10.共同作成
レオーラが席に戻り、ルナールが落ち着きを取り戻した頃、メイドが紅茶のおかわりを淹れるのを見守りながらアイリが今回の招集について説明を始める。
エーアシュタットの件についてはクラン内でも情報共有はされていた為、ヴェコンへ発ってから今までの出来事を話す。
もちろん、ショウが造形師に就いていることも含めて。
「噂には聞いていたけど、素材を手に入れるスキルや作成は想像以上ね。その子の外套もそうだけど、ワタシが作ったってそこまでの性能は引き出せないわよ」
「どう? レオ。この先輩と一緒に一着、服を作ってみたくない?」
「……なるほどね。アイリが呼び出すくらいだからまた我が儘が始まったと思っていたけど、どうやら気まぐれの方だったみたいね」
「失礼しちゃうわね、これでも親切心で動いてるつもりだけど?」
「あなたの中ではね。まったく、昔からそうなんだから、あなたは。いつも付き合ってるケンも大変ね」
「いや、俺は好きで付き合ってるからな。アイリと居ると飽きないし」
「はぁ、惚れた弱みってことかしら」
「ちょっと、レオ! 話を逸らさないでくれる?」
少し顔を赤らめたアイリが、コンコンッと手の甲でテーブルを叩く。
「もちろんあなたが言いたいことは分かってるわ。ワタシの作品を彼に作らせて、その魔女ちゃんに贈るってことでしょ?」
「そう! 見てみたくない? ヴェコン最高のデザイナー、レオーラ・ノレーヴェが作った最強の装備ってやつを」
「最強、ね……ワタシは別にそんなのに興味は無いんだけど」
「私が見たいの! みんなだって見たいはずだわ!」
「ほら、ごらんなさい。やっぱり我が儘だったじゃない」
クランメンバーで話し合いをしているのを、ショウたちは基本蚊帳の外でその光景を見守っていた。
そんな中、今の会話を拾ったセラスが、ショウへ耳打ちをする。
「……レオーラさんって、デザイナーさんだったんですね」
「みたいだね。言われてみれば確かに……美意識は高そう、かな」
「アニキ、あの人にはあまり関わらない方が良いんじゃ……」
「……デザイナー……レオーラ・ノレーヴェ……あっ」
何かに気付いたように、シャルムが小さい声を上げる。
「……もしかして、『あの』店の?」
期待の眼差しでレオーラを見るシャルム。
それに気付き、彼女に答えを言ったのはしたり顔になったアイリだった。
「その通り。このレオがあの店『イルミナーレ』の店主兼デザイナーなのよ」
「これでも前回開かれたファッションコンテストで優秀賞だったんだぞ」
「ケンってば、やめてよ。優秀賞なんて何人も居るんだから、自慢する程の事じゃないわ」
「いやいや、十分凄いだろ。あんなたくさん居て、上から数えた方が早いんだから」
「それで自信がついてあの店を始めたんだから、胸くらい張ってもいいんじゃない?」
「胸を張る、ねぇ……こうかしら」
レオーラがフンッと逞しい胸筋を踊らせると、身に纏った薄手のドレスはくっきりとその形を浮かび上がらせた。
これはもしかしてギャグなのか? と不安になったショウはセラスたちを見る。
三人とも刺激が強かったのか、口を半開きにして唖然としていた。
そんな事はお構いなしと言った様子で、アイリがシャルムに声を掛ける。
「どう、魔女ちゃん。あなたが焦がれていたデザイナーの服、欲しいでしょ?」
「…………でも」
「命の恩人に贈る品としてはこれ以上ない最高の考えだと思うんですが、どうですか? 先輩」
「確かに。俺もあの店で見た服には感銘を受けた。妥協せず、自分のアイディアを好きに描く。そんな職人魂みたいのを感じた」
「あら、そんな面と向かって言われると照れちゃうわ。おほほっ」
「もしシャルが受け取ってくれるなら、レオーラさんと一緒にモノを作ってみたい」
「……ん」
ショウの顔をまっすぐ見ていたシャルムが、頬を赤く染めながら小さく頷く。
どうやら本人の了承を取り付けることが出来たようで、それを確認したショウもしっかりと頷いた。
「話はまとまったようね。それじゃ、一緒に仕事をするパートナーとして頑張って行きましょう、先輩さん」
いつの間にか後ろに立っていたレオーラに、多少の慣れが出来てきたのか、ショウは臆することなく席を立ち、手を差し伸べた。
「こちらこそ、よろしくお願いします。レオーラさん」
「ん~、良い目をしているわね。これは楽しい仕事になりそうだわ」
二人は固い握手を交わし、笑顔で頷き合う。
「……アネゴ、本当に大丈夫なんすかね」
「……ショウさんを信じましょう」
そんな二人を見守っていたセラスとルナールの心は、不安でいっぱいになっていた。
「それじゃ、さっそくやることをやっちゃいましょうか!」
握手を終えた後、レオーラは胸の前で手を叩いてショウとシャルムへ行動を促す。
早々に作業を言い渡されたショウは首を傾げる。
「やること?」
「まずは魔女ちゃんの採寸からね。後はどんなデザインにするか本人の希望を聞いておかなくちゃ」
「なるほど、確かに。シャルムも良いかな?」
「……ん……良い」
「おほほっ、それじゃあウチの店に行きましょう。道具も揃っているし、作業は店でやるからそっちの方が良いわ」
「分かりました。セラスたちは――」
「それだったら俺たちが一緒に居るぞ」
「そうね。この街や周辺の狩場なんかを教えてあげるわ」
セラスとルナールは自分たちを見て来たショウへそれで構わない、と頷いて答える。
「彼は次回以降もワタシと作業するけど、魔女ちゃんとは明日以降に合流してね。完成できるまで秘密にしておいた方がサプライズになるでしょ?」
楽しそうに身体をくねらせるレオーラを苦笑いで見る四人。
「昨日の段階でフレンド登録はしてあるので、合流は問題ありません。シャル、また何かあれば連絡を頂戴」
「……ん」
「じゃあ、行こうか。セラスとルナールも、気を付けて」
「はい。ショウさんも頑張ってください!」
「アニキ、どうかご無事で……」
アイリとケン、セラスとルナールに見送られて、ショウたち三人はハウスを出て行った。
残された四人は各々に軽いため息を吐き、どっと感じた疲れを少しでも軽減しようと紅茶に口をつける。
「ふふっ……ねぇ、次会った時先輩もドレス姿だったらどうする?」
アイリの心にも無い一言で、場が凍りつく。
言った本人も含めてその場の全員が、レオーラのようになってしまったショウを想像してしまったのだろう。
可笑しそうに笑っているアイリ以外のメンバーは表情を暗くした。
「……想像しちまったぜ。不意打ちはやめろよ、アイリ」
「ショウさん……」
「うぅ、アニキぃ」