4.旅の準備
その後、クランへ合流するというケンと別れて、ショウたちはエーアシュタットの冒険者ギルドへクエストの報告に来ていた。
「ヴェコン? 活動の拠点をそちらに移すのですか?」
無事に報告が終わった後、ギルドの受付嬢『リリィ』へこれからの活動方針を伝えると、目を見開いて驚かれた。
「いえ、拠点を構えるとかじゃ全然無くて。レベルも上がって来たことですし、そろそろ別の街にも行きたいと思いまして」
「……そうですか」
寂しそうに、伏し目がちに返すリリィ。
そんな彼女にショウは手を振って弁解をする。
「ここでお世話になった人たちに挨拶してからと思っているので今日すぐにという訳ではありませんから。それに、『ガザン』さんに頼まれている仕事もあるので、定期的にエーアシュタットには帰って来るつもりです」
「そうなんですか。そうですね、これがお別れというわけでは無いですよね」
「私もショウさんに合わせて帰って来るつもりなので、その時はよろしくお願いします、リリィさん」
「はい、セラス様もどうかお気をつけて」
「あたいは……どうだろ。シムはファストトラベル使うのも割高だし、そう頻繁に顔を出せそうには――」
「出しなさい!」
ルナールが頭の後ろで指を組むと、リリィの隣で彼女を見ていたもうひとりの受付嬢、アンリが声を上げた。
「うっ……でも、アンリさん。アニキたちと違ってあたいはシムだし。プレイヤーより使用料金が高いんで」
「俺はこっちに来るならルナールも一緒にと思ってたんだけど……どうしてもって言うなら無理強いはしないよ?」
「私たちだけで来たらルナールはお留守番になっちゃうし、その時は三人分の料金を折半すれば良いじゃない」
ショウとセラスの言葉にルナールは指をほどき、肩を落とした。
「まったく、アニキもアネゴも。プレイヤーだってこと忘れそうっすよ、あたいは」
「ルナールったら、もう……ショウ様、セラス様。どうかこれからもこの子の事よろしくお願いします」
アンリは照れ隠しに頭を掻いていたルナールの代わりにと、ショウたちに頭を下げた。
それを受けてショウは鼻の頭を掻きながら、セラスは肩を窄めながらそれぞれお辞儀を返す。
「寂しくなりますが、エーアシュタットに戻って来られた際には是非こちらにも立ち寄って下さい。ギルド一同、お待ちしております」
「はい、もちろん。じゃあ、俺たちはこれで」
「ではリリィさん、アンリさん。また」
お辞儀をしたリリィとアンリにそれぞれ挨拶を返したショウたちは、冒険者ギルドを後にするのだった。
――
その後セラスは素材屋、ルナールは道具屋へと贔屓にしている店の人たちに、街をしばらく離れるという事を知らせる為に一時解散することになった。
ショウはというと、外壁の西門を出た先に設けられている製材所へ足を運んでいた。
造形師のジョブに就いている彼は、ここの責任者であるガザンに自分の作ったツールを卸している。
もちろん性能は一般レベルよりも少し品質が良い程度に落として、である。
彼が街を離れるという事は、その仕事に区切りをつけるという事なので、ショウは自分の足で挨拶に赴いたのだった。
「そうか、そりゃ寂しくなるな。あのひよっこも一緒なんだろ?」
「ええ。ルナールも一緒に岩と砂の街へ向かう予定です」
「まっ、兄ちゃんたちだったら大丈夫だろうけどよ。くれぐれも気を付けて行ってきな」
「はい、ありがとうございます。またこちらに来る時までには新しいツールも作っておきます」
「おう、頼むわ。それまでは今あるやつを上手く回してやっていくさ。幸い、修理はこの街の職人でもできるからな」
歯を見せて笑ったガザンが、ショウの背中を叩く。
激励のつもりなのだろうが、ショウはその一発一発を踏ん張って耐えながら苦笑いを浮かべていた。
「しかし、岩と砂の街ねぇ。馬車で行くのか?」
「定期便は出ているみたいなんですが、今回は歩いて行こうかと。途中に素材採取に向いている所があれば目星を付けておきたいと思いまして」
「確かに、道中には林、その街の周りの荒野には採掘できる場所もあるが……ふむ」
ガザンが考えるように顎髭を弄っていると、何かを決心したようにショウを手招いた。
「それだったら丁度良いのがある。ついてきな」
ショウが案内されたのは製材所の裏方に設けられた、木製加工品の廃棄置き場だった。
テーブルやイス、水車や風車、建設の時に使う足場等々。
原型を留めているモノや壊れてバラバラになっているモノが乱雑に積み重ねられて置かれていた。
「ここは、不要になったモノを再利用したりバラして素材にするモノを置いておく場所なんだが……」
木材の山を迂回するように脇を歩いていたガザンがそう言って、ある場所を指差した。
「あれなんかどうだ?」
「あれって……馬車、ですか?」
「おう。今朝運ばれてきたばかりなんだが、状態は良い方で修理すればまだ全然使える代物だ」
そんなモノを譲ってくれるのか、とショウは驚く。
少し遠目に見えていた馬車へ近づいて行き、目の前まで来たショウが一言。
「……大きいですね」
「元は行商人をやっていた爺さんが使っていた奴なんだが、隠居するらしくてな。貰い手も見つからなかったみたいでここに来たって訳だ。普通の商人じゃ、この大きさは手に余るからな」
「なるほど。これくらいあれば商品を仕入れて売り歩いても容量的には余裕がありそうですね」
「馬も用意しなくちゃならんが、どうだ? これがあれば兄ちゃんも各地に出向いて自由に作ったモノを売り歩くことができるぜ?」
「それは、魅力的……ですけど」
馬車の大きさを考えると、用意しなければいけない馬は一頭では足りないだろう。
それらの購入費用、餌代、諸々の維持費など、考えなければならない要素が多く、ショウは即決できないでいた。
正直に言うとショウには個人専用の、大容量を保管できる『ストレージボックス』があるため、馬車に求めている事はそこでは無い。
ストレージボックスに保管できない『人』を運ぶ手段、パーティー全員が乗れるくらいで十分だ。
この馬車はそれを求めるには少しばかり大き過ぎた。
「……待てよ、もしかしたら」
何かに気付いたように、ショウは馬車の荷台に乗り込み、胡坐をかいて座った。
床板に手を当て、ストレージボックスから白紙のスクロールを取り出し、スキル『新規作成』を使用する。
すると彼の前に作業台を模した立体空間が現れ、作成に必要なウィンドウが表示された。
何枚かあるウィンドウのひとつに、今手にしているモノの名前が書かれていて、『傷んだ馬車』と表示されている。
それを選択するように指で押すと、立体空間に縮尺された馬車が現れた。
「この状態で、サイズを変更。修理が必要な個所も持っている素材で補修すれば――」
独り言を喋りながら作業を始めたショウを馬車の外から見ていたガザンが、上機嫌で頷く。
「兄ちゃんも職人の顔つきになってきたじゃねぇか。がははっ、結構結構!」
「ガザンさん、ここなんですが……どういう修理をすれば良いんでしょうか?」
「ん? ああ、ここはな――」
その後しばらくの間、ショウがガザンに相談をしながらスクロールに描かれる設計図の編集を進めていくのだった。