことだから、助けなんて必要ないわ」
「それはそれで興味がそそられるんだけど……個人的にさ」
含み笑いを浮かべて、再び身体を前へ倒したノートがアヤの顔を覗く。
「ふんっ……どうせあんたの目的は別でしょ?」
「ありゃりゃ、お見通しか。そ、私がこの街に来たのは最近『噂』になってる、『あれ』さね」
「荒野で金絲鉱を掘り当てたっていうやつね」
ご名答、とアヤを指差してノートは自分で持ってきたアイスティーをひと口。
それを横目で見ていたアヤは、大して興味が無いように軽く鼻から息を吐いた。
「私はデマだと思うけど。荒野の採掘ポイントで出るようなモノじゃ無いし、未だにオークションにも出ていない。結構な数の冒険者たちが荒野に向かったけど、自分も掘り当てたなんて奴はひとりも居ない」
「確かに、普通じゃ考えられないさね。でも、火のない所に煙は立たない……ちょっと好奇心が擽られてね」
「あんたご自慢の、勘ってやつ?」
「そ。アヤもこの街に居るって聞いたからさ、詳しい話でも聞けたらなって思ってたけど――」
「……」
アヤは頬杖をついたまま、広場に目を向けていた。
「その様子だと興味は無いみたいだし、私は私で調べてみますかね」
「当てはあるの?」
「こういう時は犯人の立場に立ってみるのが大事なのさ」
本人の預かり知れない所で、謂れのない罪をかけられてしまったショウ。
ノートは人差し指を立て、得意気に持論を語っていく。
「もし、本当に金絲鉱を掘り当てたというならば、できることは二つさ。装備の作成か、オークションへの出品。自分乃至身内に高レベルの生産系ジョブが居なかったとしたら、外注するしかなく、オークションと同じように足がつくはずさ」
「金絲鉱の話から装備の話に変わるってことね。大っぴらに身バレするってわけか」
「話が出始めたのは一週間ほど前。これまでそう言った話題が無い、ということはさ――」
「まだ本人が金絲鉱を持っている?」
「正解。ではなぜ持っているのか?」
「さぁね。コレクションにでもしたんじゃない?」
頬杖を解き、アヤは店のメニューのホログラムを展開して、飲み物のお代わりを注文する。
そんな彼女が見えていないのか、ノートは話しを続けていく。
「確かにその可能性はゼロじゃないさ。激レアな金絲鉱を手元に残しておきたい気持ちはよーく分かる……でもさ」
ぎこちない足取りで店員が飲み物を持ってきた。
カタカタと細かく震えながら、それでも何とか零さずにテーブルの隅へ置く。
ソーサーの半分ほどがテーブルからはみ出していたが、お構いなしに店員は駆けてその場を離れて行った。
「私はもう一つの可能性があることに気が付いたのさ。作成もせず、オークションにも出さないのはなぜか」
「ゲームを辞めたとか?」
「クランに所属しないソロのプレイヤーだとしたら……後ろ盾も無く、どっちを選んでもリスクが大きく、行動を起こせずに手をこまねいているとしたら?」
「……」
「襲われるかもと分かっていてソロプレイヤーが大々的に自分から名乗りは上げない。そして、この街には私たちの居る街とは違うある特徴があるのさ」
「特徴?」
「クランに所属しないで活動しているプレイヤーは、『目立つ』らしいのさ」
ひっひっひ、と卑しい笑い声を上げるノート。
これは何か悪いことを企んでいる合図だ、とアヤは経験から分かっていた。
「その中で一人、噂が出る直前まで頻繁に荒野へ通っていたソロプレイヤーを突き止めたのさ」
「もう目星がついているのね」
「そのプレイヤーの名前は……幽爆の魔女、『シャルム・カンターメ』。彼女が金絲鉱を持っているに違いないさ!」
プレイヤーたちの金絲鉱を巡る騒動は終わりを見出せていなかったが、そんな事はつゆ知らず、ヴェコンは順調に準備を進めて祭りの彩りを濃くしていくのだった。