12.シャルム・カンターメ
なんとかヴェコンへの移動手段の目途が立ち、気が楽になったショウ。
明日に備えて準備を始める趣旨のメッセージをセラスに送る。
それを受け取って確認したセラスは安堵の息を漏らすも、今自分が置かれている状態を鑑みて苦笑いを浮かべてしまった。
彼女は岩と砂の街、ヴェコンの市内へ入ったは良いがある問題に直面してた。
それは――
「…………」
魔法と思われる攻撃でバジリスクからセラス、ルナールを守ってくれた魔術師の少女が、無言のままずっと付いて来るのだ。
街道から街に向かう時、外壁の門で身分確認をする時、前回ルナールが訪れたときに利用した宿屋へ向かう時、宿の受付と馬車の駐留を頼む時。
御者台に座ったセラスとルナールを荷台からじっと見つめながら、その少女は終始無言であった。
色々とやらねばならない事が重なり、それに気を向ける暇が無かったセラスは彼女の事を一旦保留にしていたのだが、それも宿の一階に設けられた食堂で終わらせようと共に食事を始める。
「えっと、馬車でも言いましたけど、改めまして。私は『セラス・プリア』と言います。この子はシムのルナール」
「どうもっす」
「…………」
「(あっ、やっぱり喋ってくれないんだ)えぇっと、この度は危ないところを助けて頂いてありがとうございました」
こくんっと頷いて、少女は被っていた見るからに魔女の帽子と言えるつばの広い三角帽子を取る。
紫紺の髪色は肩甲骨辺りまで伸びていて、それを一つの三つ編みで束ねられていた。
瞳は紺色で幼い顔立ちだが少し影を帯びており、とても愛想が良い性格だとは思えなかったセラスは、笑顔を固くする。
「ここは私たちがご馳走しますので、好きな物を頼んでください」
「…………」
少女はそう言われると手を上げ、店員を呼んだ。
小声で途切れ途切れに注文をし始めた少女を見ていたセラスは一度店内を見回す。
宿屋の一階にある食堂だが、宿泊客以外の人も利用しているようで、それなりに席は埋まっていた。
そして、そこに足を踏み入れた時から感じていた違和感に、セラスは気づく。
この食堂にはプレイヤーが居ないのだ。
見るからにこの街で生活をしているシムがお互いに労いながら笑い声をあげて食事をしている。
同じシムであるルナールが利用していた宿である。プレイヤーが居る所を彼女もわざわざ選ばないのだろう。
そうやってお互いに干渉しないようにできているのかもしれない。
「お連れの方は何にします?」
少女の注文が終わったのか、店員は同じテーブルについていたルナールとセラスに顔を向けた。
「じゃあ、あたいは肉巻きと串焼き、飲み物はベリージュースで」
「あら、通な注文ね、お嬢ちゃん」
「前にここに来たとき注文して美味かったからさ」
「ふふ、そうなの。そちらの方は?」
「あ、えっと……お、同じのを」
三人分の注文を受けて、店員はテーブルを離れていった。
メニューを見ずに注文してしまったことに若干の焦りがあったセラスだったが、そこはルナールの舌を信じる事とする。
改めてセラスは少女と向き直って――
「そいうえば、まだお名前を伺っていませんでした。何とお呼びすればいいですか?」
「……『シャルム・カンターメ』……シャルで良い」
「シャル、さん」
セラスの言葉に小さく首を横に振るシャルム。
「……さんは、要らない」
「へぇ、そうか。じゃあ、あたいはいつも通りの口調で話すよ」
「……あなたは、必要かも」
眠たそうな目でルナールを見ていたシャルムが、人差し指を差す。
それを見たルナールが一瞬固まったが、一度言い切った事を曲げるのも癪だと感じて――
「ま、まぁ細かいことは気にしない方向で。シャル、あたいからもお礼を言わせてもらう。助けてくれてありがとう」
「もう、ルナールったら。命の恩人なんだからね?」
「…………ん」
シャルムは右手を開いて二人に差し出し、何かを要求してきた。
「? なんだ、この手」
「えっと、シャル?」
「……私、命の恩人……お礼」
どうやら彼女がこれまでセラスたちに付いて回っていたのは、助けたお礼をもらっていなかったからのようだ。
その意味を理解するのに数秒要したセラスは、力が抜けて苦笑いを浮かべた。
シャルムはセラスたちをシムだと思っていて、それを救出したクエスト報酬を期待していたのだ。
確かにフィールド内で突発的に起こるシム救出クエストは存在する。
その場合、シムが発行することができる救出報告札をプレイヤーに渡し、それをギルドに持ち込み報酬をもらう流れだ。
シャルムが求めていたのは、その札だ。
しかし今回の場合は、『それ』ではない。
当然クエストでもなければ、プレイヤーのセラスは札を発行できないし、パーティーメンバーのルナールも同じ。
その事をビギナーズガイドで知っていたセラスは頬を掻く。
「えっと……ごめんなさい。私、プレイヤーだから報告札を発行できないの」
「……え」
「この子はシムなんだけど、私と、もうひとりのプレイヤーの三人でパーティーを組んでて」
「あっ、そうか。あたいを見て勘違いしてたってことか」
「……シムとパーティー……紛らわしい」
期待が外れたように、頬を膨らませて目を逸らしたシャル。
どうやら一回の食事程度では満足してくれないようだ。
その時、セラスはショウに言われた事を思い出し、ルナールの肩に手を置く。
「そうだ、ルナール。ショウさんと通話している時、『あの石』を助けてくれた冒険者にお礼として渡してって言われてたの」
「えっ、あの石? って、これっすか?」
ルナールは腰に付けていた小袋の中から金絲鉱を取り出し、セラスに渡す。
それを受け取ったセラスがそのまま、シャルムがまだ差し出していた右手へ乗せた。
「えっと、シャル。これでお礼になるか分からないけど、もし良かったら受け取って」
「……これ?」
「金絲鉱っていう珍しい石らしいんだけど――」
「…………きっ!?」
名前を聞いて数秒後、シャルは席から飛び跳ねて、膝から床に着地した。
金絲鉱を両手で作った手皿に乗せ、頭を下げてそれを返すシャルム。
「……も、もらえない……こんなもの、持ってたら命、危ない」
「「……え?」」
シャルムの予想外の行動とその言葉に、セラスとルナールは固まるのだった。