5.幌馬車
時間もそれなりに過ぎた頃、外壁の門からセラスとルナールが並んで製材所まで歩いて来た。
帰りの遅いショウを気にかけて、様子を見に来たのだろう。
働いている作業員から裏に居ると聞かされた彼女たちは、馬車のそばに立っているガザンを見つけて近づいて行く。
「親方さん、こんにちわ。あの、ショウさんがこちらに来たはずなんですが……」
「親方、アニキ知らない? って、何してるのさ」
「んー? おぉ、ひよっこと嬢ちゃんか。おっといけねぇ、そんなに時間が経ってたか。兄ちゃんはこの中だ」
「えっ、この中って」
「このオンボロ馬車の中ってこと?」
「がははっ、『今』はな!」
「今はって……どういうことさ」
「ほれ、丁度終わったみたいだぞ」
ガザンが指差した方向へ顔を向けるセラスとルナール。
馬車の荷台から降りてきたショウを見つけ、二人は顔を綻ばせて駆け寄っていく。
「ショウさん!」
「アニキ、そんな所に隠れてどうしたっすか?」
「あれ、二人とも……どうしてここに?」
「アニキがいつまで経っても戻って来ないんで、様子を見に来たっすよ」
「ああ、そんな時間食っちゃってたか。ごめんごめん、実はこの馬車を譲ってくれるってガザンさんに言われてね」
「えっ……このオンボロを? アニキ、それは不用品を押し付けられただけじゃ……」
「なぁに言ってやがる、ひよっこ! こいつは他のより状態も良いし、修理すればまだ活躍できるんだぞ!?」
「えー、本当かよ、親方」
「まぁ見てろって。兄ちゃんが出てきたってことは、修理の目途が立ったんだろ?」
「えぇ、まぁ一応は。素材も今持っている分で事足りそうな感じです」
「ってことは、こいつをもらってくれるって事だな?」
「……はい、お言葉に甘えさせてもらいます」
「そいつは良かった。こいつも、前の持ち主も喜ぶぜ」
「なんで親方まで嬉しそうなのさ。もう古い馬車なんだろ?」
「そうなんだが……なんつうか、いつも走っている姿を見てたからな。それが見られなくなると思うと、寂しいっつうか」
「なに感傷に浸ってるのさ。目なんか潤ませて、きもちわりー」
「けっ、ひよっこには分からんだろうよ。ほっとけ」
ずびっと鼻を啜っって腕で目を擦るガザンの姿を見て、ショウたち三人はそれぞれ苦笑いを浮かべた。
「そんな思い入れのあるモノを、本当に譲ってもらって良いんですか?」
「おう、もちろん。兄ちゃんには世話になってるし、使ってくれるならそっちの方が良いに決まってる。さぁ、生まれ変わるこいつの姿を見せてくれ」
ガザンの言葉に、ショウは一度頷いた後馬車に向き直る。
荷台に『保存』した馬車の設計図を置き、その上にストレージボックスから取り出した木材などの必要素材を乗せる。
腰に吊るしていた造形師専用の装備『万能の槌』を手に持ち、力を馬車全体に響かせるように勢いよく素材ごと打ち付けた。
馬車が光に包まれ、それが凝縮するように小さくなる。
再び一回りかそれよりも少しサイズダウンした馬車を形作ると、光が弾けた。
するとそこには新品同様の真新しい馬車が姿を現したのだった。
「兄ちゃんがツールを作るところを見せてもらったことはあるが、何度見ても驚かされるぜ。こんなにすげぇことを簡単にやっちまうんだからな」
「さっすがアニキっす!」
「ショウさん、お見事です!」
作成が成功したことを自分の事のように喜んでくれているセラスとルナールに、ショウは笑みをこぼしつつ改めて馬車の全形を眺めた。
構造や形は原型のままにしてあるが、追加の素材で各箇所を大幅に強化してある。
ボロボロだった幌もサイズダウンしたことで穴などを塞ぐことに成功しており、色々と荷物を詰め込んだとしても四人は快適に運ぶことができるだろう。
これでこの馬車は再び、世界各地を走り回ることができるようになったのだった。
「あとは……これを引いてくれる馬を用意しないとね」
少し小さくなったとはいえ、二頭立ての立派な幌馬車だ。
それなりの馬が必要となるだろう、とショウは荷台に手を当てて考え始める。
するとショウの目の前にステータスウィンドウが開かれ、馬車の詳しい情報が表示された。
『上質の幌馬車:移動に運搬にと大活躍の幌馬車。雨風に強く、どんな悪路でも安心。【移動速度アップ・特上】【移動阻害無効】』
「おー、レベルが上がった恩恵か、またスキルが付いてる。俺が作成するモノにはもれなく付くのか? でも設計図の段階では確認できてないんだよな」
首を傾げるショウの横からセラスとルナール、背後に回ったガザンが同じくステータスウィンドウを覗き込む。
「移動速度が上がるのは分かるっすけど、この阻害無効ってなんですかね?」
「俺も聞いたことがねぇスキルだな。詳しくは分からんが、損するようなもんじゃねぇだろ」
「とりあえず、一度使ってみた方が良いかもしれませんね」
「とりあえず……そうだね、とりあえずは――」
頷いたショウが三人から少し離れて、ストレージボックスへ手を入れる。
そこから引き抜かれた彼の手には手綱が握られていて、さらに引っ張ると立派に成長したペット、パールが現れた。
『モォー』
「パールに引いてもらって、慣らし運転しようか。馬を手に入れるにしても、ここから動かさないとだし」
『モォーッ!』
「ああ、よろしくな。えっと、ガザンさん、繋ぎ方ってこれであってますか?」
「お、おう。手伝うぜ……しかし、兄ちゃん立派な牛持ってるんだな」
「ええ、俺のペットなんです」
「ペット? ほぉ、なるほどな。これは馬を用意する必要は無いかもしれん」
「というと?」
「プレイヤーが持っているペットは能力が高いから……って、まぁ乗ってみれば分かるさ」
「?」
『モォー!』
ひとつの鳴き声と共に、繋がれたパールは馬車を揚々と引き始める。
御者台に座ったショウは、荷台にセラスとルナールを乗せて、それを操るため手綱を握っていた。
練習の目的地は製材所を出て街道へ出る所までと決定する。
しかしそれはあっという間に達成されてしまった。
「えっ、もう着いたんですか?」
「さすがアニキ。馬車の扱いも上手いんすね!」
「……いや、俺、何もしてない」
手綱を持って座っていただけだったショウが困惑した顔で二人に振り向く。
その言葉に驚いた二人と、ある可能性を導き出したショウはパールへ目を向けた。
『モォー』
三人の視線を集め、パールはさも得意げに鳴き声を上げる。
どうやらパールでも馬車の性能を十二分に引き出すことが出来るようだった。
しかも自分で考えて引っ張ってくれるとなると、ショウたちの負担はほぼ皆無。
体裁的にはやはり御者台に居なければならないだろうが、これならセラスやルナールが手綱を握っても大丈夫だろう。
「お、おーい、兄ちゃん! そんなに飛ばすなって……や、やっと追いついたぜ」
歩いて馬車(牛車)に付いて行こうとしたガザンだったが、予想以上のスピードを出されたため走って追いかけることになった。
膝に手を置いて息を整えているガザンを荷台から見下ろしていたルナールが、彼に訊く。
「親方、そんなにスピード出てたの?」
「練習だって言うからもっとゆっくりだと思ってたぜ。ペットにも負担がかかるから、もう少しペースを――」
『モォー!』
ガザンの言葉を遮り、パールは鳴き声を上げ、平気だとアピールをする。
傍から見てもパール自身、息ひとつ上がっておらずまだまだ余裕がありそうだった。
「……大丈夫みたいだな。うーむ、これはもしかするとこいつは普通に歩いているだけで、馬車の性能で速く進めるのかもな」
歩幅も足を進める速度も普通に歩いているだけのパールがこんなにも速い訳がない。
ゲームシステム的には、馬車の性能のおかげでパールが歩く時の距離を伸ばす事によって『速度アップ』としている。
それ故に周りからは普通に歩いている様に見えても、実際に進む距離は二頭の馬が引っ張るそれと変わりが無いのだ。
「ショウさんが作るモノですからね。どんな破格な性能でも、納得です」
「いちいち驚いてたら身が持たないっすからね。親方もそういうもんだって思うくらいにした方が良いよ」
「お、おう。なんつうか、さすが兄ちゃんのパーティーメンバーだな。慣れてやがる」
「あははっ……でもこれで移動は大分楽になるな。パール、よろしく頼むぞ」
『モォー!』
挨拶も済み、遠征に向かう足も手に入れて、ショウたちの準備は着々と進んで行った。
場所も取るのでとりあえず馬車はパールごとショウのストレージボックスへ収納する。
ルナールは借りている部屋を明け渡す準備をする為、早々とショウたちと別れた。
荷造りをして、後日集合という話運びとなる。
「なんだか、遠足に行くみたいでワクワクしますね」
「そうだね。次の街ではどんな冒険が待っているのか、今から楽しみだよ」
ここ最近は街の外ではログアウトを行わないショウとセラスが、中心部にある噴水広場でお互いに笑い合っていた。
エーアシュタットを発つ予定を確認し、ログアウトの準備を進める二人。
新たな街、新たな冒険へ期待感を募らせて行くのだった。