9.バジリスク
「ア、アニキ! バジリスクっす!!」
「えっ? バジ……なんだって?」
「ここら辺で一番強いモンスターっすよ! ヤバイっす!」
ルナールは脱兎のごとく荷台に乗り込み、ショウとセラスを急かした。
「逃げましょう! 街道まで戻れば追ってこないかもしれないっす!」
「ショウさん、バジリスクはレベルも高くて、私たちじゃ手に負えないかもです。詳しい情報も無いので危険です」
「分かった……いや、駄目だ」
御者台へ上ろうとしたショウは、その席をセラスへ譲った。
「セラス、ルナールを連れて逃げてくれ」
「えっ、ショウさんは?」
「このまま街道まで行けば他の人たちに迷惑が掛かるかもしれない。もしかしたらシムにも被害がでるかも」
「アニキ……」
「二人が逃げる間だけでも時間を稼いでみる。そうすればあいつも追ってこないかもしれないし」
「ショウさん……でも――」
「大丈夫。この盾があるし、足止めくらいならできるさ」
そこまで言ってショウはセラスの背中を押して強引に御者台へ座らせた。
すぐにパールの首元を叩き――
「パール頼んだぞ。なるべく急いでここから離れるんだ」
『モォー!』
ショウの言葉を受けて、パールは来た道を駆け出した。
歩いているだけでも馬が引く馬車より数段早いショウの馬車は、かなりの速度を出してその場を離れていく。
ショウは見送りもせずに振り返り、盾を構えて影を視界に捉える。
彼が作った破格の性能を持つスモールシールド、『Birth』。
同レベル帯のモンスターなら相手の攻撃を反射して気絶をさせることもできる逸品。
並の相手ならまともに攻撃を受けなければそれなりに時間は稼げると自負するショウ(防衛一辺倒だが)。
そう、並の相手なら……である。
「……でっか」
距離にして二十メートル程まで近づいて来たバジリスクを見て、ショウの感想が口から零れた。
外見はトカゲのような身体をしていて、足は八本。
それが連動しているように休みなく動き、土埃を上げてこちらに近づいて来る様はまるで戦車のキャタピラだ。
そして、彼の視界を占領する程の、巨体。
全高は五メートル程だろうか。
そんなサイズのトカゲが勢いよくショウに向かって来ている。
「マジか……マジかマジか!」
今にも逃げ出したい恐怖を抑え込みながら、ショウは考える。
どこに盾を当てれば良いのか。どのように防げば正解なのか。まず防御可能なのか。とりあえず前に出て動きを止めた方が良いのか。
盾を構えながら、バジリスクの進攻に備えるショウだったが……。
『グワパッ!』
足を止めることなく、バジリスクはショウに向かって口から液体を吐き出した。
まるで淡のような、ひと塊に飛んできたそれは、構えていたショウの盾に当り、身体にもかかる。
「うわっ! きたねっ! なんだこれ……って、あれ――」
盾、そして腕、肩と、液体がかかった所からショウの身体は『石化』していく。
絶対的な性能を持った盾でも、状態異常までは防ぐことが出来なかった。
数秒と待たずにショウは石像と化した。
そして――
ドズンッ!
そのままバジリスクに踏みつぶされ、光の粒となった。
「ああっ!ショウさん!!」
走っている馬車の御者台から上半身を乗り出し、ショウの背中を見ていたセラスが声を上げる。
その声が聞こえたのか、最初からそちらが目的だったのか、バジリスクはさらに速度を速めて馬車を追いかけてきた。
今度は液体を吐かずに噛み付くようで、頭を左右に振りながら開閉させた口を近づけてくる。
「ルナール! 前へ来て!」
「アネゴ!?」
「噛み付く瞬間に攻撃してみる。もしダメでも止まらないで! あなただけでも逃げて!」
荷台に居たルナールを引っ張って無理矢理入れ替わったセラスは、馬車後方の縁へ足を掛けて棍を構える。
牙と牙の隙間、喉奥まで見ることが出来る距離まで大口が迫ってきた瞬間――
大地が裂けんばかりの爆発で、バジリスクが爆ぜる。
「きゃっ! ――ぅふっ!」
衝撃波は容赦なく馬車を襲い、爆風で吹き飛ばされたセラスは荷台を通り過ぎ、先に居たパールの背中へ仰向けに倒れた。
馬車は走り続けていた為衝撃を緩和できたのか、幸いにも横転すらせずにスピードを落として停車する。
「アネゴ! だ、大丈夫っすか!?」
御者台でうずくまっていたルナールが馬車を降り、パールの上で空を見ていたセラスへ声を掛ける。
受けた衝撃でしばらく放心状態のセラスだったが、掛け続けていたルナールの呼びかけで徐々に正気を取り戻していく。
「な、なにが起こったの? 爆発? ……バジリスクは?」
ルナールの手を借りながら、やっとの思いでパールから滑り落ちたセラスがバジリスクが居たであろう方向へ顔を向ける。
そこには焼け焦げた大地と、抉れたクレーターしか見当たらなかった。
討伐の際に発現する光の粒すら爆発で飛ばされたのだろう。
その場に残されたのは馬車を引くパール、そして途方に暮れたセラスとルナールだけだった。
二人が呆然と顔を見合わせていると――
「…………間に合った」
「ぅわっ!」
「きゃあっ!」
突然隣から聞き慣れない幼い声が聞こえ、セラスとルナールは身体を数センチ飛び上がらせる。
距離を取るように後退り、声の方を向くと、そこには一人の魔術師の少女が立っていた。
セラスは反射的にルナールの前に出て、棍を構える。
「あっ、えっとあの……どちらさまでしょう?」
セラスの問いに、少女は気怠そうな目をつばの広い三角帽子越しに向けて答えた。
「……命の、恩人……?」
突然現れた怪しい人物に驚くあまり、光となったショウを二人が思い出すのはもう少し先の事になってしまった。
 




