13.明日に備えて
そこから料理が運ばれてくる間、セラスはお礼だから、シャルムは受け取れないと言った押し問答が繰り返された。
店員が両手で料理を持ってくると、シャルムは金絲鉱を隠すようにローブの袖に入れる。
ごゆっくり、と店員が三人のテーブルから離れるのを横目で確認すると、再び金絲鉱を出して、テーブルの中央に置く。
「……これ、とても希少……譲るのは、異常」
「そうは言っても、この石の本来の持ち主からお礼に渡してって言われてるし」
「……いやがらせ」
「そ、そんな! とんでもない! 私たちはせめてものお礼にと思って」
「なあ、シャル。この石ってそんなに凄いの? 確かに綺麗で変わってるけど、加工すれば一緒だろ?」
ルナールは串焼きを一本手に取って、シャルムに訊く。
その言葉に首を振ったシャルムが、若干震えた声で答える。
「……この石でしか作れない、装備がある……とても、高価」
「だったらシャルが受け取って、それを作ってもらえば良いじゃん」
「……加工も、大変……できる職人も、少ない……値段、高い」
「なるほど、手に余るってことか。じゃあこの石を売ってお金にすれば――」
「……市場に、出回らないから……個人が持っているのがバレたら、まず襲われる」
素材屋などのシムが運営している店では高価過ぎて値が付けられず、プレイヤー同士で行われるオークションでなら現金化は可能。
しかし、その希少性からクランなどの後ろ盾が無い個人の所有物だと知られると、目が眩んだならず者の標的になるのだそうだ。
「ってことは、あたいが持っててもヤバイんじゃ?」
「そ、そうかもね」
シャルムの動揺を目の当たりにして、二人も事の大きさに冷や汗をかく。
そんな二人に向かって、シャルムは突然テーブルに額が付きそうなほど頭を下げた。
「……ごめんなさい」
「えっ!? う、ううん。シャルが謝ることじゃないよ。私たちが価値を知らな過ぎただけ――」
「……違う……私、命の恩人じゃ、ない」
「ど、どういうこと?」
セラスの言葉に頭を上げ、伏し目がちに喋り出すシャルム。
「……私、クエストで、バジリスク討伐してた……でも、倒しきれなくて……逃げられた」
「もしかして、あたいたちを襲ったあのバジリスクって」
「ん……私が、原因」
肩を窄めて、身体を小さくしたシャルムが、再び頭を下げた。
彼女の言葉に、セラスとルナールは顔を見合わせ、肩を竦める。
「経緯はどうあれ、私たちが助かったのはシャルがバジリスクを倒してくれたからよ」
「そうさ、シャルが居なかったら今頃どうなってたか。そう考えると、感謝しても良いだろ?」
「……でも、その後、シムだと思って……お礼も、もらおうとした」
「それは私たちの気持ちだから、受け取ってもらって良いのだけれど……」
「逆に気を使わせちゃったみたいっすね」
二人は悪いことをしてしまった、と申し訳なさそうに苦笑いを浮かべる。
「んー、じゃあお礼はまた後日として、今日の所はこの食事を奢らせてもらえないかしら?」
セラスの言葉に、シャルムは驚いた表情をして顔を上げる。
「せっかく注文した料理が冷めちゃうわ。シャルもこの石の事は今は気にしないで、食べましょう」
「そうっすね。こんなに美味しいんすから」
そう言うルナールの前に置かれた料理は、すでに半分ほど無くなっていた。
話しながらちょくちょく食べていたのだろう。
セラスは呆れ顔のまま息を吐くと、シャルムにも食事を促した。
「話の続きはご飯の後にしましょ。さっ、遠慮しないで食べて」
「……いただきます」
シャルムは促されるまま、自分が注文した『大量』の料理に手を付け始めるのだった。
――
「そういえば、シャルっていつもひとりなのか?」
自分の料理はあらかた食べ終えたルナールは、飲み物を手にシャルムに訊いた。
シャルムは手を休ませる事なく、頷いて答える。
「へぇ。それにしたって、ひとりでバジリスクを倒せるなんて、凄いんだな」
「……バジリスク、遠距離から魔法で、戦う……セオリー」
「あー、なるほど。確かに、あの石化の攻撃じゃ接近は無理だよなぁ」
「ん……対抗策、無いと無謀」
下調べも情報収集もしていなかったので仕方がないが、ショウは無謀だったらしい。
そんな事を心に思ってしまったセラスは、それを払拭するように頭を振って話題を変える。
「でも、ひとりだと大変じゃない? クランやパーティーには入らないの?」
「……無理」
「どうして?」
「……みんな、気味悪がって……私、暗いし」
「そんなこと――」
「――無いと思うけどな」
顔を見合わせたセラスとルナールは、食事を続けているシャルムへ目を向ける。
一度に食べる量は多くはないが、それを休みなく小刻みに繰り返し、二人が頼んだ量の倍以上はある料理はもはや残り少なかった。
その姿は小動物が食い溜めをしているようで、二人にはとても可愛らしく見えていた。
「……でも、欲しいもの、あるから……頑張ってる」
「欲しいもの? なになに?」
興味津々に身を乗り出したルナールから顔を背けて、恥ずかしそうにシャルムが答える。
「……ローブ」
「ローブ? って、服?」
「ん……好きな、デザイナーさんの……一点ものだから、高いけど」
「……へー」
それ以上興味をそそられなかったのか、ルナールは席に座り直した。
逆にセラスは親近感が湧いたのか、微笑んで話しを続ける。
「そっか、シャルは欲しい服のためにひとりで頑張っているのね」
「ん……」
「そっかそっか――あっ!」
何かを思いついたように声を上げたセラス。
ルナールとシャルムは驚いて彼女に顔を向けた。
「ど、どうしたんですか、アネゴ」
「ん? んー、なんでもないよ」
微笑みから含み笑いに変わったセラスが、シャルムにある提案をする。
「ねぇ、シャル。明日、もう一人のパーティーメンバーと合流するんだけど、会ってみない?」
「ん? ……なぜ?」
「受け取ってもらってないお礼の件とか、色々。お兄さんみたいな人だから、きっと良い方法を考えてくれると思うの」
「…………」
「ねっ? もしかしたらシャルの助けになるかもしれないわ」
「……ん」
厚意を無下にしたくない、とシャルはとりあえず頷く。
なにより、金絲鉱をお礼にくれるような人物に、彼女自身少なからず興味があった。
今回は破格過ぎて受け取らなかったが、それでも代わりになにかもらえるようならばそれに越したことは無い。
その答えを聞いて、セラスは満面の笑みを浮かべた。
「じゃあ決まり。明日、また落ち合いましょう。場所は……どこが良いかな」
「中央の広場に石像があるんで、そこでどうっすか?」
「うん、シャルもそれで大丈夫?」
「ん……大丈夫」
「それじゃあ、お礼の件はまた明日ってことで。シャル、この後予定とかある?」
「……ない」
「もしよかったらこの街の事、色々教えてくれない?」
「…………」
考えるように目を伏せたシャルムは、少しして首を小さく縦に振った。
「……ん」
「良かった! ルナールも、良い?」
「もちろんっす! あたいも街の滞在は短かったんで、詳しく聞いてみたいっす」
平らげた料理の皿を前にして、三人の女子会は続いていくのだった。
――
女子三人が話に花を咲かせている頃、エーアシュタットに居るショウは道具専門店『ラビット』へ足を運んでいた。
人間サイズのウサギ、この店の店主である『アレッグ』に携行品の補充をお願いしていたのだ。
「そんな装備でバジリスクとは、無茶を通り越して無謀だな、ぴょん」
「あははっ、俺もそう痛感しました」
「まったく、プレイヤーってやつは危機感が無い人間しかいないのか、ぴょん」
「返す言葉もございません」
「……ほら、ぴょん」
注文していた品とは別に、一枚の護符を差し出されて、ショウは首を傾げた。
「これは?」
「持っていると一回だけ石化を防いでくれる『防石の護符』だ、ぴょん。値は張るが、一枚は持っておくぴょん」
「こんなものが……ありがとうございます」
「だから、何で客が礼を言うんだ――いや、もう良いぴょん」
ショウは今回購入したものをストレージボックスへ入れていく。
「自動発動するアイテムはインベントリに入れておかないと駄目だぞ、ぴょん」
「え? そうなんですか?」
「……はぁ」
呆れ顔のアレッグの言葉に倣い、護符はインベントリへ入れる。
お世話になった事に礼を言って、ショウは道具屋を後にした。
昨日もログアウトした広場の噴水前で、ショウはセラスにメッセージを送る。
『お疲れさまでした。また明日。ヴェコンでお待ちしてます』
返信を確認して、メニュー画面を開くショウ。
噴水から噴き出ている水の流れを眺めて――
「……今回の冒険も、前途多難だな」
鼻の頭を掻きながら、苦笑いを浮かべてログアウトするのだった。
――ヴェコン編 Ⅰ・完