2.妹
「引きこもり? 沙彩が?」
居間でお茶を飲みながら、母親に相談された言葉を繰り返し、匠太は首を傾げる。
「そこまで酷くは無いと思うんだけどね。学校へもちゃんと行ってるし」
「とてもそうは見えないけど。昨日だって俺を駅まで迎えに来てくれてたし」
「休みの日に外出したのはあれが久しぶりよ。あんたが帰ってくるんだもん、朝からご機嫌だったわ」
「? 言ってる意味は良く分からないけど、具体的には何かあるの?」
「それがね……『ゲーム』らしいのよ」
母親は声を潜めるように、低いトーンで話し始める。
その言葉にドキッとした匠太だったが、平静を保ちつつ、話の先を促した。
「へ、へぇ……ゲーム、ね」
「高校に入る少し前にね、始めたらしいんだけど。今じゃ夕飯食べた後と休みの日はほとんど、ゲーム」
「ゲームだったら俺だってこっちに居る時やってたじゃないか。心配し過ぎじゃ……」
「あんたの場合は沙彩がなんだかんだ言って止めてたじゃない? あの子は単純にあんたにかまって欲しかったからみたいだけど」
「……」
そう言われてみれば、と匠太は当時の事を思い出す。
ゲーム、もちろん彼が得意とするSLGに熱中していた時、事あるごとに沙彩は匠太を呼びつけては彼に遊び相手をせがんでいた。
その時は妹のわがままが煩わしいと思っていたが、母親から見ればそれは兄妹仲睦まじいコミュニケーションだったようだ。
その反動かどうかは分からないが、大学生になりひとり暮らしを始めた匠太は持っていたゲームにかなり時間を費やした。
止めてくれるストッパーが無くなっても学生生活に支障が出る程では無かったが、沙彩は違うようだ。
実家暮らしであれば親の目があり、その親の目から見れば心配でしょうがないのだろう。
しかし、今の匠太はフルダイブ型のVRMMORPG『フリーダムバース』で似たような私生活を送っていた。
とても妹に節度を説く立場では無いのだが――
「たまに友達と遊びに行くくらいで良いのよ。それで私たちは安心できるし。あんたからそんな感じで言ってもらえないかしら」
「……分かった。夕飯の後、話しをしてみるよ」
「頼むわね。あー、良かった、これで安心ね。今夜はあんたの好きなハンバーグよ」
「……わーい」
いつまで経っても親は親。
子供はいつまでも子供扱いされるものである。
――
夕飯を食べ終え、沙彩が部屋に戻ったタイミングで匠太も二階へ上がり、彼女の部屋の扉をノックする。
「……なに?」
「俺だけど、入っていいか?」
「……」
返事が返ってこなかった為、もう一度ノックをした。
「おーい、沙彩。ちょっと話しがあるんだけど……」
「……入れば」
一応入室の許可を取り付けた匠太は、沙彩の自室へ入っていく。
そこは、彼が居る頃とさほど変わっていなかった。
強いて言えば、白地のウォンバットのようなぬいぐるみが増えているぐらいか。
匠太は机に向かってホログラムを展開させていた沙彩に近づき、彼女のベットへ腰を掛ける。
「なにやってたんだ?」
「宿題。見て分からない?」
「いや、そうだろうなとは思ってた」
「……」
沈黙の中、匠太は考える。
どう言えば母親の言っていた様に妹がなってくれるのか、考えても答えはでなかった。
苦し紛れに、彼は沙彩と共通の話題を探そうと、まずは雑談をすることにした。
「そういえば、俺最近『フリーダムバース』ってゲームにハマってて――」
「――っ!」
匠太の言葉に沙彩の肩が少し跳ねる。
「まだ始めたばかりで強くはないんだけど、その中で仲間もできたんだ」
「……へぇ」
「やってると時間を忘れて熱中しちゃうんだよな、これが」
「そんなに楽しいんだ。仲間と遊ぶの」
やっとまともな受け答えができてきた事に手応えを感じて、匠太は話を続ける。
「まぁ、そうだな。みんな良い人たちだし、一緒にいて楽しい、かな」
「……良かったじゃん。バカ兄にも友達ができて」
「いやいや、現実にも友達はいるからな?」
「ふーん……で?」
「あっ、いやそれで……だな。あれだ。いくら楽しくても、節度は守った方が良いんじゃないかって話で――」
「ゲームを辞めさせろってお母さんから頼まれた?」
「……んいや」
「そうだよね、自分はゲームしてるのに、私にはやるななんて言えないもんね。それで、他に何か用事があるの?」
「無い、です」
「じゃあ出てって。宿題の邪魔だから」
「……おじゃましました」
完膚なきまでに論破された匠太は、肩を落としながらドアへ向かう。
その時、掛けられていた学生服が目に入った。
匠太は思い出したように振り返って、沙彩へ言葉をかける。
「そういえば制服、似合ってたぞ。俺と同じ高校にしたんだな」
「……悪い? 大学に行くつもりだし、それだったらって中学の時の先生に勧められただけだし」
「そうか。じゃあもし大学も同じ所だったら俺と一緒に住むか? なんて、あははっ」
「……ん」
「……え? なんて?」
「なんでもないっ! 早く出てって! バカ兄!」
机の上に置かれていた小さなぬいぐるみを投げられ、匠太は退室を余儀なくされた。
締め出された廊下で、沙彩の部屋のドアを見ながら、彼は再び首を傾げる。
「はぁ、なんていうか……我が妹ながらよく分からん」
翌日、匠太は自分の家に帰ることにしたのだが、沙彩は見送りに出てこなかった。