1.旅のお供、ポラリス
ショウがレオーラの店に足繁く通うようになって一週間が過ぎた頃、岩と砂の街ヴェコンは日を増すごとに騒がしくなっていた。
その理由の一つは、街全体の祭り『スタンピート・フェスティバル』の開催が近く、シムたちが準備に追われているためだ。
出店や会場の設営に加え、街の飾りつけやパレードの練習など、実に活気に満ちている。
一方でそんなシムたちと関わりを持たない者、プレイヤーの冒険者たちはというと、別の話題で持ちきりだった。
それは、『荒野のどこかで誰かが金絲鉱を掘り当てた』という噂。
冒険者ギルドたちの間で広まり、今では他の街にもその噂が広がっていた。
ある者はその掘り当てた人物を探し、ある者はオークションの出品に目を光らせ、またある者は自ら掘り当てようと荒野で寝泊まりを繰り返す。
こちらもある意味お祭り騒ぎであったが、騒いでいるのは一部のプレイヤーだけであり、ヴェコンに居る大半の冒険者たちはとばっちりは御免とだんまりを決め込んでいる。
そんな様々な思惑と野望が入り乱れた街で、熱気が肌でも感じられるようになった頃、ショウとレオーラの共同作業は佳境を迎えていたのだった。
「――これでシャルムが希望に出した要素は、全部まとまったと思うんだけど」
「そうねぇ……とっても素敵だと思うわ! ワンダフルッ!」
「はぁ、良かった。レオーラにそう言ってもらえると安心するよ。最初の方なんてやり直しって言われてばっかりだったから」
「それはショウがもっと出来ると思っていたからよ。ワタシの予想通り……いえ予想以上のモノよ、これは」
「案を出し合って、シャルムに喜んでもらえるように考えて作る。やっと製図が完成した段階だけど、良い経験になったよ」
レオーラの店、イルミナーレの作業室で机に広げられた製図を見ながら、二人は笑い合った。
共同で作業をしていくうちにお互いに打ち解けた関係になっていたショウは、最初こそレオーラに対して敬語も使っていたが、今は気を許して会話が出来ている。
「これでやっと作成に移れるね。造形師なら裁断や裁縫の工程を短縮できるから、今日にでも仕上がるかな」
「んー、ノンノン! まだこれから大事な作業が残っているわよ」
「大事な作業? 他に何か……」
「素材。製図を作る前に言ったでしょ? 出来る出来ないは置いといて、好きなように考えてみましょうって」
「ああ。その言葉通り、大分ファンタジーな感じのローブが出来たけど」
「その案を現実にするためには、ちょっと素材が足りないのよね。ワタシが個人的に用意しても良いんだけど、それじゃ意味が無いんでしょ?」
「そうだね、確かに。そこは俺がなんとか用意したいと思う」
「ショウならそう言うと思ったわ! これが必要な素材のリストよ」
レオーラが取り出した紙を受け取り、内容を確認するショウ。
それに書かれた素材は鉱石類と思われる名前が多く書かれていた。
「この素材は採掘ポイントで掘れるんだよね?」
「ええ、この街を北東へ行くと鉱山があるのだけれど、そこでなら揃うと思うわ」
「北東……砂漠エリアの反対側か。分かった、行ってみるよ」
「ちょっとちょっと、ひとりで行く気? モンスターも出るし、それは無茶ってものよ」
「うっ……そうなのか」
すぐにでも鉱山へ向かおうとするショウを止め、レオーラは肩を竦める。
数日間作業を共にしていた為、彼女もショウがどれだけ非力かは理解していた。
「どうしても難しい素材は市場やオークションなんかを見てみると良いわ。それと、これまで散々ワタシがあなたを独占しちゃったみたいだし、パーティーメンバーの子たちと行けば良いんじゃないかしら」
「そういえば……最近戦闘というもの自体をやっていなかったな」
「ずっとここで缶詰め状態だったものね。店の仕事も手伝ってくれてたから、ワタシも助かっちゃったけど!」
「街周辺どころか、街中も満足に散策していなかったし……丁度良い機会かもしれないね」
「ワタシは他の仕事が残っているから一緒に行けないけど、困った事があったら来て頂戴。相談には乗れるわ」
「ありがとう、レオーラ。一回セラスたちと連絡を取ってみるよ」
ショウはメニュー画面を開き、フレンドリストからセラスを選んでメッセージを送る。
しかし、十五分ほど経っても返信が来なかった。
なにか問題でもあったのだろうか、と心配していると――
「アイリやケンも一緒だろうし、大丈夫よ。クエスト中で気付いてないだけだと思うわ」
レオーラが二人分の紅茶を手に、彼の元へ戻って来る。
それを受け取りながら、そうだよな、と自分に言い聞かせるショウ。
そんな彼を見ながら、レオーラは微笑んで、紅茶と一緒に持ってきた一枚のスクロールを机の上に置いた。
「これ、探索には必要になるだろうから貰って頂戴。仕事を手伝ってくれたお礼だと思ってくれれば良いわ」
「……これは、外套の設計図? 本当に良いのかい?」
「ええ、もちろん。これでも足りないくらいよ。前回のはあのシムの子に使っちゃったんでしょ?」
「ああ。そうか、装備の新調とかも考えないとなって思っていたんだった」
「じゃあそれはあなた用。ちゃんとサイズも合わせてあるから、すぐに使えるはずよ」
「いつの間に……さすが職人。目測もお手の物、ってことだね」
「シャルちゃんの作成の練習だと思って。布なんかはここにあるのを使って良いわよ」
「ありがとう。じゃあ、さっそく――」
ショウはスクロールを手に、原型師のスキル『編集』を使用し、立体空間の作業台を展開させた。
その上には、レオーラがデザインした外套が3Dで表示されている。
外見の変更は行わず、使用素材の項目だけを今持っている最高の素材にして、さらに店の棚にあった特別な布を少し分けてもらった。
そうして編集を完了したショウは『保存』を押して立体空間を閉じる。
新たに現れたスクロールの上に素材を置き、『万能の槌』を打ち付けた。
「――よし、完成だ」
光が弾けて生み出された外套を確認して、ショウが胸を撫で下ろす。
それを手に持ち、性能を確認するレオーラ。
彼女は最初こそ驚愕の表情を浮かべたが、すぐに呆れ顔になり、それをショウへ渡す。
「流石、の一言だわ。こんな規格外、お客さんには出せないわ」
「レオーラが俺に贈ってくれたものだからね。半端な出来にはしたくなかったんだ」
「にしたってこの性能……ワタシの中の常識が崩れ去る音が聞こえたわよ」
レオーラが困り顔のまま笑い、ショウも苦笑いで答えた。
手渡された外套を受け取り、性能を確認する。
『天心のマント:友に贈るは天の中心。かの道に光あらんことを――レオーラ・ノレーヴェ 【魔法耐性・極】【属性軽減・極】【環境順応・最高】【状態異常無効】【危険察知】【装備スロット追加・サブ】』
レオーラの仕事を手伝い、造形師のレベルが上がっていたのはショウも理解していた。
それでも完成したマントの性能を見て鼻の頭を掻いてしまうのは、自分が思っていたより破格のモノが出来てしまうからだろう。
出来てしまったのだから仕方ない、とショウはそれを装備し、着心地を確かめる。
未だ村人装備一式ではあるが、それも大半がマントで隠れたため、外見だけなら旅人風に見ることができた。
姿見で自分を映しながら、ショウは満足気に頷く。
「少しはらしくなったかな」
「外見はね。中身は化け物クラスだけど」
「んー、でも物理攻撃の耐性が無いから、そこは注意しておいた方が良いかもしれない」
「ふぅ……無いものねだりに聞こえるけどね」
お互いに顔を見合わせて笑い合う。
その時、店の売り場からアシスタントのサルマがやってきて、レオーラに声を掛ける。
「オーナー、すいません。フィッティングの予定をしていたお客様がご来店されました」
「あら、もうそんな時間?」
「それじゃ、俺は行くよ。邪魔しちゃ悪いし」
「でもショウ。みんなとは連絡取れていないんでしょ? なんだったら返信が来るまでここに居ても良いのよ」
「いや、返信が来た時の為にハウスの近くまで戻っておくよ。その方が合流しやすいだろうし」
「そう、分かったわ。それじゃ素材集め、頑張ってね」
「ありがとう。また揃ったら顔を出すよ」
そう言ってショウは売り場の方ではなく、裏手の従業員用の扉から路地裏に出た。
人目の多くとまる所で自分みたいな村人の風貌が店に居れば迷惑が掛かると思い、ここに通うときはこちらを利用していた。
レオーラはそんな気にする必要は無い、と言っていたが、それでもショウはその方が俺も気が楽だからと譲らなかった。
路地裏から広場へ続く通りに出て、途中にある空き家の前でいつもログアウトしていたショウ。
しかし今日はそのまま通り過ぎ、オルトリンデのハウスを目指して歩き続けた。
広場が遠目に見えて来たところで、そこを右に曲がる。
この道を外壁の辺りまで行けば、そこが目的地だ。
ショウは作ったばかりのマントを靡かせ、足取り軽く通りを行くのだった。