8.ハウス
エントランスでの騒動を経て、それぞれがある程度回復したのを見計らうと、ショウたちはアイリに連れられて冒険者ギルドを出ていた。
先頭にアイリ、そのやや後方にまだ首に手を当て回しているケン。
その後ろにショウ。セラスはルナールとシャルムに挟まれて最後を歩いている。
ギルドで騒ぎを起こしてしまったため、急遽アイリたちのクラン『オルトリンデ』の『ハウス』で話し合いという運びになった。
しかし、先を歩く二人の足取りはやや重だ。
「しっかし、金絲鉱だってよ。なんで荒野の採掘ポイントで出るんだよ……聞いたことあるか?」
「あるわけないでしょ? 掘り当てたっていう話なんか出たらそれこそ噂で持ち切りよ」
「だよなぁ。あそこで叫んだのは不味かったな」
「あんたのせいでしょうが、それは。まったく、先輩のやることに一々驚いてどうするのよ」
「……まぁ、持っていたのがショウだし、初心者の冗談だと周りが思ってくれていれば良いけど」
「どうでしょうね。私はまた一波乱起きそうな予感がプンプンしているけど」
「早急に手を打っておいた方が良いな」
二人は顔を見合わせて頷き合った。
まだ解決案など思いつくわけも無いが、思案することをやめることの方が愚策だという考えは一致する。
「――ケン」
「ん?」
その時、後ろからついてきていたショウがケンを呼び止める。
振り向いて彼を見ると、さらに後ろを見るように指で差された。
従って見ると、セラスたち三人が店のショーウィンドウを食い入るように眺めている。
どうやらオーダーメイドのブティックのようで、主にセラスとシャルムが飾られている服を指差し、上機嫌で会話をしていた。
まったくこいつらは人の気も知らないで、と肩を竦めながら近づくケンたち。
「おいおい、あまり離れると迷子になるぞ?」
「あっ、ごめんお兄ちゃん。実はシャルムが欲しがっていた服が、この店にあるみたいでつい」
「ああ、それを買うためにひとりで頑張ってるって話だったか?」
「……ん」
頷いたシャルムに並ぶように、ショウも彼女たちと同じものを見る。
「へぇ、派手ではないけど、細かいところまで意匠が感じられるね。プロの仕事って感じだ」
「……ん……一目惚れ」
ショウの顔をまっすぐ見つめて、熱を帯びた目でシャルムが言った。
「シャル、服の話よね?」
「……? ……ん」
頷く彼女を見て、ほっと胸を撫で下ろすセラス。
そんな彼女を不思議そうな顔で見ていたシャルム、ショウ、ルナール。
今の会話で、服以外の何を言ったと思ったのだろうか?
「あれ? ケン、この店って……」
「あー、俺も今気付いた。『あいつ』んとこだな」
「あいつ?」
店の看板『イルミナーレ』の文字を見て、アイリとケンは顔を見合わせる。
二人の言葉に首を傾げるショウ。
「あっ! ……うふふっ」
しかし次に声を上げたのは隣のアイリだった。
何かを思いついたように含み笑いを右手で隠して、ショウの肩を叩く。
「先輩、良い事思いつきましたよ」
「い、良い事って?」
「この子へのお礼、ですよ」
説明の為、とアイリは再びショウたちをハウスへ先導する。
頭上に疑問符を浮かべた面々を手招きで導き、彼女は楽しそうに歩き出す。
肩を竦めたケンに背中を押されて、ショウはアイリを追いかけるのだった。
――
クランが所有している『ハウス』とは、本拠地の当て字であることから大体がグループで所有する物件の事を指す。
アイリがリーダーのクラン『オルトリンデ』もハウスを所有しており、ここヴェコンに建っている。
外壁にほど近い、街の中心から離れているという立地なのだが、大きさは十人程が生活できるであろう立派な家構えだ。
中庭があり、それを囲むように平屋が口の字に建てられていた。
両開きの扉を潜ると、まず天井が高く開放感のある広間に入る。
クランメンバーが全員揃ってミーティングもできるような造りで面積は広く、中庭に面している所はすべてガラス張り。
さらに左右の壁には廊下へ続く扉があり、広間を除いた冂の字はクランメンバーの自室となっているようだ。
「さぁ、入ってください。狭いところですが、どうぞどうぞ」
実際に住んでいる人物から言えばばそうなのかもしれないが、招かれた側からしてみれば嫌味にも聞こえる立派なハウスだ。
「すごい! とっても素敵なところです!」
「そうだね。思っていたのと趣は違うけど、それ以上に立派な家だよ」
「アニキ、アネゴ! 庭! ガラスの向こうに芝生があるっす」
「……緑……きれい」
四人がそれぞれにアイリたちのハウスに感銘の声を上げる。
それを笑顔で受けたリーダーはご満悦の様子で、四人を広間にある円卓へ案内した。
「えー、それでは……先輩が彼女に送るお礼について、私から提案があります。っと、その前に――」
アイリは全員が着席したのを確認して、手元に置かれていた小さなハンドベルを鳴らす。
するとすぐに廊下へ続く扉が開かれ、一人のメイドが入ってきた。
卓から離れた所でとまり、頭を下げてアイリの言葉を待つ。
「飲み物を人数分お願い。それと、『レオ』に召集をかけて頂戴」
「かしこまりました」
一言返事をして、メイドがさがる。
その姿を見ながら、ルナールが首を傾げた。
「あのメイド、シムでもないようだけど……」
「あら、気付いた? 彼女は『自動人形』よ」
「オー……なんだ、そりゃ?」
「ウチのクランのメンバーが作った、アンドロイド? みたいな」
「?」
一介のシムであるルナールは要領を得ないようだったが、ショウたちプレイヤー組は現実でも馴染みが深い言葉に納得して頷く。
「人と見分けがつかなかったよ。凄い精巧な作りじゃないか」
「凄腕ですよ、実際。私たちのクラン戦力の『数を担当』してますからね」
「まぁ、本人は素材集めと人形作りにしか興味無いみたいだけどな」
「へぇ、色々な職人が居るんだな、やっぱり。今呼んだ人がその?」
「あー、いいえ違います。それとは別の職人なんですけどね。是非先輩たちに紹介したくって」
アイリとの会話の最中、再び扉から近づいて来たメイドが押してきたカートの上でお茶を淹れ始める。
「んー、いい香りですね」
セラスは自分の前に置かれた紅茶の匂いを楽しむように目を瞑る。
その時、何気ない疑問が頭を過ぎったショウがケンに――
「そういえば、出されるお茶って大体が紅茶だよな? 緑茶やコーヒーじゃなくて。この世界じゃ普通なのか?」
「あー、そういえばそうだな。考えたことも無かったぜ」
「そうですね。一説によると誰でも一度は飲んだことがあって、しかも個人が感じる好き嫌いのふり幅が少ない。そう学習したシムたちがプレイヤーに出すお茶は紅茶がベター、なんて流れがあったみたいですけど」
ケンの代わりにアイリがどこかで聞きかじった答えを述べた。
「ふーん、つまり……どう言う事っすか? アニキ」
「多分、上質な緑茶やコーヒーを用意してもその人が美味しいって感じられないってことかな。特にコーヒーなんかは酸味や苦味で好みが別れるだろうし」
「それで紅茶っすか?」
「マイナーなハーブティーを出されると、プレイヤーは紅茶の味を思い浮かべるみたいだからそのせいっていうのも聞いたことがありますけどね」
「あぁ、確か俺たちプレイヤーの味覚は脳に記憶されている味を再現してるって話だったね。だったら日本人以外の人もまず飲んだことのある紅茶を出すのが正解かも」
「プレイ人口的には日本が多いけど、海外のプレイヤーもそれなりに居るからな」
出されたお茶を飲みながらショウたちとの会話に花を咲かせるアイリに、脇に待機していたメイドが近づく。
「――アイリ様。レオ様ですが、打ち合わせの為もう少し時間がかかるとのことです」
「えー、なによそれ……すぐに来ないとあんたが初心者だった頃の画像をばら撒くって言って」
「かしこまりました」
メイドとアイリの会話に首を傾げたショウが、ケンを見る。
彼はそれに気づき、肩を竦める返事をした。
本人に直接訊け、という合図だ。
「なぁ、アイリ。そのレオって人はどんな人なんだ? 職人って言ってたけど」
「そうですねぇ……一言で言うと、そこの無口な魔女ちゃんが喜ぶモノを作ってくれるであろう人物、ですかね」
「……? ……私?」
「そ。それで、その作成に関わる素材や技術なんかを先輩が協力すれば、お礼になるんじゃないですか?」
「素材を集めるのは協力できるかもしれないけど、職人に提供できる技術なんて持ってないよ?」
「先輩……それ、本気で言ってます?」
「お前の場合、逆だろ逆!」
アイリとケンからバッシングを受け、ショウがたじろぐ。
それを見て、お互いに苦笑いを見せ合うセラスとルナール。
ただ一人、シャルムだけが状況を理解できずにぽかんっとしていた。