9.レオーラ・ノレーヴェ
そんな他愛ない会話を続けていると、通りに繋がる両開き扉が勢いよく開かれた。
驚いてそちらへ顔を向けるショウたち四人。
だがアイリとケンはやっと来たか、というすまし顔で紅茶をひと口。
扉から入ってきた大柄な影は、勢いを弱めることなくドカドカッと音を立てて近づいてくる。
「ちょっと~! アイリったら、また昔のことでワタシを脅して~! こう見えても忙しいのよ――って、あら?」
「…………」
声の主が、『野太い声の巨漢』だったことに驚いた沈黙ではない。それも多少あるが。
衝撃的だったのは、彼(彼女?)が女性用と思われるパネルレースのタイトドレスを着用していたことだ。
明らかにカツラと見て取れるブロンドのウェーブヘアに、濃いチークと真っ赤な口紅。
ヒールを履いて身長二メートルに届きそうな大男は、ショウたちを見つけて重そうなまつ毛をパチパチと上下させた。
「あら、お客さん? 珍しい、アイリがハウスに招くなんて」
「ほっといてよ、レオ。こちらは私とケンのお客よ。あなたに話があるの」
「アイリ! ワタシは『レオーラ』! そんな厳つい名前で呼ばないでちょうだい!」
「はいはい。どっちでも良いから、座って下さいな」
「んもうっ!」
再び音を立てて歩き出したレオーラは、ショウたちと向かい合わせの位置に腰を下ろした。
まだ彼(彼女?)のキャラにショックを隠せない四人は、ただそれを見守ることしかできなかった。
一度の咳払いの後、アイリは立ち上がり、改めてレオーラを紹介する。
「先輩、こちら私のクランメンバーで仕立屋をやっているレオーラです。レオーラ、こちら私の大学の先輩と、そのパーティーメンバーの皆さん」
ショウ、セラス、ルナール、シャルムとそれぞれ挨拶をして、興味深そうに頷きながら聞き入るレオーラ。
自己紹介が終わると、レオーラは笑顔で自分の胸に手を当てた。
「ワタシは『レオーラ・ノレーヴェ』よ。よろしくね、原石ちゃんたち!」
「げ、原石? 俺たちが?」
「そう! あなたたちはまだ磨かれていない宝石、原石! でも大丈夫、美しくなりたいと努力をすれば宝石よりも輝く存在になるわ!
」
「アニキ……このおっさん、何言ってるっすか?」
――ドスッ!
「……」
音が聞こえてから、ルナールの顔の横、椅子の背もたれに投げナイフが刺さっていることに初めて気付くショウたち。
四人は恐怖で固まり、悲鳴を上げることすらできなかった。
立ち上がったレオーラがゆっくりとルナールの席に近づき、背もたれに手を掛ける。
大きな顔を刺さったナイフの位置まで持ってきて、椅子からそれを抜きながらルナールに耳打ちをした。
「うふ、こんな美人捕まえてなんて事言うのかしら、この子は……ワタシが、なんですって?」
「ひっ……ひえ、にゃんでも……ありゃましぇん」
涙を目尻に溜め、奥歯を鳴らしたルナールがやっとの思いで言葉を絞り出す。
殺気も、ナイフを投げる動作すら分からなかったショウたちは、冷や汗と共に固唾を吞む。
それにため息を吐いたアイリがレオーラを窘めた。
「レオ、その子はシムよ。あんたみたいな人種、見たことも無いでしょうから大目に見てあげて頂戴。先輩たちもすいませんでした、事前に注意喚起をしておけば良かったですね」
「い、いや……こちらこそ、ウチのルナールが失礼な事を言ってしまって申し訳ありませんでした」
「あら~! 分かってくれれば良いのよ。今回はお互い、水に流しましょ? ねっ?」
「ひゃ、ひゃい」
「ルナール……大丈夫かい?」
「もう、そんな生まれたてのトムソンガゼルみたいに震えなくて大丈夫よ。可愛いんだから、笑顔笑顔――っ!?」
小刻みに震えているルナールの肩に手を置き、彼女を気遣っていたレオーラが、固まる。
ルナールの外套、『リーブレ』に触れた瞬間だった。
驚きのままだった顔は興奮からか、徐々に赤くなっていく。
「こ、これはワタシが製図した外套!? え、でもこの性能……え~! アンビリーバブル!!」
「ひゃぁあっ!」
興奮が最高潮に達したのか、レオーラは外套を詳しく見ようとルナールごと持ち上げて、顔を近づけた。
悲鳴を上げたルナールを気にするわけも無く、彼(彼女)は食い入るようにそのまま三百六十度、余すことなく観察する。
「ひっぐ……うぇ……」
嗚咽が聞こえるようになると、呆気に取られていたショウが正気に戻る。
「あ、あの! ルナールが怖がって……驚いているので、下ろしてもらえませんか!?」
「――っ!? ……あら、ワタシったらつい気が動転しちゃって。ごめんなさい、ほんと」
「ルナール!」
「ア、アネゴ~!」
ゆっくり下ろされたルナールは自由になると、両手を広げたセラスの胸に飛び込む。
セラスの服に顔を埋めるように泣き出したルナールの頭を、セラスは優しく撫で続けた。
「でもそれは間違いなくケンに頼まれて私が製図したモノよ。使用されている素材や細かいところは変わっているみたいだけど……」
「それを作成したのは、そこに居る先輩よ」
「な、なんですって!?」
ルナールに向いていた顔が、今度はショウに向き直る。
一歩後退ったショウは固い笑顔を浮かべて、死を悟った。
「こんな見るからに初心者の子が!? サイズやデザインの変更は全然だけど、素材や能力なんかは素人の仕事じゃないわよ!?」
「は、はい……すいません」
「どんなマジックを使ったの!? 是非ともワタシに聞かせてちょうだい!」
「はい……すいません」
「レオーラ、少し落ち着けって。さっきからこいつら、お前の勢いにビビりっぱなしだぞ」
見かねたケンが今にもショウに飛びつきそうなレオーラに声を飛ばした。
腰を落とし、両手を広げるように上げていたレオーラはその言葉で我に返り、周りを見回す。
まだセラスに抱き付いて顔が見えないルナール以外の三人の表情は、固い笑顔と恐怖で化粧していた。
「あ、あらやだっ! ワタシったら、つい興奮しちゃって……や~ねぇ、もう! そんなモンスターを見るような目をしないで頂戴!」
決まりが悪そうに四人から離れ、元の自分が座っていた席へ戻るレオーラ。
その途中、アイリはニヤニヤしながら――
「先輩、職人っていう連中は大なり小なりこんなのばかりですよ。先輩も今のジョブを極めたら、もしかしたらこうなっちゃうかもです」
「そ、それはダメですっ! ショウさん、ジョブを変えましょう!」
「アニキ! あんな風になっちゃイヤっす!」
「や……いやいや」
セラスとルナールに詰め寄られ、ショウはたじろぎながらも手を振り、否定する。
『まだ』自分はまともで、これからも変わることは無い……と思いたい。
そんな三人を見て笑っているアイリを横目に、ケンはため息を吐いて肩を竦めるのだった。




