18.断罪
武器を構え、リリィとの距離を詰めていたメンバーたちがアッシュの言葉に頷く。
アッシュは一番後方で待機して、この場から逃げる隙を伺っていた。
最悪、自分だけでも逃げ切れれば済む話だ、と腰を低く構える。
「俺、結構このシム気に入ってたんだけどな。胸もでかいし」
「そういえば、お前結構マニアックな趣味してたよな……」
「受付嬢だからって容赦しねぇぞ!」
硬い笑いを浮かべながら、強がりを言ってくる三人と対峙し、リリィは一向に戦闘態勢を取ることはしなかった。
それを諦めの結果だと勘違いしたメンバーの一人が駆け出して、勢いよく彼女に向かって剣を振り下ろす。
――ガキンッ!
しかしその剣閃はリリィを捉えることは無かった。
一瞬で現れた白銀のカイトシールドによって防がれたのだ。
「なっ!?」
「――はっ!」
防がれた事に動揺した男の腹に向かって、盾の横からロングソードの突きが放たれる。
切っ先が男の背中から飛び出る頃には、彼のHPはゼロになっていた。
少しの痛みを感じて彼は神殿送りとなり、身体が光の粒となって弾けた。
その光景にたじろいだ他のメンバーに、強襲を仕掛ける影が上空から落ちてくる。
「――しっ!」
短く吐いた息の音と共に一閃の風の音が聞こえた。
影の両手に持たれたバゼラードがそれぞれメンバーたちの首を撫で切り、一瞬で二つの身体が光となって消える。
何が起こったのか状況の理解が追い付かず、アッシュはただその場に腰を抜かして尻もちをつく。
「な、なななんだ!? いったい何が……お、お前たち誰だ!?」
アッシュに背中を見せるように立っていた影が振り向く。
標的をロックするように彼を見据えたアイリがゆっくりとアッシュに近づいて行くのを確認したケンは、盾を降ろして剣を収めた。
いきなり現れた二人に見覚えは無かったが、その特徴から最悪の可能性を彼は口にする。
「ま、まさか……『白金の天災』と『白銀の要塞』か!? プレイヤークランの『オルトリンデ』がなんで!?」
「あら、私たちのこと知ってるの? 始まりの街でも名前が知られてるなんて、いよいよ有名人ね」
肩越しにケンを見た笑顔のアイリ。
彼女に前を向くように手を振ったケンが、肩を竦める。
「答えろよ! なんだってプレイヤーのあんたたちがシムなんかの犬になってるんだ! 街の中でプレイヤーキルして、ただで済むと思ってるのか!?」
「あー、はいはい。言っておくけど、ギルドのクエストに協力するのはこれが最後。もし復讐したいんだったらさっさと罪人の街を出られるように頑張りなさい。私たちはいつでも大歓迎だから」
右手のバゼラードをアッシュに突き付けて、アイリがつまらなさそうに彼を見下ろす。
それを受けて、アッシュは無理矢理顔に笑みを張り付けて――
「ま、待てよ。分かった……降参だ。もう悪事は働かない。あんたらの仲間になってやっても良い」
「……は?」
「だから、な! ここは見逃してくれ! そうしたら絶対あんたたちの役に立つからさ、な! 同じプレイヤーのよしみで――」
「……うっざ」
軽蔑にも似た冷めた目でアッシュを見たアイリの右手が、消える。
再び彼女の手を視認出来た頃には、アッシュの視界は上下が逆転していた。
「え?」
短い音を発して、アッシュは光の粒となって空に昇って行った。
「あんたみたいな小物、興味が無いのよ」
二本のバゼラードを納刀しながら踵を返したアイリが、独り言を呟く。
そのまま止まることも無く、ケンとリリィの元まで戻って来たアイリは、身体を伸ばすように手を空へ上げた。
「んーっしょ……これでクエストは完了かしら?」
「はぁ……まぁ、何とかなって良かったよ。後味は決して良いもんじゃないけどな」
二人はお互いを労い、リリィに向き直る。
「クエストは問題なく完了しました。ご協力、感謝いたします」
頭を下げるリリィを見て、アイリとケンはお互いに肩を竦める。
「プレイヤーを倒すことができないシムの為、協力者のプレイヤーがPKをして罪人を街へ送る……話には聞いていたけど、まさか自分たちが経験するなんてね」
「クエストの報酬はギルドで受け取ってください」
「……ねぇ、ひとつ良い?」
「はい、何でしょうか」
「もしかして私たちが協力しなくても、あなたひとりであいつらくらいなら倒せたんじゃない?」
「……」
「私の勘なんだけどね。どう? 私が試してみても良いけど」
「お、おい、アイリ――」
「正直言うと不完全燃焼というか、物足りないのよ。あんな小物じゃ。それが報酬で良いからさ」
「クエスト達成を確実なものとするためにお二人に協力を要請したのは間違いありません。私に何かあった場合、取り返しがつかなくなってしまう可能性がありましたので」
「んー、そんな言葉が聞きたい訳じゃないんだけど?」
「私はギルドマスターからクエストを受けたただの受付嬢です。アイリ様の勘違いだと思います」
「……そ? じゃあそういうことにしておいてあげる。あーぁ、つまらないの」
「それでは、私はこれで。この度はクエストのご協力、誠にありがとうございました」
頭を深く下げたリリィが、では、と振り返り冒険者ギルドの方へと歩き始める。
アイリはその後姿をケンと見ていたが、一度彼と目を合わせ、再びそちらへ向くころにはその姿は気配も無く消えていた。
「……はぁ……もう! なんだかむしゃくしゃする! ケン、先帰ってて! 私は少し風に当たってから行くから」
「あいよ。気を付けてな」
「子供じゃないですから!」
一度前蹴りを彼に当てた後、アイリは路地裏から立ち去る。
ひとり残されたケンは頭を掻いて、苦笑いを浮かべるのだった。




