3.ヴェコン、到着
荒野を速歩で進んでいたショウたちの馬は、昨日の大岩を過ぎる頃になると再び常歩にスピードを落とす。
慣れない乗馬とその緊張のため、ショウはお尻と腰の違和感(痛覚を感度設定で鈍くしてある)を感じていた。
「――そうですか、前回はこの辺りでバジリスクに遭遇を」
「え、ええ、あの大岩の向こうですね。いやぁ、あの時は焦りましたよ」
「ふふっ、ですが街道を歩いていれば基本モンスターとのエンカウントはありませんから、安心してください」
「それを聞いて、気が楽になりましたよ」
馬を並べて歩かせ、顔を見合わせながら二人は笑い合う。
その時――
「……ショウ様、ひとつ気になることがあるのですが、よろしいでしょうか?」
それまで笑顔で他愛のない話を交わしていたリリィが、真剣な、少し暗い表情になる。
「はい? なんですか?」
「……」
どう切り出していいか分からないように、少し考える素振りをしながら――
「Sランクの冒険者の方と、面識はおありですか?」
「んー? いいえ、多分無いと思いますけど。俺の知っている中で一番ランクが高いのはアイリとケンですし」
「お二人ともBランクですがアイリ様はAランクまで秒読みのプレイヤーですね。彼女のクランも今や上位クランが注目するほどの期待株ですから」
「あんなに強いのにまだまだ上がいるんですね……それ以上って言われると心当たりは無いですね」
「そう、ですか……」
「それがどうしたんですか?」
「実は……先日、私どものギルドにそのSランク冒険者の方がお見えになりまして――」
リリィはギルドで起こった一部始終をショウへ話す。
もちろん、その冒険者が探している人物がショウであると決まった訳では無い事を伝えて。
「そ、そんな『危ない』プレイヤーとは会ったこともないですが」
「緘口令を敷いておりますので、エーアシュタットから漏れたとは考えにくいですが、その方も何かのきっかけで情報を耳にしたのかもしれません」
「ヴェコンに着いてもあまり油断はできない、というわけですね」
「今回私がヴェコンの冒険者ギルドへ赴くのも、あちらのギルドマスターへその事を伝える為なのです」
「ってことは……つまり、俺のせいってことですよね」
「いえいえ、決して。何か問題が起こる前の情報提供、予防線と思って頂ければ」
「問題が起こるって前提で話が進んでいるみたいですけど……」
「その点に関しては、私とマスターは同意見でした」
「……あははっ」
マスターとはエーアシュタットのイザベラの事だ。
ショウの脳裏に彼女の声を上げて笑う姿が思い出される。
(なんだか、心配されているっていうか……迷惑、掛けてるよなやっぱ)
ショウは申し訳なさそうに鼻の頭を掻いて――
「すいません、皆さんにご迷惑を」
「いえ、ショウ様が気にすることではありません。それに、こんな機会でなければ他の街に赴くなんてできませんから。実はちょっと感謝しているんです」
「そ、そうなんですか」
「ええ。久々に『知り合い』に会えると思うと嬉しくて。ですからショウさんも気を落とさないでください」
「あ、ありがとうございます」
苦笑いで答えたショウに、リリィは微笑み返す。
「――あっ、ショウ様、見えてきましたよ」
「おぉ、あれがヴェコンの街」
まるで砂で出来たような高い外壁と、ただくっ付いているだけのように見える巨大な門が遠目に見えてきた。
やっと着いたか、と胸を撫で下ろすショウに突然衝撃が走る。
常歩だった歩調が再び速歩に変わったのだ。
「さぁ、門までこの調子で行きますよ」
「ちょっ――い、きなり! うわっは」
こうしてショウはなんとか無事にヴェコンの街へ辿り付いたのだった。
――
馬に乗ったのが初めてなのだから、馬から降りるのも初めての経験である。
ヴェコンの市内へ入る門に着いたショウたちは門衛に話を通して、馬を預けることとなった。
その際、降り方が分からなかったショウの元にリリィがやってきて、補助とレクチャーを受けながらなんとか地面に足をつける。
降りたショウが小鹿のように足を震わせていたので、門衛は白い目で彼を見ていた。
「お疲れさまでした、ショウ様。大丈夫ですか?」
「え、ええ。なんとか……何から何まですいません、リリィさん」
「いえいえ、そんな。いかがいたしますか? どこかで休憩をしてからギルドへ向かいますか?」
「いや、休憩はギルドに着いてからにします。みんなを待たせるのも悪いので」
「そうですか、分かりました。では、こちらを」
そう言ってリリィが差し出したのは、クエストの受注にも使われている小さな石板だった。
「門で身分証明をすることによって、プレイヤーの方はリスポーン地点を変更することができます。セラス様たちは恐らくしていると思いますので、ショウ様もしておいた方がよろしいかと」
「なるほど。了解です」
冒険者証を石板に当てて、通知音と共にリスポーンの変更を完了したショウ。
それを確認後、自分の冒険者証も当て終えたリリィが石板を門衛に返す。
二人はそのまま徒歩で冒険者ギルドへ向かう。
「リリィさんも身分証明をしていたようですけど、決まりなんですか?」
「シムの場合は街の出入りの記録が主な役割ですね。所属や職業などを記録して物流や人の流れを管理しているんです」
「へぇ、自分の意思を持ったNPCならではってことですね」
「そうですね。それを仕事にしているシムも居るので、大事な事には変わりありません」
ヴェコンには露天が並ぶ有名な広場があると来るときにリリィが教えてくれたが、冒険者ギルドはその少し外れた所にあるらしい。
人が行き交う通りを並んで歩き、ショウはエーアシュタットとはまた趣が違う街の風景に胸を躍らせていた。
道は石畳で舗装されているが、建物などは土壁や岩の切り出しを用いた様式が主で、乾燥した地域の都市情緒があふれている。
街で生活をしているであろうシムたちの服装も、エーアシュタットとは違っていた。
トーブやアバヤに似た衣装やハーレムパンツを履いた人などが多い印象だが、たまに古代エジプトを思わせるカラシリスを身に纏った人も目にした。
地域や文化を色々詰め込んだような街の雰囲気に、ショウはまるでコスプレ会場だな、と苦笑いを浮かべる。
プレイヤーとしては面白ければ何でも良いのだろうが、国々の文化をエンタメで融合させる日本の悪い癖が顕著に出ていた。
「ヴェコンは私も来たことが無かったのですが、何と言いますか、異文化色が濃いのですね」
エンタメ出身のリリィですら、面を喰らったようにショウへ顔を向ける。
その言葉に違和感を覚えたショウは、首を傾げて訊く。
「あれ? 知り合いがこの街に居るって言ってませんでした?」
「ああ、えっと、知り合ったのはこの街じゃなくてですね、その子と私の研修先が一緒だったんです」
「研修先?」
「ギルドの……受付嬢、の研修です。その後配属先が別れてそれっきりなんです」
「なるほど、そんな研修なんてあるんですね」
「そ、そうなんですよ。あははっ」
リリィが何かを誤魔化すように笑って、それに頷いて返すショウ。
それから少し歩き、ショウたちはヴェコンの冒険者ギルド前にたどり着く。
建てられている建材の違いはあれど、看板や開放されている扉はエーアシュタットのそれと趣が似ている。
ショウは入り口でリリィに先を譲り、ギルドへ入った彼女の後を追って彼も足を踏み入れるのだった。