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Freedom Birth 戦えませんがなんとかなるみたいです  作者: なろといち
ヴェコン編Ⅱ
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4.クリムゾン Ⅱ

「はぁ……」


 妹のセラスから返信を受けたケンが、ため息と共にメニュー画面を閉じる。


「何よ、辛気臭いわね。あんたのため息を聞くためにゲームやってるわけじゃないのよ、こっちは」


「あー、悪い悪い。いやでもだってよ、メッセージのやり取りが日に日に素っ気なくなっていってる感じかしてよぉ」


「そんなの気のせいよ。これだからシスコンは……」


 ヴェコンの冒険者ギルドにはエーアシュタットのような中二階は無い。

 代わりにと言っては何だが、エントランス部分が食事処のようになっており、情報交換や待ち合わせのため場所として使われている。

 酒類の提供もしているが、基本この時間はこれから冒険へ行く者が多いのか、へべれけの存在は見当たらない。

 そんな一角に座っていたケンは、隣の『アイリ・キャステン』に訝しげな視線を送られていた。

 ショウが今日にもヴェコンに来るということで、街の施設の案内を請け負っていたケンは先に冒険者ギルドへ赴いていたのだ。


「それにしたって、先輩も昨日の今日でよくこっちに来れたわね。冒険者として小慣れてきたんじゃない?」


 現実世界ではショウの大学の後輩であるアイリは、普段から彼の事を先輩と呼んでいる。

 ケンも大学では先輩に当たるのだが、恋人同士なので遠慮は無用なのだ。


「それには俺も驚いたが、どうやって来るんだ? って送っても返信が無くてな」


「向こうのギルドに頼んだって言ってたのよね? あの人が何か融通してくれたってことかしら」


「かもな。気に入られてるみたいだし、相乗りの馬車でも紹介されたんじゃないか?」


「それはありそう。シムだけど中々食えない感じだったし……」


 アイリは脳裏にエーアシュタットの路地裏で言葉を交わしたリリィの姿を蘇らせる。

 静かに、深い闇を瞳に宿した彼女の目を思い出し、アイリは身体を震わせた。


「なんだ? あの時は戦ってみたいなんて言ってたのに、今更怖くなったのか?」


「違う……あんた、気付かない? この刺さるような殺気……」


「殺気――っ!?」


 アイリに言われて初めて、ケンは飲み物のジョッキを持っていた右手が震えている事に気付いた。

 感覚、経験、そして全神経が危険を知らせて、頭の中ではエマージェンシーのサイレンが鳴り響く。

 その殺気の元を辿るように、アイリはギルドの出入り口に視線を向ける。

 開け放たれていた扉から数歩入ったところに、あの『深紅の戦姫(クリムゾン)』が立っていた。

 少女はエントランスを見渡すように、ゆっくりと各テーブルに座るプレイヤーたちに目を向ける。

 その場に居た全員が彼女の殺気に気圧された為、顔を上げて視線を合わせようとする輩は居ない。

 ――アイリを除いて。

 アイリは背中に汗が流れる感触にも耐えて、少女の一挙一動に全力で警戒をしていた。


「……」


 そんなアイリと一瞬目が合った少女は、何事も無いように隣のケンへ視線を移し、その後受付カウンターへ目をやった。

 ゆっくりとテーブルの間を歩いて行く少女。

 その場から立てなくなったカウンターまでの途中の冒険者たちは、せめてもの危機回避と言いたげに身体を少女とは反対に動かしていく。

 まるで森を歩くだけで木から避けてくれるような光景を見せられて、アイリも格の違いを痛感する。

 そしてカウンターまで来た少女は、『誰も居ない』ことに気付き、手元に置かれていた呼び鈴を鳴らす。


 リーンッ


「……」


 リーンッ……リーンッ


 幾度となく鳴らされている呼び鈴に反応する者は居なく、しばらくしてエントランスが静寂に包まれた。

 ふっ、とカウンターに立てられていた表示板に少女が気付く。


 『只今離席しております。御用の方はしばらくお待ちください』


「……ちっ」


 舌打ちをして、踵を返す少女。

 そのまま立ち去ってくれと心で願っていた冒険者たちの間を縫って、少女はアイリの前までやって来た。

 下を向いて顔を合わせない様にしていたケンの横で、アイリは座ったまま少女を見据える。


「ちょっと良いかしら? 人を探しているのだけれど」


「……質問する前に、その殺気、どうにかしなさいよ。皆困ってるわ」


 口の中が乾いている感覚になりながらも、どうにか声を出すことが出来たアイリ。

 その言葉に、少女は驚いたように目を見開く。


「……随分抑えたつもりだったんだけど、まだダメなの?」


 確かに、エーアシュタットで放たれていた殺気よりは抑えられている。

 しかしその場に居る全員が感じたことも無い殺気、というのに変わりはなかった。


「無理らしいから、このままで。最近始めたばかりの男性プレイヤーを探しているの」


 これ以上抑えようがない、と諦めた少女がアイリへ質問を続ける。


「バカが付くほどお人好しのくせに、人の気持ちに絶望的に鈍感な男……知らないかしら?」


「さぁね。この街だけでも相当な数の冒険者が居るし、それだけの特徴じゃ分からないわ。名前は?」


「……訊けたら苦労してないわよ」


 アイリの問いに、彼女が聞き取れないくらいの小声で答える少女。


「そっ。知らないなら良いわ。邪魔したわね」


 一応答えをまだ待っていたアイリに背を向けて、少女が離れていく。

 それを目を丸くして追うアイリ。

 少女が扉を潜りギルドを出ると、その場を包んでいた殺気が忽然と消えた。


「――っ! はぁはぁ、やべぇ、何なんだ? あのプレイヤー」


「私が知るわけ無いでしょ。友人にでも見えた?」


「バカ言え。あんなのと親交があるって分かった時点で絶交させてるっての」


「確かに。いやー、でもあれはヤバイわね。まるで刀を首に当てられてるかのような」


「思い出させるな! ったく、よく平気で受け答え出来てたじゃないか、俺だったら――っ!?」


 ケンの言葉の最中、アイリが見せたのは自分の掌だった。

 緊張で噴き出した汗が皺に溜まるほどの量を彼に見せて、アイリが苦笑いを浮かべる。


「私、負けず嫌いなところあるから」


「……まったく、無茶だけはしないでくれよ? 彼氏として心配だぜ」


「どうかしらね。まぁ、ちょっとくらい無茶しても守ってくれるでしょ? 私の彼氏なんだから」


「その言い方は……卑怯だ」


「ふふっ、期待しているわよ。ダーリン」


「ったく、言ってろ」


 無理して笑っていることがバレバレなアイリを見て、ケンは肩を竦める。

 エントランスの緊張も次第に緩み始め、本来の騒がしさが戻り始めたのだった。

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