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Freedom Birth 戦えませんがなんとかなるみたいです  作者: なろといち
ヴェコン編Ⅰ
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1.帰省

 ある日の昼下がり、『萩村 匠太(はぎむら しょうた)』はアパートの自室で実家に向かう準備を進めていた。

 先日、妹から連絡があった祖父母の法事が明日に迫ったためだ。

 匠太の実家は、住んでいるアパートから向かうとなると、彼が通う大学よりさらに先の駅を目指すことになる。

 結構な距離があるので向かうのを明日にすると、朝からある法事にはかなり早起きしなければならない。

 それを億劫に感じた匠太は、前日から帰省する予定を立てた。

 まだ実家にはこちらに持ってきていない匠太の私物も残っているので、持って行く物といっても下着の替えくらいなのだが。


「……そういえば、『あいつ』にお土産買って来いって言われてたな」


 唯一の兄妹で実の妹、『萩村 沙彩(はぎむら さあや)』の不機嫌な顔を思い出しながら、匠太は鼻の頭を掻いた。

 彼が実家を出ていくことが決定する以前から、なにかと絡んできて文句を言ってきた妹。

 不機嫌な声色は相変わらずとして、彼女は匠太に駅ビルに新しく入ったという洋菓子店でのお土産を希望していた。

 希望、というと語弊があるので今のうちに訂正しておく。

 お土産を買って来いと『命令』を受けていた。

 移動費の事を加味して沙彩に言われたパーティー向けは買えないだろうが、ファミリー向けの方で勘弁してもらおう。

 そう今月の生活費の残高をホログラムで確認した後、匠太は中身があまり詰まっていないダッフルバックを手に持ち、アパートを出ていくのだった。


 ――


 世間では連休ということもあってか、実家へ向かう電車内はそれなりに混雑していた。

 大学へ通う日のラッシュ程では無かったが席は埋まっており、出入り口付近にも空きスペースが無かったので、匠太は車両間を移動するための自動ドア周辺で吊革に捕まって外を眺める。

 しかしそれも郊外へ近づくと解消されていき、実家の最寄り駅に着くころには彼も席に着き、舟を漕ぐくらいには余裕ができていた。

 危うく乗り過ごしかけた匠太であったが、なんとか無事に見慣れた駅へ降り立つ。

 そのまま改札を出て、駅の出口へ向かっている時――


「……やっときた」


 出口の脇に設けられていた待合スペースに、頬を膨らませ、こちらを不機嫌そうに睨んでいる少女が声をかける。


「なんだ、こんな所で何してるんだよ。沙彩」


 匠太は睨んでいる少女、妹の沙彩が居ることに驚いて、心で思った事を口にしてしまう。

 その言葉にカチンときたのだろう。

 沙彩はさらに表情を険しくして、匠太に近づいてきた。


「なによ、その言い方! 私がここに居ちゃいけないの!? えぇ!? どうなの!?」


「あっ、いや……そんなことは無いけど。すまん、まさか居るとは思わなかったから……」


「っていうか、そっちこそなんなのよ! 来るって連絡した電車より二本も遅れてくるなんて! 一時間よ!? こんなんだったら家で待ってた方が良かったわ!」


「わ、悪かったって……ほら、言われてたお土産も買ってきたし、それくらいにしてくれないか? な?」


 いつも通り、沙彩から捲し立てられた匠太は、手に持っていた紙袋を彼女に見せながら宥めた。

 ふん、と鼻を鳴らして顔を逸らす沙彩。

 未だに不機嫌な表情を浮かべているが、これ以上は声を荒げるつもりは無いようだ。


「しかし、まさか沙彩が迎えに来てくれるとはね。待たせてごめんな……ただいま」


「……別に、待ってたって訳じゃ無いし。たまたま通りかかっただけだし」


 先程自分から言った言葉を無かったものとして、沙彩は踵を返してそのまま歩き始めた。

 やれやれと、肩を竦めた匠太が妹を追いかけるように一歩踏み出すと、立ち止まって肩越しに彼を見る沙彩と目が合う。

 どうしたのか訊くため、口を開いた時――


「……おかえり、バカ(にい)


 綺麗に結われたツインテールを揺らして、余所行きの服で着飾った妹はその後一度も振り返ること無く、実家までの道を先導して行ったのだった。


 ――


 礼服というものは、普段大学に通う匠太にとって生活に必要なものではない。

 故に、進学の際買ったは良いが数回着ただけで実家に置きっぱなしである。

 その都度クリーニングに出しているので、下手をすれば彼が着用している時間よりそちらにお世話になっている方が長い。

 そんな使用頻度が極低の礼服を脱いでハンガーに掛けていた匠太は、こちらを睨んでいる沙彩に声をかけた。


「沙彩は良いよな。まだ学生だから制服で良いもんな」


「……」


 高校生になった沙彩は学校の制服に身を包んでいる。

 デザインから電車で通わなければいけない進学校のモノと分かった匠太は、少しばかりの懐かしさを感じていた。

 それは自分の母校の制服だったのだ。

 春に行われた沙彩の入学式には帰らなかった匠太は、彼女が制服を着た姿を見るのはこれが初めてである。

 そんな沙彩は礼服を脱いで下着姿になった匠太を、相も変わらず睨んでいた。


「……」


「どうした? もう法事も終わったし、これから飯だから着替えた方が良いぞ」


「……制服、なんだけど?」


「? ……ああ、そうだな」


「~~~っ!! もう良いっ!」


 そう短く叫んだ沙彩は、怒りに任せて二階の自室へ荒々しく戻って行った。


「な、なんだ? 俺、なんか怒らせること言ったか?」


 下着姿のまま首を傾げた匠太が、鼻の頭を掻きながらスウェットに着替え始める。

 そこに、今度は母親が彼の元へやって来た。


「ちょっと匠太。沙彩、怒ってたみたいだけど、どうしたの?」


「いや、俺にもわかんない。別に変なこと言った訳でもないと思うんだけど」


「そう……実はあの子のことでちょっと相談があるのよ」


「相談? 沙彩がどうかしたの?」


「んー、ちょっと心配なことがあってね。あんたに言い聞かせてもらえないかと思って」


「分かった。俺の言う事を聞くとは思えないけど……今そっち行くよ」


「じゃ、お茶淹れるわね。大丈夫、あの子あんたの言う事だったらちゃんと聞くわよ」


 母親の言葉に匠太は首を傾げながら、上着に首を通す。

 居間へ戻ろうとしていた母親が顔だけ彼に向けて――


「そういえばあの子の制服、ちゃんと感想言ってあげた? 喜んでたのよ、あの子。『お兄ちゃんと同じ学校だ』って」


「……」


 それだけ言って姿を消した母親の言葉に、匠太はしばらく身動きもせずに固まったのだった。

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